PARFUM EX 牡丹-BOTAN-| 日本のドライ・オリエンタルが生まれるまで
ブラックピオニーから 牡丹 へ
「牡丹」は、もともと「ブラックピオニー」の後継として構想されました。ブラックピオニーは、フェミニンで甘く重く、濃密な印象を持つオリエンタル。グロッシーで西洋的なニュアンスを含んでいました。
その香りをもう少しドライにしたい。そうして生まれたのが「牡丹」です。トップは渋さのある墨色。ラストは甘さが残り、肌にやわらかく寄り添う。ブラックピオニーの重厚感を受け継ぎながら、よりマットでさらさらとした質感を持つドライ・オリエンタルです。
「陰翳礼賛」の世界を、香りと絵で表現した作品でもあります。
時代の流れと、処方の再構築
頻繁なIFRA(国際香粧品香料協会)規制によって香料の使用制限が増え、ブラックピオニーも処方修正を余儀なくされました。2008年発売当時のブラックピオニーには、天然のカストリウムやシベット、アンバーなどの動物由来香料を用いておりましたが、やがて世の中の流れでそれらを忌避する傾向が強まりました。
規制された香料素材を単純に置き換え続ければ、徐々にオリジナルの表現からずれてしまいます。処方中、十万分の一の香料が全体の香調に影響を与えることもあります。香りの核となるものが使いづらくなる中で、オリジナルのブラックピオニーを維持するのではなく、新たに“日本のドライ・オリエンタル”として「牡丹-BOTAN-」を創ろうと決めたのです。
そのため、処方は一から書き直し、まったく新しい香りとして誕生しました。
ブラックピオニーは、西洋的なオリエンタル香調を持ち、ムスクケトン(白粉のような女性的なムスク)を使った古典的な香りでした。一方、パルファンサトリは25年の歩みの中で、「日本生まれの香水として、日本文化を伝える」という哲学を育ててきました。
重みのあるオリエンタルというテーマを残しつつ、その美意識を日本的な“ドライ・オリエンタル”へと再構築。美術・文学・建築・工芸といった文化の要素を背景に、新しい香りが組み立てられていきました。

陰翳の光と、出会いの積み重ね
「牡丹」の背景には、書物や体験、出会いの積み重ねがありました。谷崎潤一郎『陰翳礼賛』に触れ、闇の中でこそ美を放つ漆や金屏風の描写に心を動かされたこと。
さらに京都の「京ろうそくなかむら」で制作を体験し、和ろうそくの炎が芯の中空構造によって風がなくても揺らぎ、柔らかな陰影を生み出すことを知ったとき、書物の言葉が実感として腑に落ちました。西洋のキャンドルが強く直線的な光を放つのに対し、和ろうそくは柔らかで、仏像や日本画、漆の器に陰影を与え、揺らぎの中で美を際立たせます。日本の化粧や建築に至るまで、この光を前提に美が育まれてきたのだと気づかされます。
和紙作家の永井聡さんとの交流もまた、こうした「光と影」「素材と美」の関係を理解する助けとなりました。本を読み、灯りを作り、人と出会うなかで、「牡丹」という香りは形になりました。陰翳の中にこそ浮かび上がる美。その感覚が、ドライでマットなオリエンタルとして「牡丹」に込められています。
西洋の「オリエンタル」と、日本から見た「東洋」
「牡丹」を語るうえで欠かせないのが、オリエンタルという言葉の受け止め方の違いです。ヨーロッパの人々にとって、オリエントは神秘の国でした。
中近東から東南アジアまでを含んだ広大な「東の方角」のイメージが一体となり、香水におけるオリエンタル香調が形成されました。その骨格は、東南アジアのスパイスやウッディ、中近東を思わせる樹脂のバルサミックな甘さ。さらにバニラやアニスのパウダリーなスイート、アニマルやレザーの重厚さによって「エキゾチック」が表現されています。
一方、日本を含む「東洋」は、さらに東寄りの極東アジア。四季があり、湿度の高い夏を持つ気候の中で育まれた嗜好は、甘さや厚みよりもドライで透明感のある香りを好みます。
和食と洋食の対比に見られるように、食文化を見ても、その違いは明らかでしょう。いわば西洋における「オリエンタル」の概念は、日本から見れば「西」の世界なのです。

パルファンとしての「牡丹-BOTAN-」
それをパルファン(Extrait)にした理由――それは、ただ賦香率が高いということではありません。香調によってふさわしい濃度があり、最も美しく香る濃度があります。軽く明るい香りは面で広がるように軽やかにまとい、重く甘い香りは点でつけることで、肌の上で馥郁(ふくいく)と香ります。
季節が移ろい、毛織物や羽織ものが恋しくなる頃、重ねた衣の内側からふと温もりとともに香り立つ。その情景こそ、「牡丹」をパルファンとして仕立てた理由です。
「牡丹」は、陰翳の中に浮かぶ美を香りで描いた、新しい時代のドライ・オリエンタルです。
発信:PARFUM SATORI(パルファンサトリ)/ 代表・調香師 大沢さとり

