香水は同じ香りを再現できるのか|茶壷香水「SATORI」20年の変遷

茶壷香水 SATORI|PARFUM SATORI

最初に、ある程度の結論

香水には「処方」があります。

料理でいえばレシピ、ものづくりでいえば設計図のようなものです。

では、その処方どおりに作れば、いつでもまったく同じ香りを再現できるのでしょうか。

答えは、必ずしもそうではありません。

天然香料には、産地や収穫年、ロットによる違いがあります。
また、合成香料であっても、メーカーや原料の違いによって微妙な差が出ることがあります。

処方が同じでも、使う香料が少し違えば、出来上がる香りも少し変わります。

さらに、長い年月のあいだには、規制の変更などによって、それまで使っていた香料が使えなくなることもあります。

その場合は、今度は処方そのものを変えなければなりません。

香水を長く作り続けるということは、同じ処方をそのまま守り続けることではなく、その香りらしさを保ちながら、その時代に使える香料で作り続けていくことでもあります。

香水 SUIREN(睡蓮)|PARFUM SATORI


睡蓮の香りで起きたこと

PARFUM SATORIを始めたころは、香料のコンパウンドもほぼすべてアトリエで行っていました。

しかし、作る量が増えてくると、香料会社にコンパウンドをお願いするようになります。

処方を渡せば、そのまま同じ香りが上がってくると思われるかもしれません。
けれど、実際にはそう簡単ではありません。

サンプルを作ってもらい、それを嗅いで、また修正をお願いする。
そのやりとりを何度も重ねながら、もとの香りに近づけていきます。

睡蓮を作ったときのことです。

最初のサンプルは、ほぼ思っていた通りの香りでした。
ところが、最後のサンプルになって、トップのレモンが少し強いように感じました。

ただ、睡蓮という香水の方向性から見れば、爽やかな方向へ少し振れることは許容できる。
そう思って、そのサンプルでよいと返事をしました。

するとすぐに香料会社から連絡がありました。
本来使うはずだったレモンの天然香料ではなく、スペイン産のレモンを使ってしまったというのです。

改めて正しい原料で作ったサンプルが届きました。
それは、ほとんど完璧に近いものでした。

処方は同じでも、ひとつの香料が違えば、香り全体の印象は変わる。

その違いは、数字だけを見ていても分かりません。
最後は、鼻で確かめるしかありません。

天然香料オークモスの原料の写真と、SATORIの調香に使用してきたオークモスと香料

SATORIの20年

茶壷香水の中に入っている「SATORI」も、最初に処方を作成してから20年以上が経ちました。

そのあいだに、使える香料は少しずつ変わってきました。

SATORIの場合、大きかったのが天然のオークモスアブソリュードです。
オークモスは、SATORIの中でも大切な部分を受け持っていた香料でした。

オークモスに含まれるアトラノールなどの成分がアレルギーの原因として問題となり、規制は次第に厳しくなっていきました。
それに合わせて、SATORIの処方でもオークモスの量を少しずつ減らしていきました。

この途中の時期は、フランスでも、聞く人によって話が違っていました。
もう使えないという人もいれば、まだ使えるという人もいる。

私自身、いったいどこまで使えるのか、ずいぶん迷った記憶があります。

その後、問題となる成分を取り除いたオークモスを使う時期もありましたが、私が最初のSATORIに使っていた天然のオークモスを、そのまま使い続けることはできなくなりました。


幸い、SATORIの核になっている、他の香料は規制対象になっていないので、香りが大きく損なわれることはありませんでした。けれど、オークモスが受け持っていた部分を別の香料で補うのは、簡単ではありませんでした。

代替品として提案された調合オークモスには、私の処方には必要のない香りまで一緒に入ってきます。
ファーバルサムのような甘さが加わるなど、むしろ邪魔に感じることもありました。

試行錯誤をしながら処方を変えてきましたが、現在のSATORIの処方からは、天然のオークモスをすべて抜いています。

また、長く同じ香水を作っていると、規制とは別の理由で香料が使いにくくなることもあります。

規制が厳しくなった香料は、大手の会社が早い段階で処方から外すことがあります。すると、禁止されていない香料であっても需要が減り、流通量が少なくなる。価格が上がり、扱う香料会社も減っていきます。

「使ってはいけない」わけではないのに、安定して手に入らなくなり、結果として処方から外さざるを得ない。
このように、香水の処方が変わるのは、規制で禁止されたときだけではありません。

最初のSATORIと、現在のSATORIは、処方を一字一句比べれば同じではありません。
20年のあいだには、香料が変わり、規制が変わり、そのたびに少しずつ処方も変わってきました。

それでも、SATORIという香りが目指しているものまで変えてしまうわけではありません。
同じ香水を作り続けるというのは、昔の処方をそのまま保存することではないのだと思います。

変えなければならないところは変えながら、何を残すのかを判断していく。
その積み重ねが、長く作り続けるということなのかもしれません。

初期の香水 SATORI 黒ラベルボトル

幻想を追わない

以前、フランスで長く香水の仕事をお願いしている会社の社長、パトリスに、SATORIの香りが少しずつ変わっていくことをこぼしたことがあります。

昔使っていた香料が使えなくなった。
以前の香りに戻したくても、もう戻せない。

そんな話をしたとき、彼に言われました。

もう使えない香料のことを考えても仕方がない。
昔の香水に思い入れがあるのは分かる。
でも、その幻想を追い続けるのではなく、前へ進まなければならない。香水とは、そういうものだ、と。

その言葉を聞いたとき、私はとても納得しました。

まったく同じ香りを永遠に再現することはできない。
けれど、変わりながらも、その香りであり続けることはできる。

茶壷香水の中のSATORIも、20年のあいだ、少しずつ処方を変えながら、今の香りになっています。


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著者

大沢さとり
PARFUM SATORI 創業者・調香師

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