パルファンサトリのアトリエショップに来店されたお客様から、よく言われることがあります。
「予約してなくても入れますか?」
「マンションの一室なんですね」
「サトリの香水以外でも調香されてるんですね」
(オルガン台と香料瓶を指して)「これは何ですか?」
など。
私たちスタッフの間では周知であったり、ホームページや過去の記事で触れてはいても、お客様にとってはなかなか伝わり得ないことが多いのだと気付かされます。
また店内には、あまり表に出ることのない貴重なものもたくさんあります。
それらをこの「香りJOURNAL」内でご紹介することで、パルファンサトリのことをより身近に感じていただけるのではないかと思いました。
「アトリエジャーナル」と称して、これから少しずつ店内にある様々なものにスポットを当てながら、その歴史や背景にも触れていければと思います。

まずはオルガン台にズラッと並ぶ香料瓶。
これらは以前フレグランススクールの授業で使用されていたもので、パルファンサトリの香水に使われている香料と同じものも多くあります。
オルガン台は調香師大沢の手作り。
緩やかなカーブは空間によく馴染み、香料瓶は手に取りやすい。
見た目にも美しいこだわりのオルガン台なのです。
香料は、もうほとんど香りがしないもの、変香しているもの、まだまだ現役で使えそうなもの、と経年による変化も様々ですが、それとは別に沈香、アンバーグリス、白檀、ムスクといった、貴重な天然香料の原料もいくつか陳列されています。
その中で、私が最も感動したのがムスク。
天然のムスクたるや、自分が知っているこれまでのムスクの概念を覆させられた想定外の香りでした。
※ムスクについての詳しい説明は、記事の最後にまとめています。

アトリエショップに佇む 天然ムスク
ある日店内を掃除していた時に、ふと目に入ったガラス瓶。
その中には3cmほどの黒っぽくて丸い、木の実のようなものがいくつか入っています。
これはもしかして 天然のムスク ……?
写真でしか見たことのなかったそれとよく似ています。
初めて目にする 天然ムスク と思われるものを前に、ドキドキしながら蓋を開けてみました。
ところが、私の知っているムスクの香りではありませんでした。
石鹸のような清潔感も、生々しいアニマリックさも無く、フレグランススクールの教材で数種類のムスク香料を学びましたが、その中のどの香りともリンクしないのです。
ムスクではないのかも……?
だんだん自信が無くなってきて確認したところ、今から約20年前にお取引先様から譲り受けた、正真正銘の 天然ムスク ということでした。
さらに10年以上前から所持されていたものの一部を譲ってくださったそうで、産地は不明ですが、その方はベトナムの奥地にもよく訪れていたとうかがっています。
受け取った時は、ビニールの包みの中に新聞紙で無造作に包まれていたそうです。
少なくとも30年近くは経過していると思われるムスクということになりますが、今もなお、はっきりと香りを放ち続けているのです。
チョコレートみたいな香りだ、と思いました。
ただしグルマン調の甘いチョコではなく、より素材に近いニュアンスのもの。
僅かに残る野生味にはどこか生気が感じられ、ナッティ調の香ばしさも溶け込んでいます。
さらにアンバリックな樹脂様の深みや土気、ウッディな側面もあり、何より人肌のような温もりを感じるのです。
採取当初から今に至るまで、少しずつ香りは変化しているはずですが、少量でありながら感じ取れる情報量はとても多く、 天然のムスク とはこんなにも芳醇で良い香りなのかと驚いた瞬間でした。
中世から現在に至るまで、人々を魅了してきた理由がわかった気がします。
数十年の時を経てもなお、褪せることのない芳香と持続性。
そして単に「良い香り」というだけでなく、自分の中に眠っている感情や記憶が呼び起こされ、本能に働きかけてくるような──。
そんな天然素材の素晴らしさ。
だからこそ、その複雑さや奥行きを再現しようと、今も多くの合成ムスクが生み出されているのかもしれません。

そのガラス瓶は、アトリエショップの片隅に静かに置かれています。
そして蓋を開けた瞬間、ふっと「気配」が立ち上がり、記憶や温度のようなものを運んできます。
ムスクという香料が、なぜ香水に欠かせないのか。
それは調合的に優れた役割を果たすからというだけではなく、人が本能的に惹かれる香りの原点のようなものだから──。
そう思わずにはいられない体験でした。
※通常アトリエショップ内の展示物を積極的にご紹介することはしていませんが、 天然ムスク の香りを嗅いでみたい方は、ご来店の際スタッフまでお声がけください。

補足|ムスクとは
特に香水が好きではなくても、ムスクという名前を知っている方は多いのではないでしょうか。
和名を「麝香(ジャコウ)」と言い、古くは薬としても紹介されてきました。
麝香鹿の雄の香嚢から分泌されるこの物質は、縄張りの主張や、メスを呼び寄せるフェロモンとしての役割を果たしていると言われています。
そのままではアンモニア臭や強い獣臭を持つため、香料として使うには乾燥や希釈などの処理が必要です。
処理を経ることで、暖かく官能的な甘い香りへと変化すると言われています。
※麝香鹿はムスクジカ科に属し、一般的な鹿とは異なります。
これまでの乱獲により絶滅の危機に瀕し、現在はワシントン条約により国際取引が原則禁止されています。
そのため、今日では倫理的観点やコスト面からも、植物性ムスクや合成ムスクが主流となり、天然ムスクが正規の香料市場に流通することはほとんどありません。
また、香水におけるムスクは、香りを持続させたり、全体をなめらかに調和させたり、奥行きや余韻をもたらしたりする役割を持ちます。
香料同士をつなぐ接着剤、あるいはブレンダーのような存在とも言えるでしょう。
調香実習の際、ムスクを入れる前と後では、一気に印象が変わったことを思い出します。
どこか平坦でのっぺりとした印象だったものが、ムスクを入れることで、ぐっと華やかで立体的になったり、エレガントで上品な印象になったりするのです。
一方で、量や種類の調整によって香りのニュアンスが大きく変わってしまうため、扱いは決して簡単ではありません。
それでも、その優れた調和性や持続性、香りの方向性を支える力から、ムスクは香水にとって欠かせない香料のひとつと言えます。
ムスクについては、過去の記事
「パルファンサトリの香り紀行 – ムスク(麝香)」
でも触れています。
発信:PARFUM SATORI
ニックネーム:K.S
プロフィール:パルファンサトリフレグランススクール1級卒業。アトリエショップやPOP UPで時々接客もさせていただいてます。

