「YORU NO UME -夜の梅-」は、梅の花が咲く頃の情景を表現したPARFUM SATORIの香水です。
「夜の梅」は、PARFUM SATORIのすべての作品の中で、最初に完成した香水です。
手がけ始めたのは「さとり」の方が先でしたが、「さとり」が完成したのは、もう少し後のことでした。
それなのに、「夜の梅」のメイキングストーリーを、私は長いあいだ書くことができませんでした。
書くことがなかったのではありません。
むしろ、想いが大きすぎて、書こうとすると、どこから手をつけたらよいのかわからなかったのです。

人生の冬に、春を待つ
「夜の梅」を作った頃、私は人生の冬の真っただ中にいました。
先の見えないトンネルがいつか開けることを、心待ちにしていた時期でした。
梅は、木の花の中で一番好きな花かもしれません。
寒く厳しい冬に梅の香りを嗅ぐと、もうあと一息だと思うからです。
冬が終わったわけではありません。
暖かい日があったかと思えば、また冷たい風が吹き、開きかけた花に雪が降ることもあります。
つかの間の暖かさと、戻ってくる寒さ。希望と失望を繰り返しながら、それでも季節は少しずつ春へ向かっていきます。
うまくいかないことの積み重ねや、苛立ちに耐えながら、希望という春を待つ。
当時の私にとって、梅はそのような花でした。

誰もいない冬の新宿御苑
毎年、梅の季節になると、新宿御苑へ通いました。
まだつぼみの固い頃から、一輪、二輪とほころび始める頃、そして満開になり、あたりに梅の香りが満ちるまで、週に何度も足を運びました。
桜が咲く三月も後半になると、新宿御苑には一気に人が増えます。
けれど、一月、二月の朝は、見渡すところに人の姿がありません。ほとんど貸し切りになったような気分で、広い園内を歩いたものです。
新宿御苑には、いくつかの梅林があります。
最もまとまって植えられているのは、日本庭園です。私の巡回の記憶では、茶室の裏手、少し高くなった築山のすぐ下にある白梅が、毎年最初に咲き始めます。
園内をゆっくりと一周しながら、ところどころに立つ梅を見て歩きました。
この木は、今はどうだろう。
あちらのつぼみは、昨日より膨らんだだろうか。
薄い桃色の梅も、比較的早く咲き始めます。
そこから玉藻池の方へ向かい、深い森を抜け、池のほとりの狭い道を歩きます。小さな橋を渡って少し登ったところにも、小さな梅林があります。
ここには、白、赤、桃色、八重、枝垂れと、さまざまな梅が植えられています。
ほとんどの木がまだ沈黙している中で、一本の木の、さらに一枝だけが、数輪の花を咲かせていることがあります。
まんべんなく咲くのではなく、木は最初の一輪に、そのエネルギーを注ぐのだろうか。
古木の枝ぶり。
緑青のように吹いた苔のみどり。
梅の美しさは、花だけではありません。
冷たい空気の中に、葉を落とした木々が立っている。
その静けさの中で、梅が花を開いていました。
こうして、つぼみから満開まで梅を日々見ながら、私は「夜の梅」を作りました。
凛とした姿と、思いがけない色香
私の中では、梅は凛とした武家娘。
桜は艶やかな玄人の粋筋。
桃はあどけない小町娘です。
桜は、暖かくなってから華やかに咲き、風に揺らされて散っていきます。
梅は、まだ厳しさの残る中で花を開き、容易には散りません。特に、白梅がひっそりと咲き初める頃には、凛とした気高さがあります。
けれど、その香りには、姿から受ける印象とは異なる一面があります。
気品のある姿に比べ、梅の香りは少し妖艶なのです。

