香り が記憶を壊し、再び繋ぐとき|IRIS HOMMEという物語

夜の雪道に並ぶ街灯と、静けさに包まれた冬の風景の 香り

香り が導く、過去の破壊と接続

寒空の元
凍れる外気のその只中
あなたは何処で何をしているのだろう

気づけば猛る恋慕は薄れ、枯れた想いがしがない筆を走らせる。

約1年ほど前だっただろうか。

都会も都会。その一角。押し込められる楼閣。
歴史や実利を謳えば、日々の営みは軽んじられ、息もつけぬ無為の壁に押しつぶされる。
足取りは重く、心なしか鼓動も不規則に。

しかし、確かに向かわねばならぬ。
向こう数年を宙ぶらりにし、生きながらえることができるほどに、己の精神は壮健ではない。それより何より、街に走る人波が足を掬って、無意識のうちに身体を辿り着かせてしまう。

あっ、と。
促音すら響すことができぬまま、形なきものにゆり揺られ。
今日もまた、同じ場所に腰を下ろす。

繰り返す日々は容易く流れる。一日を過度に短小にさせる。

気づけば日の出、気づけば夕暮れ。

過ぎ行く現実は刻々と、借用の容器に、そっと、ぐっと染み込んでくるのだ。

とはいえ、そんな自分にも反発の萌芽を認める。
精神は正しさを保つため、それなりの防衛を備えている。

むくりむくりと胸の内から昇る煽情。
抑え切ることはできぬままに向かう先は定まらず。
霊験灼かな神仏へ2度も3度もしつこく礼賛。

間も無くそれは、理のごとく。
導かれる、逃避・退散という不可避の選択。

論と情をこねくり回したその先で、
ようやく出会えたのが君だった。

逃避としての都市、回想としての 香り

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手に取るように思い出せる。
やわく、もろい。
ほどけるようなその邂逅を。

真冬の寒さとは裏腹に、籠る熱気に絆された、酷く繊弱なその指先を。

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香り と記憶の関係性

香りは各人が大切に仕舞っている、心の奥底の記憶を引き出すもの。
特定の記憶、紐解けばその場面、毎分毎秒へとゆったりと時間の流れを押し広げ、優しく寄り添ってくれる。
今にも崩れそうな記憶の結び目には大抵香りがある。

しかし擦り、擦り切れ、今にも断ち切られそうなほどのクリシェを今更、何だと言うのか。

私はこうも思う。

その時感じた香りは、特定の記憶に紐づくのではなく、連綿としたストーリーに結びつくものであると。故に、実際その場面で香っていなくとも、情景や感情が語り指し示す情動こそが、記憶に時間と揺らぎを与え、ひとつの物語を編みあげる。

その後、物語に呼応する香りが新たな解釈を記憶へ施す。大切な想い出に香りはなくても良いのだ。後から記憶の喚起に必要な香りが自然と付される。

築いたストーリーこそが過去に栞をはさみ、香りがそれを気づかせ、新しい読み物としての味わいを付け足してくれる。

そんな所だろう。

記憶は再生ではなく、再構成される


冒頭より、つらつらと回想を重ねた。
虚実は脇に置きつつも、くっきりと物語が示される。
一つの事象とまた次と、芋蔓式にあらゆる記憶が蘇ってくる。

真実か否かが問題ではない。
生み出された、新たな過去への解釈が何よりも愛おしい。

IRIS HOMME ―― 白と真白のあわい

その香り。パルファンサトリのイリスオム。

シトラスからイリスへ、香りの位相

幕開けはピーリーで晴れやかなシトラス香。しかしながらその側面は若干のざらつきを携えており、滑らかな曲線とともに香りの位相は上下動する。それも細かく、細かく観察していくと、ようやく気づく程度。全体として、ピンと張った真白な布の一点に、球体が吸い込まれていくような丸みのある緊張が包んでいる。

肌の内側に沈むスキンフレグランス

次第にイリスのアーシーかつパウダリーな温もりに落ちていく。その繊細さは意外にも強靭で、精緻な作りをしながらも明確な存在感を肌の上から肌の中へと徐々に落ちていく。それはさながらスキンフレグランス。己が元来そうであったかの様に錯覚する、あるがままの香り。歴史を謳うような雄弁かつ芳醇なイリス香もバイオレットとジャスミンが緩やかな移ろいを描いてくれる。

ほのかな残香を周囲に残しつつ、やがて自分だけの香りへと肌の内側から柔らかなベースノートがゆるりと漂ってくる。それは温かみのあるサンダルウッドとそっと添えられたムスクの調べ。

どこか人肌を感じさせる。どこか冷たさも感じられる。
白と真白の両側面が、記憶と記憶を結びつけ、未だ見ぬ過去へとひらいてくれる。


忘却という脳の戦略

我々が過去を振り返るとき、脳は保存された情報をそのまま読み出しているわけではない。実は断片的な情報を手がかりに、その都度記憶を再構成している。この過程において、記憶は容易に歪められ、時には完全に新しい記憶が捏造されることさえある。

この記憶の不確実性や忘却≒一過性は、記憶機能の欠陥ではなく、むしろ機能そのものであるとも言える。

もし私たちが過去の出来事の細部まで完璧に記憶し続けていたら、脳は「過学習」という一種の罠に陥る。

過学習とは、過去のデータに過剰に適合し過ぎることで、未知の新しいデータに対応できなくなる現象を指す。例えば、これまで見た全てのサッカーボールの個別の傷や模様を完璧に覚えていたら、新しいデザインのボールを見たときに、それが同じ「ボール」であると正常に認識できなくなる。

その対処法として、脳は意図的に細部を忘れ、記憶を曖昧にすることで、過去の経験から一般的なルールやパターンを抽出している(汎化)。記憶をあえて不正確にし、要点だけを残すことによって、私たちは未知の状況に直面した際にも、過去の経験を応用して適切な予測や行動をとることができるという訳だ。

さらに、記憶の一過性は、変化し続ける環境への柔軟性も担保している。事実、環境のルールが変化した時、過去の詳細な記憶が強固に残存していると、新しい情報の学習を阻害してしまう可能性もある。そんな中、神経生物学的には、海馬で新しいニューロンが生まれるプロセスが、既存の記憶回路を物理的に再構築し、古い記憶の忘却を促進することが分かっている。

一見、一度覚えたことを消してしまう非効率なプロセスに見えるが、この更新機能があるからこそ、我々は古い習慣に縛られず、新しい環境に適応して行動を変えることができるのだ。

以上をまとめる。

記憶の不確実性と再結合は、我々に過去の奴隷にならない自由を与えてくれていると言える。記憶の変容や、誤った想起は、裏を返せば、私たちの脳が常に現在の文脈に合わせて過去の意味をアップデートし、断片的な情報から全体像を作り出そうとする創造的な働きの表れでもある。

記憶の目的は、過去を忠実に保存することではなく、日々の溢れんばかりの刺激によって劇的に変化するこの世界を生きる上での意思決定を最適化することにあると言える。細部が抜け落ち、時に混然と一体化し、移ろい形を変えていく記憶のあり方こそが、我々が賢く生きていくために脳が選び取った、洗練された戦略であると言えよう。


香り が開く、既知の中の未知

記憶の忘却により、更新し、繋ぎ合わせて、創造する。

既知の中の未知へと、香りは自ずと導いてくれるだろう。


発信:PARFUM SATORI
ニックネーム:Ryan
プロフィール:アトリエやポップアップにて接客をしておりました。現在は言葉の仕事をしております。



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