金木犀の香りの秘密:香料と日本文化に根付く魅力

キンモクセイ/金木犀(学名: Osmanthus fragrans var. aurantiacus)

キンモクセイ(Osmanthus fragrans var. aurantiacus)は、モクセイ科モクセイ属の常緑小高木です。秋に甘く香りのよい、オレンジ色の小さな花を咲かせます。中国南部を原産地とし、日本でも観賞用として広く栽培されています。

植物分類と特徴

学名: Osmanthus fragrans var. aurantiacus
科名: モクセイ科(Oleaceae)
属名: モクセイ属(Osmanthus)

日本のキンモクセイ(オスマンサス)は全て雄(男)株

キンモクセイは、日本において主に雄株のみが植えられています。これは、江戸時代に中国から輸入されたのが雄株のみだったためです。キンモクセイは挿し木で繁殖され、自然交配による繁殖が行われていないので、日本のキンモクセイはすべてクローンです。

キンモクセイが秋に一斉に咲くのは、気候条件によるものが大きいですが、クローンのため、同じ環境や気候条件下では、似たタイミングで開花しやすくなるという側面もあります。

下の写真は雄株に咲く雄花です。雌株の雌花は中央に雌しべが存在しますが、雄花にはありません。そのため日本のキンモクセイは結実しません。

日本のキンモクセイは全てオスなんです。

日本のキンモクセイの香りと要因

日本のキンモクセイは海外のものに比べ、特に香りが強いと言われるのには、いくつかの理由が考えられます。

雄花と雌花の違い:通常、花が香りを放つ目的は、昆虫を引き寄せて受粉を促進するためです。そのため、雌雄異株の場合、雄花の方がより強い香りを揮散するケースが多くみられます。日本のキンモクセイはほぼ雄株なので、雌雄差による香りの強度という可能性はあります。ただし日本にはキンモクセイの雌(女)株が存在しないため、比較するデータがありません。

品種や変異: キンモクセイには、香りが強い品種と弱い品種があります。日本では特に香りの強い品種が好まれて育てられてきましたが、中国などには香りがやや穏やかな品種も存在します。

気温や湿度: 花の香りは気温や湿度に大きく影響を受けます。暖かい天候や湿度の高い環境では香りが強く感じられる傾向があります。

花の咲き具合: 開花の初期段階では香りが弱く、満開になるにつれて香りが強くなることが一般的です。。

日本と世界における栽培分布

日本における北限:

キンモクセイは温暖な気候を好むため、栽培可能な地域は主に関東地方南部から東海地方までが北限とされています。最近では気候変動や技術の発展により、東北地方南部でも見られますが、寒さ対策が必要です。

海外の栽培状況:

ヨーロッパにおけるキンモクセイの歴史は、アジアからの植物輸入の一環として始まります。18世紀から19世紀にかけて、アジアからヨーロッパへの植物導入が盛んに行われた時期に、中国からキンモクセイも輸入されました。

しかし、温暖な地域以外では育ちにくいこともあり、ヨーロッパの寒冷地では広く普及することはありませんでした。南フランスのグラースでは、香りの研究の一環としてキンモクセイが栽培されています。

また、ヨーロッパでは金木犀、銀木犀と区別することなく、おしなべてオスマンサスと名付けられています。

その他の種類

キンモクセイ(Osmanthus fragrans var. aurantiacus)には、同じOsmanthus fragransに属する別の変種として、ギンモクセイ(Osmanthus fragrans var. fragrans)やウスギモクセイ(Osmanthus fragrans var. thunbergii)があります。

ウスギモクセイ(薄黄木犀):黄色味がかった薄い色の花を咲かせ、香りはキンモクセイよりもやや弱めです。

ギンモクセイ(銀木犀):キンモクセイの白花種で、香りはキンモクセイと似ていますが、やや穏やかで、花の色は白です。

キンモクセイの香料としての利用

キンモクセイの香料とその生産地

中国を中心に香料生産が行われ、香料としてのキンモクセイは世界中に輸出されています。キンモクセイは「桂花(けいか)」と呼ばれ、香料だけでなく食品や飲料にも使われています。

