男性から、ふと花の香りが漂ってきたら、どのように感じるでしょうか。
私なら、好ましく思います。何の花だろうと、少し近寄ってみたくなるかもしれません。
香水には男性用・女性用という区分がありますが、香りそのものに性別があるわけではありません。男性が花の香りをまとっても、女性が力強いウッディな香りを選んでも、何も不思議なことではないはずです。
近年はジェンダーレス香水という言葉も使われていますが、私が長年お客様と接する中で感じてきたのは、香りそのものが中性的になったというより、香りを選ぶ人の意識が変わってきたということです。
男性用も女性用もないと考えていた私自身が、お客様の選択に驚いたことがありました。
金木犀の香りを選んだ男性
今から15年ほど前、50代くらいの男性がお店にいらっしゃいました。
いかにも精力的な営業マンという印象の方で、昭和の働き盛りの男性を思わせる、力強い雰囲気がありました。
どちらかといえば、香水には縁がなさそうに見えた方です。おそらく同僚の方に連れられて、話をしているうちに香りを試されることになったように記憶しています。
ところが、その方が気に入られたのは、金木犀をテーマにした「ソネット」でした。
奥様への贈り物ではなく、ご自身でつけるために購入され、しかも、その後もリピートしてくださいました。
当時の私は、すでに香水に男性用も女性用もないと考えていました。それなのに、その方がソネットを選ばれたことには、少なからず驚いたのです。
つまり、私自身にも先入観があったのでしょう。
なぜ金木犀がお好きだったのか。幼いころの思い出があったのかもしれませんが、理由はわかりません。
まだ接客に慣れていなかった私は、お客様の好みに立ち入って理由を尋ねるのを、少しためらったのです。
今となっては、初々しかったと思います。
同じころ、40代くらいのエンジニアの男性が、甘く柔らかな印象の「ワサンボン」を気に入って購入されたこともありました。
外見や職業から想像していた香りと、ご本人が選ぶ香りが、まったく違う。
そうした経験が、短い間に何度か続きました。

香りを選ぶ男性たちの変化
PARFUM SATORIには、もともと典型的な男性用香水というものが、ほとんどありませんでした。
イリスオムのように、男性を思い描いて作った香りもあります。それでも、男女どちらにも選ばれてきました。
シトラス系やグリーン系にはいくつものバリエーションがあり、男性のお客様にも好まれてきました。もちろん、女性にもお使いいただいています。
少しフェミニンな印象のある「睡蓮」も、男性のお客様から好評でした。
その後、20代や大学生くらいの男性が「ムラサキノウエ」などを選ばれることも増えてきました。
もちろん、当時よく売れていたのは「マザーロード」です。花の香りを選ぶ男性が主流だったわけではありません。
それでも、少しずつ変化していることを感じていました。
私の店に訪れる方が、もともと香りに対して自由な考えをお持ちだったのかもしれません。
あるいは、百貨店の女性用香水売場では試しにくい香りも、小さな専門店なら気兼ねなく選ぶことができたのでしょうか。
理由はひとつではないと思います。
5年ほど前、初めてサロンドパルファンに出展したときには、お客様の個性の豊かさに驚きました。若い男性も、想像していた以上に多かったのです。
そして2026年のサロンドパルファンでは、若い男性同士のグループも目立ちました。
PARFUM SATORIでも、ソネットやノビヤカ、夜の梅など、以前なら女性向けと捉えられがちだった花の香りを、男性のお客様がお買い求めくださいました。
女性のお客様の年齢層は幅広く、男性には比較的若い方が多かったように思います。
ただ、以前のように意外だとは感じませんでした。
いつの間にか、私にとっても当たり前の光景になっていたのです。
男らしさを表現する香りから、自分のための香りへ
かつての男性用の香りには、力強さや社会的な成功を表す役割が求められていた時代があったように、私は感じています。
日常的に香水を使う男性は今ほど多くなく、男性にとって身近な香りは、整髪料やシェービングローションだったのではないでしょうか。
その後、生活が豊かになるにつれて、人々が求める幸福の形も多様になってきました。
経済的な豊かさや社会的な成功だけでなく、自分らしく、心地よく、健やかに暮らすこと。そうした価値観の変化は、香水の選び方にも表れているように思います。
男性も穏やかな花の香りに心地よさを感じますし、女性が力強いウッディな香りを好むこともあります。柔軟剤や日用品を通じて、男性が花の香りを身につけることも、以前ほど特別なことではなくなってきました。
香りに求めるものが、他人に与える印象だけでなく、自分自身の心地よさへと広がってきたのかもしれません。

人物像ではなく、風景を描く香水
香水の世界では、理想の男性像や女性像をイメージして、香りの魅力を伝えることがあります。
広告には、しばしば俳優やモデルが登場し、その人物の持つ美しさや力強さ、官能性が香水のイメージと重ねられます。
一方、お客様からよく言われるのは、PARFUM SATORIの香水は、人物像ではなく風景を感じさせる、ということです。
私はもともと、自然や季節、その場の空気や情景を思い浮かべながら香りを作ってきました。
それが私にとっては当たり前のことだったので、お客様に指摘されて、初めて「ああ、そうか」と思ったのです。
苔清水、睡蓮、夜の梅。
こうした香りには、特定の男性像も女性像もありません。
考えてみれば、風景そのものに性別はないのですから、それを香りにしたときにも、身につける人の性別を限定する必要はないのでしょう。
ジェンダーレスな香水を作ろうとしたのではなく、私が描こうとしていたのは、多くの場合、人物ではなく情景でした。
そのことが、PARFUM SATORIの香りを、男性にも女性にも自然に選んでいただける理由のひとつなのかもしれません。
香りに性別はあるのでしょうか
私は以前から、香水を男性用と女性用に分ける必要はないと考えてきました。
2012年には、流行や「モテ香水」という情報に頼らない香水選びについて書いています。男性用・メンズ香水の選び方
また、性別にとらわれず香りを選ぶジェンダーレスという考え方と、パートナーなどと同じ香水を共有するシェアフレグランスは、意味が異なります。
香りを共有することも、ひとりで楽しむことも、自由な選択のひとつです。

香りを作る人、香りを選ぶ人
一般に、企業に所属する調香師は研究室や開発部門で香りを作り、お客様と直接接する機会はそれほど多くありません。
一方、私は自分で調香した香りを、お客様がどのように選ばれるのか、店頭で直接見てきました。
どの香りを好まれるのか、どう感じられるのか。そして、ときには私の予想とはまったく違う香りを選ばれることもあります。
15年ほど前、ソネットを選ばれた男性のお客様も、そうしたことを教えてくださった一人でした。
2016年、私は香水とジェンダーについて書いた記事の中で、次のように述べています。
香りが中性的というより、つける側の意識に、徐々に垣根がなくなってきたように感じます。
10年が経った今も、この考えは変わりません。
男性が花の香りを選ぶからといって、その花の香りが中性的になったわけではありません。
香りにはそれぞれ個性があり、ときには男性的、女性的と感じられる印象もあります。
けれども、その香りを誰が身につけるかは別の話です。
長年お客様と接する中で、そうした垣根が少しずつ低くなってきたことを感じています。
香りを作る側でありながら、香りを選ぶ人からも学び続けている。
お客様の香りの選び方が変わってきたのか、それを見る私自身の意識が変わってきたのか。
おそらく、その両方なのでしょう。
著者
大沢さとり
PARFUM SATORI 創業者・調香師
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香水のつけ方や選び方、香りについてのよくある疑問を、調香師の視点からわかりやすく解説しています。