バラの骨格を持つ梅の香り
梅は、桜や桃と同じバラ科の植物です。
梅の香気成分には分析データがあり、それは香りを作るうえで無視することのできない要素です。
香りを成分から見ると、梅にも桜にも、バラの香りの骨格をつくるゲラニオール、シトロネロール、ローズP(β-フェニルエチルアルコール)が含まれています。
さらに、スパイシーな香りの鍵となるオイゲノールも、バラと梅に共通する要素です。
ですから梅は、本来、バラの香りの骨格を持っているはずです。
けれど、梅の花を嗅いで「バラの香りだ」と感じる人は、あまりいないでしょう。
梅には、ジャスミンの香りの成分でもあるベンジルアセテートが多く含まれています。その強いフローラルの要素が全体を支配しているため、土台にあるバラの骨格は前面には現れません。
同じ要素を持っていても、何が強く、どのような割合で存在するかによって、花の香りはまったく違うものになります。
白い梅の香りは、甘くやさしい。
赤い梅には、クローブやシナモンを思わせる、少しぴりっとしたウッディ・スパイシーな甘さもあります。
全体を支配する、ジャスミンに通じるフローラルの香りが、その妖艶さの理由なのかもしれません。
昼の光の中で見る梅は、凛とした武家娘のようです。
けれど夜、姿の見えないところから香りだけが漂ってくると、そこには思いがけない色香が現れます。
「夜の梅」で描こうとしたのは、その夜の表情でした。

梅の花ではなく、その背景を処方する
梅の香気成分の分析をたどれば、梅の花の匂いに近づくことはできます。
しかし、それだけでは、梅の香りを写し取ったにすぎません。
単なる写実です。
私が作りたかったのは、梅の花の匂いだけではありませんでした。
梅が咲く頃には、まだ冬の厳しさが残っています。
固かったつぼみが少しずつ膨らみ、一輪、二輪とほころんでいく。
長く閉ざされていたものが、ようやく開き始める。
その姿に感じる希望まで、香りにしたいと思いました。
花そのものの匂いだけではなく、梅の咲く頃の寒さ、葉を落とした古木の枝、ほころぶつぼみ、春を待つ時間、そして希望。
私は、それらの背景も併せて処方したいと思ったのです。
「夜の梅」は、いくつかのパートを組み合わせて作りました。
その中で処方の大切な部分を担っているのが、PARFUM SATORIのオリジナルベース香料「源氏香ベース」です。
実際の梅を繰り返し見て、その香りを嗅ぎ、そこから受け取ったものを、いくつかのパートに分けて組み上げていきました。
「夜の梅」は、梅の花の再現ではありません。
梅が咲く頃の時間と空気、その中に立つ人の心までを含めて作った香りです。
寒さがふっと緩む夜
一月の終わりから二月の初めにかけて、まだか、まだかと花が開くのを待つ。
やがて梅が満開になる。
その終わり頃に、ふっと寒さが緩む夜があります。
夜道をそぞろ歩いていると、どこからともなく梅の香りがしてくる。
花の姿は暗がりに隠れて見えない。
ただ、冷たい夜気の中に、甘く、少し妖艶な香りだけが漂っています。
その香りに気づいた瞬間、なぜか胸騒ぎがする。
「夜の梅」は、そのような風景を描いた香水です。

言葉の届かないところへ届く香り
藤沢周平の『三屋清左衛門残日録』に、「梅咲くころ」という一篇があります。
辛い体験から心を閉ざしてしまった娘を、清左衛門が何度か見舞います。
ある日、梅の枝を手折って持っていくと、それまで何にも反応を示さなかった娘が、ふと顔を上げ、香りを探すような仕草をします。
渡された梅の枝を手に取り、その香りを幾度か吸い込む。
そして、静かに泣き始めます。
言葉では届かなかったところへ、花の香りが届く。
この場面が、長く心に残っています。
梅は、ただ春の訪れを告げるだけではありません。
遠く離れた人を思い出させ、閉ざされていた心を動かす。
まだ姿の見えないものを、香りによって知らせる花です。
「夜の梅」は、私自身がその気配を待ちながら作った香水です。
冬のあと
「夜の梅」が生まれた頃、私は長い冬がようやく終わろうとしているのだと思っていました。
けれど、本当の春が来るまでには、それから十年以上かかりました。
ようやく長い冬が明けたと思ったら、春はごく短く、夏もないまま、いきなり人生の秋になっていた。
実りの秋ではあるが。
関連リンク
香水について詳しくは、YORU NO UME -夜の梅-|PARFUM SATORIをご覧ください。
本文で紹介した市原王の歌は、「梅の花 香をかぐはしみ……」|万葉百科・奈良県立万葉文化館に掲載されています。
著者
大沢さとり
PARFUM SATORI 創業者・調香師。

