EX SATORI -サトリ- メイキングストーリー|光の中で息づく静けさ

円相の上に佇む EX SATORI -サトリ- のボトル。黄金と墨の対比が香りの静かな核を象徴するメインビジュアル

SATORI -サトリ- のはじまり──「凛(りん)」というテーマから

SATORI -サトリ- の原点は、2002年に開催されたある化粧品会社主催の香水コンテストにあります。テーマは「凛」。日本女性のたおやかな強さを表す、日本的な香りを創ることが求められました。

私は「最も日本的なものこそ国際的である」という考えのもと、香道の世界に着想を求めました。真のグローバル化とは、その土地の文化に根ざしたときにこそ成功する。その想いが、より一層、日本固有の美意識を掘り下げる力になったのです。

香木の最高峰・伽羅(きゃら)は、辛・苦・甘・酸・鹹の五味を持つとされ、香炉から立ちのぼるその香気が、凛とした女性の立ち姿に重なって見えたのです。伽羅の香りは、静かでありながら芯の強さもあります。そのイメージを香りとして形にし、「伽羅」という作品名で出品しました。

結果は、1次、2次と進みましたが、最終選考に残ることはできませんでした。グランプリを得たのは、外国人調香師による「不思議の国のアリス」というアクアティック・フローラル。私は深い失望を覚え、日本の香料業界の厚い壁を実感しました。しかしその気持ちが、「日本の香りを自分の手で世界へ届けたい」という気持ちへと育っていきました。

グラースへ──香りの都での出会い

2004年、世界調香師会議に参加するため、フランス・グラースを訪ねました。香料会社の社長を通じてパトリス・ブレゾー氏を紹介され、彼の推薦でフランス調香師協会に入会。それが、後に長く続く協力関係の始まりでした。

グラースでの経験は、まさに世界を知る旅でした。素材の品質、香料の扱い、文化としての香水――そのすべてが新鮮で、自分が日本で生きてきた世界の狭さを痛感しました。同時に、日本の香りが持つ静けさや奥行きこそ、世界の香水の中で異彩を放つと確信したのもこの頃です。

有田焼の茶壷に収められた初代 SATORI -サトリ-。香りの原点として誕生したパルファンボトル

茶壷の誕生──香りを包む器

SATORI -サトリ-の最初の販売形態は、有田焼の茶壷に入ったパルファンでした。当時、日本では理想とする香水瓶が見つからず、「香りを包む器」そのものを日本文化の象徴として形にしたのです。

茶壷香水の処方は、コンテスト出品作〈伽羅〉をもとに改良を重ねたもの。香料の入手先が変わるたびに微調整を行い、2006〜2007年頃に完成しました。ブレゾー氏はこの香りを「ソフトで、美しいバランスを持つ」と評しました。この茶壷こそが、〈SATORI〉という名の香りの最初のかたちです。

障子越しのやわらかな光が満ちる和室。連なる部屋と襖絵が SATORI -サトリ-  の原像となる静けさを映す

SATORI -サトリ- 香りの原像──清浄な光のなかで

この香りの原像には、いくつも続く和室があります。そこは、障子越しにやわらかく清浄な光が差し込み、紙と木と畳が静かに呼吸しています。その光の中を、和服の女性が香炉を手に、すっと歩いてくる。白い足袋が畳を滑る音が、かえって部屋の静けさを際立たせます。

女性は足を止め、座し、香炉をそっと置くと、また静かに立ち上がる。その一連の立ち居振る舞いにつれて、衣擦れの音が余韻のように残ります。

そして、香炉から立ちのぼる一筋の香気に、凛としたその人の姿を追う。

それが SATORI の香りの風景です。間接照明のようにやわらかな光が満ち、すべてが澄みきった静けさのうちにあります。やがて、暁の茶事で見た冬の朝日、〈WABISUKE〉の静謐、さらに〈BOTAN〉の陰翳と絢爛へとつながっていきます。けれどもそれは、意図した連作ではありません。ふり返れば、いつも自然に道がつづいていただけのことでした。

「なぜ調香師になったのか」「なぜこの香りを作ったのか」と問われるたび、私は答えに少し困ります。何かに駆り立てられるように、惹かれるままに歩いてきた――そうして前へ進むたび、気づけば香りが生まれ、振り返れば道ができていた。

その歩みこそが、私にとっての〈悟り〉だったのかもしれません。

SATORI -サトリ- のオードパルファンボトル。障子越しの柔らかい光と静けさ、凛とした佇まいを象徴するフロストガラスのデザイン

EX SATORI -サトリ- ──静かな回帰

その後、より日常的に使いやすい形として〈Eau de Parfum〉版を発表。当初、ブラックボトルだったのですが、リニューアルで半透明のガラスボトルに移し、軽やかで親しみやすい香りとして広く受け入れられました。けれども、茶壷の香りを懐かしむ声も多くありました。

そして2025年、EX SATORIとして再び原点へ。香料構成はそのままに、濃度に合わせて香りの立ち上がりと余韻を緻密に調整しました。強くするのではなく、深くする。肌の上で呼吸するように香りが沈み、時をかけてやわらかく広がるように設計しています。

〈EX〉は、単なる復刻ではありません。茶壷の時代に込めた思いを受け継ぎながら、二十年の時を経て、香りとしての完成形に至った「静かな回帰」です。

香炉をそっと扱う手元の動き。
“静かな所作”がSATORI - サトリ- の香りづくりに通じる美学を象徴している。

終章──悟りという名の香り

「悟り」という言葉には、激しい達成ではなく、ものの本質を静かに見極めるという、日本的な境地があります。〈SATORI〉という香りは、凛とした女性のように静かで、しかし芯は強い。光と静けさ、強さとやさしさ――それらが均衡する一点に立つ香りです。

EX SATORI は、その静けさのさらに奥にある呼吸のような香り。茶壷から、EDPを経て、EXへ。香りはかたちを変えながらも、いつも「凛」という原点に立ち返ります。

茶壷の時代から続く〈SATORI〉の香り。その香りがどのように受け継がれ、いまの形に磨かれていったのか。どうぞ、その息づかいを感じていただけたら嬉しく思います。


発信:PARFUM SATORI(パルファンサトリ)/ 創業者・調香師 大沢さとり


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