ありのままが美しい──究極のシンプル、「 侘び寂び 」という美意識

真紅の侘助椿が一輪、静かに咲く姿。日本的な簡素美と内に秘めた強さを感じさせる花

ありのままが美しいという感覚

私たちはいつから「完璧であること」を美しいと思うようになったのでしょうか。

一方、それとは対照的に、慎ましく質素なものや不完全なものにこそ趣や魅力を見出す美意識があります。

それが「侘び寂び」です。

言葉自体はよく知られているものの、私自身、感覚的に理解したつもりになっているだけで、深く向き合ったことはありませんでした。
それが、「侘助」という香水をきっかけに深掘りしてみたところ、多様な価値観が交錯する今だからこそ大切にしたい、不動の美学だと考えるようになりました。

完璧さ、わかりやすさが求められる時代に、「侘び寂び」は何を語りかけてくれるのでしょうか。
その意味を改めて考えてみたいと思います。

地面に落ちた椿の花が点在し、季節の移ろいと儚さを感じさせる日本の庭の風景

侘び寂び が示すもの

禅の影響から生まれた日本独自の美意識・概念で、元々は異なる意味を持つ「侘」と「寂」が合わさり、一体として語られるようになりました。

・侘(わび)…質素で静かなものの中に美しさや奥深さを見出す、日本独自の美意識・価値観。
本来は「思い通りにならない辛さ」や「貧しさ」を表す言葉でしたが、中世以降、失意や窮乏を受け入れて、質素な生活の中に精神的な豊かさ・美しさを見出すという肯定的な意味合いに変化しました。

・寂(さび)…時間経過による変化に対し、美を見出す心。
古びたもの、枯れたものから趣を感じる心の動き。時間の経過による劣化や欠けを否定せず、変化が織りなす多様な美を肯定すること。

室町〜戦国時代にかけて、豪華な中国の道具を中心とした賑やかなものではなく、簡素な日本の工芸品などを用いて、不足の中に美や価値を見出す茶会=「茶の湯」が生まれました。

これが「侘び茶」、すなわち茶道の成立で、茶人 村田珠光※1(むらたじゅこう)から武野紹鴎※2(たけのじょうおう)を経て、千利休※3が大成させました。

狭い茶室(草庵)や簡素な道具、静寂な空間で「一期一会」の心を通わせる─。
ここで言う「一期一会」は、一杯のお茶を二度と無い貴重な機会として心を尽くし、もてなし、味わうということです。

「侘び茶」はその精神を基盤とし、表千家・裏千家・武者小路千家によって現在も受け継がれていますが、日本文化の精神性を象徴する概念として、一般にも広く浸透していきました。
物事の本質を理解し、移ろいゆくものを受け入れる日本人の確固たる価値観「侘び寂び」は、ここに築かれたと言えます。

織部の茶碗と茶筅が静かに置かれた一瞬。茶の湯に宿る精神性と静謐な時間

効率や正解を求めすぎる時代のなかで

侘び寂びは、足りないものを埋める思想ではなく、
すでにあるものを、そのまま受け取るための美意識なのかもしれません。

ここ数年で頻繁に耳にするようになった、「ありのまま」「サステナブル」「多様性」といった言葉があります。

相田みつを氏の「みんな違ってみんないい」や、SMAPの楽曲「世界に一つだけの花」なども、そうした価値観をよく表したものだと思います。

内面的、外見的に自分が他の人たちと違っていても、それはおかしな事でもマイナスな事でもなく、個性だ。
また、自分とは違う考え方や価値観を否定せず、お互いを受け入れ前向きな解決法を考えていく。それが多様性を認めるということだ。

このような考え方は、素晴らしいものです。

曲解されてしまうと、ただのワガママや非常識になりかねない懸念もありますが、誰もが生きやすい社会というのは理想であり、マイノリティが排除されるものであってはなりません。

とりわけ「サステナブル」という言葉はあらゆるメディアで目耳にし、私たちの生活にもすっかり定着したように思います。
英語の「sustain(持続する)」と「able(〜できる)」からなる言葉で、「持続可能な」という意味で使われていますが、その範疇は経済から環境問題、地域社会や労働環境に至るまで多岐に渡ります。

ごく身近なところだと、リサイクルや食品ロス削減、そして昨今海外でもブームとなっている「金継ぎ」なども、サステナブルの一つでしょう。
あらゆる物事を大切に扱い、愛し、時を重ねながら使い続けること。
私自身はそう解釈しています。

「サステナブル」を意識し始めた時、私が真っ先に思い浮かんだのは「もったいないおばけ」でした。
これは、公共広告機構(現:ACジャパン)による1982年度の公共広告作品で、食べ物を残したり物を粗末に扱う子供達を嗜める、オバケのキャラクターを用いた啓蒙CMです。
(リンク:https://www.youtube.com/watch?v=6be2IvKKdo4

当時まだ子供だった私に、このCMが多大なる影響を与えたことは言うまでもありません。
親のしつけも加わり、出された食事は残さず食べることは当たり前となり、物を大事にするようにもなりました。
今でもなかなか断捨離ができないのは、少なからずこのCMの影響もあるように思います。

サステナブル的な概念は「もったいないおばけ」の進化版のようなもので、日本では40年以上も前に先取りし、”戒め”という形でCMまで作ってたんだ、すごいな。
と思っていました。

