合歓の香水:万葉の夢を紡ぐフローラルパウダリー

パルファンサトリの香水ネムはふわっとした優しい香り

合歓の香水の誕生

2008年の夏の夕方、淡いピンクの合歓の花をイメージしたこの香水が生まれました。

合歓の花は優しい香りを漂わせ、静かに咲いています。そして夜になると葉を閉じ、眠りにつくのです。まるで柔らかなシルク毛布に包まれるような、幸せ感のある香りを作りたいと思いました。

香調

香水「ネム-NEMU-」の香調は、初めに甘酸っぱいライチと、かすかなジンジャー・シトラスがふわっと香り、気分を明るくさせます。やがて、天然ブルガリアローズを中心にした優しいフローラルのミドルから、しだいに柔らかいパウダリーなラストノートへとうつろっていきます。

ライチのトップノート

この香水のトップノートには、ライチを選びました。当初、トップノートをシトラスにするかフルーティにするか迷い、ピーチやリンゴといった果実も浮かんでいました。ピーチはそれまでの香水によく使われていたためありきたりに感じ、リンゴやオレンジをこの香りに合わせるとやや子供っぽさが残ると感じました。

そんな中、ライチの、「バラの香りがするぶどう」のような風味に魅了され、これを採用しました。ライチは香水ネム-NEMU-のローズ骨格と調和し、この香りのトップノートをより一層引き立てています。

みずみずしい生のライチは、バラの香りのするぶどうのようです

香りへの興味

この香りを作りたいと思ったきっかけは、合歓の花の香りについて耳にしたことでした。「それは優しく品があるフローラルパウダリー。とても日本の情緒にあっている」という言葉に惹かれました。

しかし、合歓の木は背が高いため実際に花の香りを嗅ぐ機会は少なく、そこで丈50cmほどの鉢植えを手元に置き、毎年7月に咲くたびに香りを観察しました。

合歓の花の香りと香水の骨格

合歓の花の香りは、咲き始めは固く青い果実のようにフレッシュで、時間とともに甘いフルーティな香りに変化します。そして最後は、ふんわりとしたパウダリーな香りに。

この香りの移ろいを表現するために、透明感のあるジャスミンとミュゲ、ほのかに紅く染まるローズエッセンスでミドルノートを構成。そして最後のふんわり粉っぽさをイリスやバイオレット、肌に残るムスクを調和させ、合歓の香水の骨格を作りました。

合歓の花(ねむのはな、学名: Albizia julibrissin)

マメ科ネムノキ属の落葉高木で、日本を含む東アジアや南アジアが原産です。その名前は、夜になると葉が閉じることから「眠る木」「寝覚め草(ねざめぐさ)」という意味で名付けられました。山の渓谷などに自生している他、庭木や街路樹として広く植えられています。

合歓の花は6月から7月にかけて咲きます。また、ほお紅の刷毛のような繊細な花を夕方から夜にかけて咲かせます。

葉は鳥の羽のような形で柔らかくふさふさとしており、夜になると真ん中から閉じる様子が名前の由来になっています。

夏の夜に見る万葉の夢

合歓の花は、その美しさと独特の葉の動きから、古来より日本の文学や芸術に登場してきました。特に『万葉集』には、合歓の花がしばしば登場します。この香水のテーマにもなった紀郎女(きのいらつめ)の和歌は、大伴家持に宛てた戯歌(ざれうた)・恋歌として知られています。

「昼は咲き、夜は恋ひ寝る、合歓木(ねぶ)の花、君のみ見めや、わけさへに見よ」 紀女郎(万葉集 巻八 1461)

この意味は、『昼に咲いて、夜には恋しい想いを抱いて寝るという合歓の花を私だけに見させないで。ほら、あなたもここに来て見てごらんなさい』というものです。

ちなみに、この歌に対して、大伴家持が返歌を書いています。

「吾妹子が 形見の 合歓木は 花のみに 咲きてけだしく 実にならじかも」 大伴家持(万葉集 巻八 1463)

「お戯れを、あなたが送ってくれた合歓の花は、実を結ばないのでしょう?」という、この返歌は半分冗談交じり。 紀女郎より年下で、気の置けない彼との間の、シリアスではないふわふわとした恋の気分が漂っています。

歌の意味を知ってまた香りをつけると、楽しみ方が一層深まることでしょう。

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