茶壷香水
パルファンサトリを象徴する
かたちのひとつ
はじまり
2002年、調香師・大沢さとりは、香木の中でもとりわけ珍重される「伽羅」をテーマに、香りの創作を始めました。
伽羅は、辛・苦・甘・酸・鹹の五味を持つとされています。
その一つひとつの味に香料を当てはめ、アコードをとりました(複数の香料を組み合わせ、調和のとれた一つの香りにすること)。
そして、その五味のアコードと、心に描いていた和室の情景を重ね合わせて生まれたのが、当時の作品名「伽羅」、のちの「SATORI」です。
同時に、この香りを納めるには、どのような器がふさわしいかを模索していました。
そして辿り着いた答えが、「茶壷」です。
-SATORI-
香りの原像
「SATORI」の香りの原像には、和室の情景があります。
障子越しに差し込む、やわらかく清浄な光。その光の中を、着物姿の女性が香炉を両手に捧げ持ち、すっと歩いてくる。白い足袋が畳を滑る音が、部屋の静けさを際立たせます。
女性は足を止め、座し、香炉をそっと置くと、再び立ち上がります。
その一連の立ち居振る舞いとともに、衣擦れの音が余韻のように残ります。そして、香炉から立ちのぼる一筋の香気の向こうに、その人の姿を追う。
それが「SATORI」の香りの風景です。
この風景はやがて、暁の茶事で見た冬の朝日を描く香水「WABISUKE」へ、さらに香水「BOTAN」の陰翳と絢爛へとつながっていきます。
茶壷の誕生
The Birth of the Cha-tsubo
「道」と香水
大沢さとりは、茶道、華道、香道の三道を学びました。
「道(どう)」は、自らと向き合い、一つひとつの所作を重ねながら、手の働きと心を一つにしていくもの。
茶道具や花器、香炉をはじめ、伝統文化を支える道具の多くは、職人の手仕事によって作られてきました。
こうした伝統文化と工芸、ものづくりは、密接につながっている。
「道」の精神や手仕事は、食べるもの、着るもの、住まいなど、形を変えながら、今も暮らしの中に溶け込んでいます。
「SATORI」の香りと、それを納める茶壷も、その考えの延長線上に生まれました。
茶壷とは
春に摘んだ新茶は、茶壷に詰めて封をし、夏を越して秋まで寝かせます。
十一月、茶室の炉を開く「炉開き」の頃に、その封を切る「口切」が行われます。
「口切の茶事」では、茶壷を紐で飾り、床の間に据えます。
その年のお茶を、初めてふるまう日。
茶の湯では、この時期が正月にあたります。
大沢がお稽古を始めたのは、十二歳の春。
当時は書かれた手順はなく、お点前も、茶壷を飾る紐の結びも、先生から口伝えで教わりました。
香りを包む器
「SATORI」は、有田焼の茶壷に入ったパルファンとして誕生しました。
当時、日本では理想とするガラスの香水瓶に出会うことができず、器そのものを作ることにしました。
香りの処方は、作品「伽羅」をもとに改良を重ね、香料の入手先が変わるたびに微調整を行い、2006年頃に完成しました。
茶壷の形も改良を重ね、現在の形になりました。
ひとりでは
できなかったこと
パルファンサトリの創成期、大沢が仕事をしていた場所は、職人や芸術に関わる人たちが自然に集まる、小さなサロンのようでした。
「香水を茶壷に納めたい」
それは、荒唐無稽とも思える発想でした。それでも話してみると、興味を持った人たちが、それぞれの知識と知恵を出してくれました。
壁に当たるたびに、伝手をたどり、足を運び、次へ進む。
動き続けるうちに、周りも少しずつ本気になっていきました。
こうして、無理だと思えたものを、本物にしてくれました。
茶壷は、通過点です。これからも、日本の手仕事に携わる人々とともに、香りの新しいかたちを探していきます。
茶壷香水を
かたちづくるもの
茶壷香水は、工芸品をただ集めたものではありません。
香り、器、紐、布、箱が、それぞれの職人の手を経て、茶壷香水をかたちづくりました。
器の絵柄は、江戸時代前期の陶工・野々村仁清が手がけた、国宝や重要文化財の色絵茶壷に倣いました。
大沢がMOA美術館で見た国宝の茶壷は、高さ30センチ弱の、両手で持つほどの大きさ。香水の器は、手のひらに乗る大きさです。
そのままでは絵柄が収まらないため、有田の職人が、全体のバランスを見て、絵付けを工夫してくれました。
紐飾りは、大沢が学んだ裏千家の茶壷飾りとできるだけ同じ結びになるよう、京都の組紐職人に頼みました。
梅
梅は、他に先駆けて咲く春を告げる花として、香りとともに人々を魅了しました。その姿は、貴族の紋章、着物の文様、器物のデザイン、絵画の題材などとして日本文化に広く使われています。
藤
紫色の藤は、代表的な日本文学、源氏物語の主題となっている花です。千年前の古都を舞台に繰り広げられた王朝絵巻のなかで、藤はみやびでたおやかな中に、秘めた強さを持つ高貴な花です。
さくら
7世紀の万葉の時代から、桜は春の盛りの喜びとともに、散り際の美しさをことのほか愛でられ、日本を象徴する花とされてきました。
納める、包む、結ぶ

紐飾り
口切の茶事で、茶壷を床の間に飾る際に施す特別な結び。真・行・草の三つの結びがある。

ウコン染め布(包み布)
ウコンで染めた、木綿の布。器を包んで傷や汚れを防ぎ、防虫を兼ねて用いられる。

桐箱
湿度や温度の変化をやわらげ、大切な器を保護し、保管するための箱。

真田紐
縦糸と横糸で平たく織った、丈夫で伸びにくい紐。茶道具の桐箱を結ぶためにも用いられる。

大津袋
茶の湯で棗を包み、濃茶点前に用いる縮緬の袋。
香りをしつらえる
茶の湯では、花や掛物、器を取り合わせて、人や季節、空間と調和する一つの景色をつくります。
茶壷香水も、しつらえの一つとして、空間に置かれるものです。
茶壷香水には、日本で培われてきた知恵と工夫が詰まっています。
組紐にも、真田紐にも、長い歴史と工夫があり、暮らしの中で使われ続けてきました。
ここから興味を持ってもらえたら、うれしく思います。
香水は、世界中で使われています。その香水に、日本の文化や暮らし方を乗せて、手渡します。
それは、瓶に手紙を入れて海に流すようなものだ、と大沢は考えています。
残っていくといい、伝わるといい。願いは、小さい。
動画案内
茶壷香水の開け方、真田紐の結び方、包みをほどく所作などは、動画でもご覧いただけます。
香りに出会うまでの時間も、茶壷香水の一部としてお楽しみください。
茶壷香水の取り扱い方
香りについて
香調
辛・苦・甘・酸・鹹(しおからい)の五味を持つといわれる最高の沈香木・伽羅の香。これらの五味を白檀(サンダルウッド)や乳香(オリバナム)を中心とするウッディでまとめあげ、全体として優しさとあたたかみを醸し出すよう調合。伽羅の香りに象徴される和の世界観を表現しています。
- 写真:
- 高崎 勉、森山 越、有田焼 徳幸窯
- 茶壷制作:
- 有田焼 徳幸窯(株式会社 徳幸)
- 翻訳:
- Lynne Hobday ENGLISH