そんな時、パルファンサトリから「侘助」がローンチされることになり、それが「侘び寂び」をテーマにした香水であるということを知ります。

“なんとなく”しか理解していなかった「侘び寂び」について、自分なりにちゃんと理解していないと「侘助」を解釈することはできないし、お客様に自分の言葉で説明することもできない。
そう思い、その日から「侘び寂び」について検索を重ねることになりました。

その結果感じたことは、
「侘び寂び」というのは、サステナブルの原点であり、
世界は今、必死で「侘び寂び」を目指そうとしているだけなのかもしれない。
ということ。

日本では「もったいないおばけ」よりも遥か昔、遡ること400年以上前にはサステナブルの超前身とも言える、「侘び寂び」が存在していたのですから。

とても誇らしい気持ちになると同時に、先人に畏怖の念を抱かざるを得ませんでした。

しめ縄で留められた石が示す、踏み越えないための静かな境界と日本の美意識

侘び寂び の本質

侘び寂びとは、単なる美的様式ではなく、世界との向き合い方そのものなのだと思います。

質素なものや不完全なものに趣や魅力を見出し、経年による変化をマイナスと捉えず、移りゆく姿に美を見出す心─
それは極限にまで無駄と装飾を省いた、「究極のシンプル」です。

ありのままを受け入れ、「美」をも見出す。
これはあらゆるものに通じる考え方であり、それぞれの価値を高めて多様性を認める、ということになると思うのです。

様式でも、流行りの価値観でもなく、何かが足りない現実を否定しないしなやかさ、変わりゆくものを愛する力だったりもします。

人は集団という枠組みから外れると、どうしても生き辛くなるものです。
特異な個性を持っていると変人扱いされ、ルッキズムに踊らされ、歳を重ねる事すら劣化と言われてしまうことも。
マイノリティが、マジョリティに飲み込まれてしまうことが多いのは事実です。
これらに異を唱える声も大きくなりつつありますが、現実はなかなか厳しいものです。

ありのままで良いと言われてもなぜか疲れている、
多様性を掲げられながらも比較されてしまう、
サステナブルを意識してもやめられない消費…

そんな時代だからこそ、強く意識したい「侘び寂び」。
寄り添い、共生し、自然の流れを慈しみながら、朽ちゆくまで愛する─。
この本質からブレなければ、私たちはどれだけ生きやすくなるのだろう。
そう考えずにはいられません。

香水「WABISUKE」のボトルが静かに佇む。侘び寂びの世界観を香りで表現した一枚

香りで表現された 侘び寂び ──「侘助」

パルファンサトリが2024年に発売した「侘助」は、厳寒の頃、夜明け前から行われる「暁の茶事」という茶会のワンシーンを描いた、侘び寂びをテーマとした香水です。(侘助:https://parfum-satori.com/?pid=182212736
このテーマを背負った香水を作ること、それが容易でなかったことは想像に難くありません。

もとより、前章となる「ひょうげ」(旧 織部)が作られた2008年、この時はどうしても侘び寂びという壮大なテーマを形にすることはできなかった、と調香師の大沢は述べています。

そこから15年以上の時を経て、満を持して作られた「侘助」。

それは静寂の中、深紅色の侘助椿が見る侘び寂びの世界。
僅かな「気」の動きと、”ただ、そこにあるものだけ”が、一輪の椿にそっと映し出されます。

夜明けと共に、障子の隙間から僅かに差し込む一筋の光─
そんな風景を描いたトップノートは、パチョリ、ダバナという陰影の深い素材が、重力に沈む寸前で陽光を与えられたかのように、一条の光となってシャープに立ち上がります。
香り全体を包括し、ミドルノートを司る薔薇は、ややシンナミックでパウダリーな紫丁香花と溶け合うことで色彩が抑えられ、吐息のような甘さだけを残しながら墨の静けさと同化していきます。
そして深いアンバーへと引き込まれるラストノートは、紫煙の余韻を残しながら潔く消えていくのです。

答えを急がないという選択

時間の中でゆっくり展開される起承転結は、最後まで辿り着いて初めてわかるもの。
一瞬で華やぎ、すぐに正解が出るものではなく、”時”と”香り”の流れを感じる中で、自身への問いかけを行い、思考をクリアするための手助けをしてくれるような存在だと感じてます。

少しこうべを垂れた侘助椿が語りかけてきます。

あなたはそれで良い。
ただ、ありのままに。

と。

□補足:侘び茶を形づくった人物たち

※1  村田珠光(15世紀半ば)
禅の精神と日本の美意識を取り入れ、華やかな書院の茶を簡素化し、「四畳半の茶室」を創始。侘び茶の基礎を築いた。

※2  武野紹鴎(16世紀)
珠光の茶を受け継ぎ、連歌の美意識(冷え枯れる心)を取り入れて、より洗練された侘び茶へと発展させた。

※3 千利休(16世紀後半)
紹鴎に学び、遊びの要素を排し、精神性を極限まで高めることで、日常の道具にも美を見出す「わび茶」を大成させた。←内容はとても良いので、流れを止めないために人物解説だけ補足にまとめました。

参考文献:
茶の湯 こころと美(https://www.omotesenke.jp/list2/list2-1/list2-1-4/
BIZGARAGE(https://www.bizgarage.jp/column/seo_id31

香水「侘助」(https://parfum-satori.com/?pid=182212736)

送信中です

×