春は突然やってくる。
日夜更新される開花予報に半ば急かされながら、
変わらぬ朝に辟易とした心を強引にも揺すり起こす。
気持ちは未だ冬の中。
春。を迎えると世の中から求められている気がする。
明るく気丈に振る舞うこと。
重ねる日々への麗しさを認めること。
季節は勝手に変わっている。
誰かが良いと言ったわけではない。
それは至極、自己中心的。
ある日を境に皆、誘い出されるように外に出て、一斉にはしゃぎ出す。
ついていけないのは私のせいだろうか。
ついていかないのは私のせいだろうか。
気持ちは今も冬の中。
今日もそぞろ歩く。
行く当てはなく、手元の万歩計とにらめっこ。
一応健康体では暮らしたいので、毎夜毎夜貯金をしている。
健康貯金。利率は悪い。
けれど毎日何かをためていないと不安になるというもの。決して好きでやっているわけではなく、一種罪悪感のようなもの。後々苦しくなってしまうので、それだったら目の前の面倒臭さを懐柔して、向き合った方が都合が良い。そんな思考の元。
その街には立派な河川がある。
近郊の港町に流れ注ぐ、いくつもの小川の最も大きなその1本。
全くもって清流というわけではなく、寧ろ汚濁さ加減の方がひどく目につく。
大抵どんな川も、水面に近づくほど多少はクリアな印象を受けるが、目を凝らさずとも川底より屹立した家電製品が無数に観察できる。モラルのかけらもない投棄の跡がそこかしこに。
と、そんな土地には、はや25年となるわけだが、いくらその瑕疵ばかり目に付くとはいえ、ひとつくらいは譲れぬ魅力もある。
川沿いに所狭しと並ぶ、桜並木。正直花見とかなんとか、あまり興味はないし、桜の時期以外は河畔の限られた土地を占拠する枯木になるので、邪魔だと思う機会の方が多い。
とはいえ、春先の麗かな折。人々が憩い、小さな花びらを愛でている光景は一抹の充足感と、張り詰めた日々への緊張感をほんの少しだけ和らげてくれる。
まあ要するに、桜そのものと言うよりも、その情景を切り取って愛らしさを感じるのだなと。今深く腑に落ちた。
サクラとは?ソメイヨシノとは?
日本の春を象徴するサクラ。その淡く、どこか儚い色合いには、我々の心を捉えて離さない不思議な魅力がある。(前述のサクラも漏れなくソメイヨシノである)
― そもそもなぜ花弁は色づくのか
サクラに限らず、植物が花を咲かせ、鮮やかな色をつける目的とは。それは決して人間を喜ばせる(品種改良などは一度脇に置いておく)ためではなく、種を次に繋ぐための生存戦略。
特にサクラに関しては、まだ周囲に緑が少ない春の時候にピンク色の花を咲かす。このピンク色(厳密に言えば薄紅色が近いか)は自然界の中で非常に目立つ色であり、受粉を助ける昆虫へのサインとしての機能を果たしている。やがて、受粉という役割を終えた花弁は儚く散っていく。
― 薄紅色の由来とは
具体的に何がそのピンク色を作り出しているのだろうか。その答えは、アントシアニンと呼ばれる色素成分にあり、この色素の濃度が、桜の色の濃淡を決定づけている。
元来、どの植物においても気温が低い、特に夜間の冷え込みが厳しいと、その体内に糖分を蓄えやすくなる傾向がある。サクラの場合は、この糖分を原料としてアントシアニンの合成が促進されるが故に、蕾の期間が長く、ゆっくりと開花する年ほど、花びらに色素がじっくりと蓄積され、薄紅色が濃くなるとされている。
逆に、開花直前に一気に気温が上がってしまうと、アントシアニンの合成が追いつかないまま花が開く。結果、色素が薄まり、全体的に白っぽい印象の桜になる。ソメイヨシノが咲き始める頃に訪れる寒の戻りは、結果的に、単に開花を長引かせるだけでなく、花をより美しく染め上げるための必要不可欠な期間となっているのだ。
― 花びらの装いの移り変わり
ソメイヨシノの色味は、開花期間中ずっと同じというわけでもない。
蕾の頃は赤みが強く、開き始めは淡いピンク色。しかし、花弁が完全に広がるとアントシアニンが分散し、さらに光を反射しやすくなるため、我々の目にはほとんど白に近い、ほんのりとした淡紅色に映る。
そして、散り際になると、再びその色を濃くする。これは、色素を花の中心部(花托やめしべの根元)に集めるためで、中心が赤く染まっていく。
枝が大きく横に広がる樹形も、その美しさを支える大きな要素である。
若木の頃は勢いよく枝を伸ばす長枝が目立ち、花はまばら。しかし木が成長して落ち着いてくると、枝の伸びが抑えられ、短枝の先に丸い房状の花を咲かせるようになる。これが密集することで、遠くから見たときにモコモコとした花の雲のような景観を作り出す。
(ちょうど、数年前、鴨川に沿って咲き乱れていた柔らかな風景を思い出した)

また、川沿いに植えられたソメイヨシノが、水面に垂れるように枝を伸ばすのは、川の反射光を求めているためだとも言われている。その枝からこぼれ落ちた花びらが水面を埋め尽くす「花筏」、風に舞う「花吹雪」、夜の闇に白く浮かび上がる「花明かり」。
我々の遺伝子に深く刻み込まれた幽玄な調べ。それがサクラの風雅な語り。
このサクラ、ソメイヨシノの色彩の移ろい。思い当たる節がある。
それはパルファンサトリのサクラ。
厳冬を讃えるシソの涼やかな印象。後悔は微塵も感じさせず、あるがままの姿で佇む。在るべき人。確信と諦念が過酷な環境をも耐えうる基盤をつくる。
大寒の息吹は、くすみがかった矩形から放たれ、素肌に落ち、次第に温もりへと満ちていく。
しばらくして可憐に咲き誇る麗らかなチェリーやジャスミン。それは決して豪奢ではなく等身大の美しさを醸す。仄かに、ふんわりとした優しさ、慈しみ。一雫のローズは一条のベルベット。華やかなアクセントを一括り。
次第に落ち着きを見せ、至るは情景としてのサクラ並木。支えるはモスやムスクのブラーがかった潤い。内に眠る紡がれてきた美意識を根系から探る。
人々が集い、語らい、束の間の歓びを。
その心の真ん中に、日本人がこよなく愛してきたその存在がある。
サクラ。
気持ちはようやく春の中。
発信:PARFUM SATORI
ニックネーム:Ryan
プロフィール:アトリエやポップアップにて接客をしておりました。現在は言葉の仕事をしております。
▪香水「桜 -SAKURA-」
https://parfum-satori.com/?pid=16537731
▪香りに出会うための場所──香りJOURNAL INSIGHT
https://parfum-satori.com/apps/note/category/journal/insight/
▪パルファンサトリの「さくら-Sakura-」| パルファン サトリの香り紀行
https://parfum-satori.hatenablog.com/entry/sakuraparfum

