サロンドパルファンで見えた、日本の香水 の現在地

サロンドパルファン2026で香水を並べ、お客様を迎えるPARFUM SATORIのスタッフ

今年も新宿伊勢丹のサロンドパルファンが終わりました。


毎年この催事に立つたびに、香水そのものだけでなく、香りを取り巻く環境やお客様の選び方も、少しずつ変わってきていると感じます。

会場に置かれていた、大きな空調設備

今回、まず目についたのは、会場内に置かれていた大きな設備でした。会場の数か所に設置されていて、空気清浄機のようにも見えました。

何十ものブランドが集まる催事場で、お客様が一斉に香りを試します。ムエットに吹きつけ、肌につけ、また次の香りを試す。そうすると、どうしても会場全体にさまざまな香りが重なっていきます。

昨年までにも、香りが強すぎて気分が悪くなる、たくさんの香りが混ざってそれぞれの香水がよく分からない、といった声を耳にしたことがありました。

今年は、そうしたことへの対策だったのかもしれません。

実際、今年は会場に入ったときの香りがそれほど強くなかったというスタッフの声もありました。一方で、隣のブースと肌への試香が重なったときには、香りが混ざってしまうこともあったようです。

何のための設備なのか正確には分かりませんが、香水の催事では、香りを見せるだけでなく、会場の「空気」をどう保つかまで考えなくてはならないのだな、と改めて思いました。

PARFUM SATORIの香りは繊細です。

強い香りが幾重にも重なった中では、どの香りも本来の輪郭が見えにくくなります。ですから、サロンドパルファンで気になった香りがありましたら、ぜひ一度わたしどもの六本木アトリエショップにもいらしてください。

静かな空間の中で、一本ずつゆっくり香りを見ていただくと、催事場とはまた違った表情が現れると思います。

一度離れて、また戻ってくる

今年、お客様を見ていて印象的だったことがもう一つあります。
香りを試して、その場ですぐに「これをください」とおっしゃる方がいる一方で、

「少しほかも見てきます」

と一度離れ、会場を一周したあと、また戻ってきてくださる方が何人もいらっしゃいました。

せっかくの催事ですから、いろいろなブランドを見て比べてみたいと思われるのは当然のことです。

その中で、もう一度私たちのブースへ戻ってきて、

「やはり、これにします」

と言っていただける。
これは本当に嬉しいことです。最初に嗅いだときの印象だけでなく、ほかの香りを見たり、少し時間を置いたりしたあとにも、心に残っていたということだからです。

香水は、その場の最初の印象で即座に決めてもよいし、少し離れてから決めてもよいのだと思います。

香りとの出会い方にも、その人らしさがあります。

有田焼の茶壺香水とSATORIの香水を展示したサロンドパルファン2026の会場

茶壷香水という節目

そして今回は、私たちにとって特別な年でもありました。長いあいだ構想してきた茶壷香水を、皆様にご紹介することができたからです。

これはPARFUM SATORIにとって、一つのマイルストーンになる商品です。会場では、小さな机をはさんで椅子におかけいただき、向かい合って、その背景や器についてお話ししました。

有田焼の茶壷に香水を納めたもので、器は江戸時代の野々村仁清の茶壷に倣いました。中に納めたのは、日本の香文化に着想を得て調香した「SATORI」の香りです。

ずいぶん長いお話になりましたが、座ってじっくりと最後まで聞いてくださった皆様には、本当に感謝しています。

サロンドパルファン2026の会場にて、調香師の大沢さとりと絵師の永井氏

特別仕様の「藤」は、早々に売り切れました。そして、ブースに飾った、伝統工芸士で絵師の永井さんの絵も、とても好評でした。

なかでも藤の絵を見て、「かわいい」とおっしゃる方が多く、私自身も嬉しく思いました。

この絵は、サロンドパルファンが終わったあともアトリエに飾るつもりです。ぜひ香りと一緒に、ゆっくりご覧になってください。

初めて知ってくださった方へ

以前からPARFUM SATORIを愛用してくださり、今回も複数本をお求めくださったお客様。
毎年のようにお顔を見せてくださる方。そして今回、サロンドパルファンで初めて私たちのブランドを知り、その場で香水を選んでくださった方。

いろいろなお客様にお会いしました。海外からのお客様もいらっしゃいました。

一度にこれほど多くの方とお目にかかれることは、普段のアトリエではあまりありません。その反面、どうしてもおひとりおひとりの方に、十分な時間をかけて香りをご案内することは難しくなります。

またいつか、今度は静かな場所で、一本ずつお話ししながらご案内できたらと思っています。

PARFUM SATORIのブースに展示された永井氏による梅・桜・藤の絵

日本の香水が、ひとつの潮流になってきた

新しいブランドが、とても増えていました。そして、日本の香水というものが、ひとつの潮流になりつつあるように感じました。

日本のブランドだけではありません。海外のブランドにも、日本をテーマにした香水が見られるようになりました。

また、日本のブランドの中にも、「香水を通して日本の文化を伝えたい」と話す方がいらっしゃいました。それを聞きながら、いよいよこういう時代が来たのだな、と思いました。

私が香水ブランドを始めた2000年頃、日本で香水といえば、ほとんどが海外ブランドか、大手化粧品メーカーのものでした。

もちろん、日本にも香水はありました。けれど、今のように小さなブランドが、それぞれの美意識や思想を持ち、自分たちの言葉で香りをつくり、発表するという状況ではありませんでした。

今ではニッチフレグランスも増え、日本のブランドも次々に誕生しています。選択肢が増えることは、お客様にとっても、とても嬉しいことだと思います。

ブランドを始めたばかりのころ、海外からのお客様が日本を訪れ、私たちのすぐ隣にあったイタリアのブランドの香水を買って帰る姿を見たことがあります。

私はそれを横目で見ながら、

「せっかく日本に来たのに、ヨーロッパの香水を買うの?」

と、少し不思議な気持ちで眺めていました。

あれから二十数年。今では、日本の文化や美意識そのものが、海外から興味を持って見られるようになってきました。そして、日本で生まれた香水を、海外の方が日本で手に取る。

そんな光景も、少しずつ当たり前になっていくのかもしれません。

ピンク色のかたまり

大きな流れの話をしてきましたが、この場所には、もっと個人的な思い出もあります。

以前のサロンドパルファンには、私の母も来たことがあります。車椅子に乗って、こっそりと。私は仕事をしていたのですが、ふと見ると、物陰からこちらを覗いている。

以前のサロンドパルファンに車椅子で訪れた大沢さとりの母

母はピンク色の服を着ることが多かったので、遠くから見ると、ピンク色のかたまりのようでした。その母が、邪魔をしないようにと隠れているのが、なんだかおかしくて。今でも、その光景をよく覚えています。

サロンドパルファンという場所には、香水だけではなく、いろいろな時間が重なっています。

今年も無事に終えることができました。

会場まで足を運んでくださった皆様、長い説明に耳を傾けてくださった皆様、そしてPARFUM SATORIの香りを選んでくださった皆様に、心より御礼申し上げます。

著者

大沢さとり
PARFUM SATORI 創業者・調香師


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