合歓(ねむ)の花はどんな香り?|その香りがあまり知られていない理由

合歓の木に咲いた薄桃色の花

そもそも私が合歓の花の香りに興味を持ったのは、恩師のひと言がきっかけだった。

「合歓の花は、日本人がとても好む香りだ」

そう聞いて、どんな香りなのだろう、実際に嗅いでみたいと思った。
そして同時に、その香りを香水にしたいとも思った。

けれども、自然に生えている合歓は高木である。花はずっと上に咲いていて、なかなか直接嗅いでみることができない。

それなら自分で育ててみようと、鉢植えの合歓を買った。

2009年8月3日のブログを読み返すと、その木はすでに「4回目の夏を迎える」と書いてある。

花が咲くたびに香りを嗅いだ。
咲き始めはどうなのか。時間が経つとどう変わるのか。

読み返してみると、何年も実際の花の香りを確かめながら、香水「ネム」を作っていったことが書かれていた。

その木は2015年、引っ越しのときに手放してしまった。
それからおよそ10年。

もう一度、合歓の木を買った。そして三年目の今年、初めてつぼみをつけた。
ふたたび、その香りの記憶を間近で確かめている。

開き始めた合歓の花と縮れたピンク色の雄蕊

鉢植えだから見えること

自然に育った大きな合歓なら、花は頭の上にある。

鉢植えなら、つぼみから開花までを目の高さで追うことができる。

開きかけの花では、ほとんど香りを感じなかった。

翌日、開いた花からは、青く固い桃のような香りと、その奥に淡いフローラル、さらに粉っぽさを感じた。

以前の記憶にあった、甘く粉っぽい香りへの移り変わりは、この一輪だけではまだ確かめきれていない。

まだ別の枝には、小さなつぼみが残っている。

合歓の花の細い雄蕊と先端についた葯

ピンク色の糸は、花びらではない

こうして間近で花を見ていると、香り以外にもいろいろなものが見えてくる。

合歓の花をふわふわと見せている、ピンク色の細い糸。

一本一本をよく見ると、その先に小さな黄色っぽい粒がついている。
これは「葯(やく)」である。

ユリの花にも、しべの先に茶褐色で楕円状の葯がついている。

つまり、花びらのように見えているピンク色の糸は、長く伸びた雄蕊なのだ。

しかも、一つの大きな花が咲いているわけではない。
小さな花が集まり、そこから長い雄蕊がいっせいに伸びて、あのふわふわとした姿を作っている。

遠くから眺めていたときには見えなかったものが、近くに寄ると発見できる。

新宿御苑の温室で咲く赤い大紅合歓の花

華やかに見えても、強く香るとは限らない

以前、新宿御苑の温室で、大紅合歓(オオベニゴウカン)を見たことがある。

真っ赤で大きく、合歓よりさらに華やかな花である。

これほど華やかなのだから、さぞ強く香るだろうと思って顔を近づけた。
ところが、ほとんど香りを感じなかった。

大紅合歓は、一般的なネムノキと同じマメ科ではあるが、ネムノキ属ではなく、ベニゴウカン属(Calliandra)の別の植物である。

見た目の華やかさと、香りの強さは比例しない。
香りは、見た目から想像した通りにはいかないところが興味深い。

高く枝を広げる大きな合歓の木


なぜ、合歓の花の香りはあまり知られていないのか

合歓は、決して珍しい木ではない。
川沿いや林縁、公園などでも見ることがある。

それでも、花の香りを知っている人が少ない理由の一つは、やはり花の咲く高さにあるのだと思う。

しかも、夕方から開き始める。

開き始めてからは早い。
そして数日のうちに、房の中で新しい花へと入れ替わりながら、やがて軸ごと落ちていくようだ。

花を見たことはあっても、ちょうど開いた花に鼻を近づけて嗅ぐ機会は、意外に少ない。

そして、離れたところまで香りを漂わせてはいない。


金木犀のように、歩いていると向こうから香りがやってきて、その存在に気づく花とは、香り方が違う。


今回も、柔らかい枝を手元まで引き寄せ、鼻を近づけて初めて匂いを判別できた。

もう一つ、合歓の香りを知る機会が少ない理由がある。

合歓の花の天然香料は、バラやジャスミンのように、天然香料として一般に流通しているものではない。

これらの理由から、合歓の香りを嗅ぐ機会はとても少ないと思われる。

合歓の花から抽出した香り

私は以前、一度だけ、合歓の花から抽出した香りを嗅いだことがある。

私の生徒さんの一人に、自分でさまざまな花から香料を採っている人がいた。

ジャスミンやローズはもちろんのこと、

「え、そんな花から香料を?」

と思うようなものまで、自分で採っていた。

その中に、合歓の花があった。

なんでも、近所のお宅に大きな合歓の木があり、季節になると地面にたくさんの花が落ちていたのだという。

それを見た生徒さんは、家の方にお願いして、花をどっさりもらってきた。
そして、溶剤で抽出したのだという。

見せてもらったのは、小さな小瓶に入った、ほんのわずかなものだった。

その香りは、咲いている合歓よりもフローラルで、はかなげな匂いだったように記憶している。

私は思い描いた。

合歓は、花びらが一枚ずつ散るのではなく、根元から落ちる。
大きな木の梢の方から、薄桃色の花のかたまりが、ふわり、ふわりと落ちてくる。

控えめな香りを抱いたまま、静かに地面に積もっていく。

合歓の香りを香水に

私が合歓の香りをもとに香水「NEMU(ネム)」を作ったときには、合歓の花から採った天然香料を使ったわけではない。

花を実際に何年も嗅いで、その印象を香水として組み立てた。

生花には、生花の香りがある。

抽出すると、また違う面が現れる。

そして香水にするときには、実際の花そのままを複製するのではなく、自分が感じ取ったものを、香料を使って組み立てていく。

花の香りとは、どの瞬間の、何を指しているのだろう。

咲いている花に近づき、匂いを吸っているとき。
花から抽出した香気成分を嗅いだとき。

あるいは、開いてから散るまでの連続した風景を、花の記憶としてたどるとき。

花の香りは、ある一瞬の匂いではなく、時間とともに変化するものすべてを捉えているのかもしれない。


合歓がつぼみをつけてから花が開くまでの観察は、note「大沢さとりの香り紀行」にも記録しています。
合歓のはなひらく

合歓の花を観察しながら香水「ネム」を作ったときのことは、こちらに詳しく書いています。

合歓の香水:万葉の夢を紡ぐフローラルパウダリー


著者

大沢さとり
PARFUM SATORI 創業者・調香師。

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