台湾や日本でも観賞用や一部食品用途として栽培されていますが、商業的な香料生産は主に中国で行われています。

香調

キンモクセイの主な香り成分はリナロール、ゲラニオール、γ-デカラクトンで、甘くフルーティーな香りが特徴です。

また、香気成分のリナロール、βヨノン、γデカラクトンの組合せと比率が、香りを遠くまで飛ばす秘密と言われています。γデカラクトンは分子量が大きく、βヨノンも拡散する香料ではないにもかかわらず、キンモクセイの香りは遠くまで届くという特徴を持っています。

咲いている花は甘くフルーティ感が強く爽やかです。その花の香りを再現した調合香料も、比較的作りやすくフレグランスによく使用されています。

香水においては、トップノートやミドルノートに使用され、他のフローラルノートやフルーティーノートと調和しやすい性質を持っています。

一方、天然香料のアブソリュートは、フルーツを煮詰めたようなコクのある甘さに、豆やイモをつぶしたようなモッサリした香りを合わせたような香りです。黒砂糖のようであると表現する人もいます。この天然香料を香水の中に入れれば、ミドルの深みと残香の膨らみが得られます。

キンモクセイの文化的側面

日本

日本では、キンモクセイは秋の風物詩として庭木や街路樹に利用されています。ただし、東北や北海道では栽培が難しく、地域によってその存在感や思い入れに違いがみられます。

1970年頃、50年前にキンモクセイは芳香剤の香りとして使われました。そのため、キンモクセイを知らない地域でも、花は見たことがなくても名前と香りを知っている人も多かったようです。その後、1990年頃から芳香剤の流行はラベンダーやレモン、ハーブなどが中心になり、さらに現在ではさまざまな香りが発売されるようになりました。

今ではキンモクセイ=芳香剤のイメージを持たない若い世代が育ち、キンモクセイはむしろ通勤、通学や秋のイベントと重なる思い出の香りとしての存在感を増しています。

京都で、川端康成の古都を読みました

キンモクセイと文学

キンモクセイは、日本文学のいくつかの作品にも登場します。小説や詩の、秋の情緒を表すシーンでその香りが象徴的に使われています。
太宰治の短編小説『女生徒』では、思春期の少女の感受性豊かな内面が、キンモクセイの香りを通じて表現されました。キンモクセイの甘い香りが、季節の移り変わりと少女の心情や繊細な心理を強調しています。

その他、村上春樹『ノルウェイの森』や川端康成『古都』、宮本輝『錦繍』さらに三島由紀夫『憂国』など、文豪たちの作品の中でキーととなっています。

中国

中国では、キンモクセイは食文化や伝統行事に深く根付いており、桂花の香りは漢方薬やお菓子に用いられ、古典文学でも秋の象徴として描かれています。

お茶(桂花茶)

中国では、キンモクセイの花を乾燥させてお茶に使用します。これを「桂花茶(けいかちゃ)」と呼びます。桂花茶は、ウーロン茶や緑茶にキンモクセイの花をブレンドし、香りを楽しむものです。甘くて芳香のある香りがリラックス効果を高めると言われています。

お酒(桂花陳酒)

キンモクセイはお酒にも利用され、「桂花陳酒(けいかちんしゅ)」というリキュールがあります。キンモクセイの花を白ワインや黄酒(中国酒)に漬け込み、甘い香りを持たせたお酒で、食前酒やデザート酒として人気です。

ヨーロッパ

ヨーロッパではキンモクセイは、香水や一部の庭園での観賞植物として扱われていますが、文化的な背景は薄く、南フランス以外ではあまり普及していません。自国で見ることが少ないうえ、日本や中国に訪れたヨーロッパの旅行者が、その香りに触れる機会は少ないでしょう。これほど強い香りの印象を与えながら、開花期間が短いこともあって、認知度の低さに繋がっていると考えられます。

最近では海外ブランドも金木犀の心地よい香りに注目して、香水、フレグランス商品の新作を出しています。しかし香りだけでなく、文化的背景まで理解が深まってくるのはもう少し先になるでしょう。

そういった意味で、キンモクセイは日本のローカル文化を伝えるのにも適した素材だと思われます。

オスマンサスアブソリュード(天然キンモクセイ)を使っているパルファンサトリの香水

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