香料の持続時間 と香水設計|香りは、引き算で完成する

トップ・ミドル・ラストノートと、香料が重なりながら変化する香水の構造図

前回は、PARFUM SATORIが2016年に行った香りの経時観察について、「香水の持続時間はどう決まる?|KOKE SHIMIZUの経時観察」でご紹介しました。

時間を追って香りの強さと香調の変化を記録することで見えてきたのは、つけたての印象と残香の長さは、必ずしも一致しないということでした。

今回は、一つひとつの香料の持続時間をどのように捉え、香りの設計に生かしているのか。その考え方についてご紹介します。

ピラミッドでは見えにくい、香りの重なり

香りの移り変わりは、一般にトップ、ミドル、ラストの三段階からなるピラミッドで表されます。Aの図は、時間の流れをつかむには分かりやすい表現です。

香水の持続時間 と、匂い立ち の図

ただし実際には、それぞれの香りが順番に現れ、完全に入れ替わるわけではありません。図Bでは説明のため、レモン、ローズ、ムスクの三つで表しています。つけた直後から三つの香りはすでに重なっていますが、初めはレモンが前面に現れています。レモンが弱まるとローズが、さらに時間がたつとムスクが中心となっていきます。

トップ、ミドル、ラストとは、香料が別々に始まる区分ではなく、重なり合う香りのうち、何が中心に感じられるかが移り変わっていく過程なのです。

その流れを設計するためには、一つひとつの香料が、どのくらい持続し、時間とともにどのように変化するのかを知っておく必要があります。

トップノート、ミドルノート、ラストノートの移り変わりについては、「香水の匂い立ちとは?」で詳しくご紹介しています。

単品香料を、ムエットが無臭になるまで確認する

単品香料をチェックするとき、つけたてを嗅いだだけでムエットを捨てることはしません。

朝、ムエットに香料をつけ、その後もときどき手に取って香りを確かめます。そして、完全ににおいがなくなるまでデスクに置いておきます。

いよいよ無臭になったと思った時刻を、香料のデータ表に記入します。

これによって、その香料がどのくらい持続するのかを知ることができます。同時に、時間とともに香りがどのように変化するのかも見ていきます。

つけたてには爽やかに広がっていた香りが、数時間後にはまったく異なる表情を見せることがあります。

例えば、単品香料のオレンジリモネンは、明るくみずみずしい香りが消えたあとに、脂っぽく重いにおいが残ります。

一方、ムスクケトンのように、最初はあまり強く感じられなくても、ほかの香りが消えたあとまで静かに残る香料もあります。

つけた瞬間の印象だけでは、その香料の全体像は分かりません。

香りの中間を途切れさせない

一つひとつの香料の持続時間と変化を知ることで、どの香料をトップノートに置き、どの香料でミドルノートを形づくり、何をラストノートまで残すかを考えることができます。

この観察をせず、最初に嗅いだ印象だけで香料を組み合わせると、できた香りがあっという間に消えてしまうことがあります。持続時間の短いトップノートの香料に偏っているためです。

また、つけたてとラストには香りがあるのに、その中間がスカスカになってしまうこともあります。

最初は華やかでも、途中で流れが途切れ、最後には一つの香料だけが残ってしまう。その段階では、もはや一つの香水として美しく続いているとはいえません。

トップノートが消える頃に、次の香りが現れる。

ミドルノートが静かになる頃には、その下からラストノートが支える。

異なる持続時間を持つ香料を組み合わせ、全体の流れを作っていきます。

時間とともに香料が一つずつ引かれ、残った香りが次の表情をつくる。香りの変化は、このような引き算によって生まれます。

強さを足すのではなく、香りをつなぐ

香水を長く持続させようとすると、強い香料や重い香料を増やすという考え方になりがちです。

しかし、それだけで香水の始まりから終わりまでが美しくなるとは限りません。

大切なのは、強さを足すことではなく、香りをつなぐことです。

一つの香料だけを強く残すのではなく、異なる持続時間を持つ香料を重ね、次の香りへと受け渡していく。

そうすることで、静かでありながら、途切れることなく続く香りを作ることができます。

香水を、一つの音楽のように設計する

香水は、音楽と似ています。

最初から最後まで、異なる楽器や音色が現れ、重なり、やがて次の音へと受け渡されていきます。

一つの音だけが最後まで鳴り続けるのではなく、それぞれの音が役割を終えながら、一つの曲を形づくっていく。

香料の持続時間を知るのは、香水全体の流れを設計するためです。

そして香水の経時変化を確かめることは、一つひとつの香料を束ねたとき、それらが時間のなかでどのような曲を奏でるのかを見ることでもあります。

静かでありながら、ひそやかに香り続けること。

そのために、トップノートからラストノートまで、香りが途切れることなく、次へとつながっていくように設計しているのです。


筆者

発信:PARFUM SATORI
創業者・調香師 大沢さとり

花や季節、香り、日々のなかで心に残ったことを、note「大沢さとりの香り紀行」に綴っています。
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