金木犀はなぜ一斉に咲くのか|花と自然界の契約

枝いっぱいに咲く満開の 金木犀

前の日まで、街はまだ夏の匂いを残していた。それが、ある朝、窓を開けると金木犀が香っている。

家の近くで咲いたのだろうと思って出かけると、少し離れた道でも香っている。会社の近くでも、駅を降りた先でも香っている。

気づけば、街じゅうの金木犀が、申し合わせたように咲き始める。

誰が合図をしたのだろう。

金木犀が同じ地域で一斉に咲くのは、性質のよく似た木々が、同じ気温や日照の変化を受け取るためである。

日本の金木犀は雄株ばかりで、挿し木などによって増やされてきた。そこへ秋の気象条件が重なると、街のあちらこちらで開花の時期が揃う。

金木犀 の咲く街角

金木犀の開花時期はいつ?

金木犀の一般的な開花時期は、九月下旬から十月上旬である。

小さなオレンジ色の花がまとまって咲き、辺りを強い香りで満たすが、花の盛りは短い。一週間ほどで散ってしまう。

ただし、開花時期は地域やその年の気温によって変わる。例年より早く香る年もあれば、十月になってもなかなか咲かない年もある。一度散ったあと、返り咲くこともある。

日本の金木犀は、雄株ばかり

金木犀は雌雄異株(しゆういしゅ)で、雄花をつける木と雌花をつける木が別々にある。

ところが、日本に入ってきたのは雄株(おかぶ)ばかりだったという。そのため、日本の金木犀が実を結ぶことは稀である。種(タネ)で増えることができないので、挿し木や取り木など、人の手によって増やされてきた。

ではなぜ、雄株だけが日本へ持ち込まれたのだろう。

雄株は花をつける節が多く、一つの節につく花数も多いという研究がある。花数が多ければ、木全体として豊かに香る。

花を楽しむ庭木として、よく咲く雄株が選ばれたのかもしれない。ただし、最初からそのために雄株だけを選んだのかは、不確かである。

種から生まれた木は父と母の性質を少しずつ受け継ぐ。一方、挿し木は、枝の一部を切り取り、そこから新しい根を出させる方法である。

こうして増えた木は、元の木と同じ性質を受け継ぐ。

日本では、その方法で雄株が増やされてきた。性質のよく似た木々に同じ地域の気象条件が重なることが、一斉開花につながると考えられる。

金木犀のまだ固いつぼみ

同じ木々に、同じ合図が届く

金木犀の一斉開花の理由は、ほかにもある。

夏から秋にかけての気温、日の長さ、日照、雨。いくつもの気象条件に反応して、花芽を育て、開花する。

金木犀は、花芽ができてから咲くまでの期間が比較的短く、その年の気温や日照の影響を受けやすいという。

性質の似た木々に、同じ地域の気象が同じ合図を送る。だから、一本の木だけではなく、街のあちらこちらから、まとまって香り始めるのだろう。

桜も、少し似ている。

ソメイヨシノも、接ぎ木などによって増やされてきた。性質のよく似た木々が冬の寒さを経験し、その後の暖かさを受け取って咲く。

桜には桜の条件があり、金木犀には金木犀の条件がある。

人間が一斉に咲かせようと考えて増やしたわけではなく、結果的に桜は春を、金木犀は秋を知らせる花になった。

一斉に咲くことは、一輪の美しさとは別の力を持っている。

季節そのものを記憶に残すのだ。

金木犀の香りにも、境界があった

私は、金木犀の香りを日本中の人が知っていると思っていた。

ところが、北海道や東北で育った人から、東京へ来て初めて「これが金木犀なのか」と知った、という話を聞いた。

金木犀は寒さにあまり強くなく、庭木として広く見られるのは、おもに関東以西である。北の地域にも植えられている例はあるものの、東京ほど身近な庭木ではなかったのだろう。

日本人なら誰もが知る、共通の秋の香りだと思っていた。
けれど、その認識には、気候による境界があったのだ。

三度咲いた金木犀

数年前、金木犀が三度咲いたことがあった。

一度咲いて、散った。しばらくして、また香った。それも終わったと思ったころ、もう一度咲いた。

いくら何でも三度は珍しいと思ったが、実際に、夏から秋の気温を通常より三度高くして金木犀を育てた研究がある。

加温した木は開花の始まりが遅くなり、開花期間が長くなり、二度、三度と開花のピークが現れたという。

一斉に咲き、一斉に散る金木犀の道

花と自然界の契約

花は、気まぐれに咲いているように見える。

今年は早い。今年は遅い。咲かないと思ったら、忘れたころに咲く。人間の方は勝手なもので、去年のカレンダーと見比べて、今年の花はおかしいなどと言う。

けれど、花の側から見れば、それも約束どおりの振る舞いである。

一定の寒さを経験すること。

暖かさが積み重なること。

日が短くなること。雨が降ること。乾くこと。

植物はそれぞれ、自然界と細かな契約を結んでいて、条件が満たされたとき、きちんと花を咲かせる。

私たちに見えているのは、その契約書のほんの一部に過ぎないのだ。

だから、いつもと違う時期に咲いたとき、変わったのは花の約束ではなく、花に差し出された条件の方なのかもしれない。

ある日、街じゅうで金木犀が香り始める。

あれは、たくさんの木が一斉に、自然界との契約を履行した匂いなのだと思う。

そんなことを考えていたら、金木犀の苗木を買って、手元で育ててみたくなった。

これは悪い癖だ。


金木犀の香りを表現した香水「SONNET」

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参考文献

著者

大沢さとり
PARFUM SATORI 創業者・調香師。

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