暁の茶事に宿る侘び寂びの香り:新作香水の物語

序章:侘び寂びの精神

茶道の「侘び寂び」とは、シンプルさや静けさの中に潜む美しさを表現する哲学です。今回の香水は、利休の侘び茶に触発され、その精神を香りで表現して作られました。

特別な茶会を場面に、夜明け前の静寂と、日の出とともに訪れる新たな始まりを感じさせる香りです。

インスピレーション:暁の茶事のシーン

この香水は、茶道の「暁の茶事」という特別な儀式に着想を得ています。

茶会は、夜明け前の闇に包まれた茶室で始まり、東の空が徐々に白み始めるころ、朝の光が差し込み始めます。

一輪の侘助椿(わびすけつばき)が床の間に静かに佇み、その足元に光が届く瞬間を表現しています。その奥に掛かる、静から動への緊張感を表す百舌鳥(もず)の墨絵。そして蝋燭の灯りが朝の光と溶け合い、茶事の終わりを告げます。

伝統に根ざした香り

茶室という空間で生けられた「茶花」や墨絵が持つ精神性を反映し、この香りによって侘びと寂びの美学を具現化しました。床に飾られた侘助椿と宮本武蔵の「枯木鳴鵙図」の百舌鳥は、侘びの精神と寂びの美しさを象徴しています。

日の出とともに茶事が終わり、客は静かに退室します。衣擦れと白足袋の足音が、それぞれが異なる道を進む自由と独立を示唆しています。

この香水は、利休と古田織部という二人の茶人の哲学を背景に、香りに宿る物語を紡ぎました。

華道(かどう)と茶花(ちゃばな)

華道(かどう)も茶花(ちゃばな)も、花を使った日本の伝統的な芸術です。華道は美的な表現技法を用いた芸術性を重視し、茶花は謙虚さや自然への敬意を表現し、控えめな美しさを求めます。

この香水は、茶花のシンプルで控えめな美を取り入れ、その奥にある深い精神性を表現しました。

香りの構成:物語を語るノート

  • トップノート:夜明けの光のようなシャープな印象  Patchouli、Davana
  • ミドルノート:自己を象徴する紅い「侘助椿」 Lilas, Rose,Chamomile blue ess.
  • ラストノート:朝の静けさに溶け込む煙のように、静かに消えゆく香り  Amber,Borneol(Ryu-nou)

制作プロセス:「ヒョウゲ」から侘び寂びへ

この香水は、2009年に発表された抹茶の香り「ヒョウゲ」の後継として15年ぶりに誕生しました。当時は、自由で大胆な古田織部に着目しましたが、今回は利休の侘び茶にさかのぼり、より深い精神性を探求しています。「ヒョウゲ」は織部の奔放さを抹茶の香りで表現しましたが、今回の香水では、侘び寂びの本質に近づき、茶の道の純粋な美しさを花によって再解釈しています。

調香師からのメッセージ

「利休が侘び茶を通じて伝えたかったこと、それは、身分や階級にとらわれない、誰もが自由であるということでした。彼の精神性と深い美意識を、今回の香水で表現したいと考えました。15年前の『ヒョウゲ』が織部の自由を象徴するものであったように、今回は利休の侘びをテーマに、より内面に向き合い、自分なりの侘びを香りで表現しています。」

用語の解説

侘助椿(わびすけつばき)

侘助椿は、15世紀の茶人「侘助」が好んだ椿で、茶席にしばしば活けられました。薄田泣菫は著書「侘助椿」の中で「この花には捨てがたい侘がある」と語り、孤独な美しさを評価しています。厳冬に花を半開させる姿が、茶人たちに侘びの精神を象徴するものとされました。

暁の茶事の流れ

  1. 招待と入室:夜明け前、招待客は蝋燭の灯りが灯る茶室に静かに入室します。
  2. 初座(しょざ):薄茶が提供され、蝋燭の明かりの下、静かに茶を楽しみます。
  3. 中立ち(なかだち):一旦休憩し、外の様子を確認します。この頃、東の空が白み始めます。
  4. 後座(ござ):濃茶が点てられ、朝日が茶室に差し込み、光の移ろいを感じながら茶を味わいます。
  5. 終了と退室:日の出とともに茶事が終わり、客は静かに退室し、それぞれの道を歩みます。

侘びと寂び、数寄(すき)とは

千利休と侘び
利休は、茶道の世界で「侘び」の美学を確立しました。彼の侘びは、質素でありながらも内面的な豊かさや瞬間の美を大切にし、豪華さを排したシンプルさの中に深い感動を見出す美意識です。

古田織部と寂び
織部は、利休の影響を受けつつも、より自由で実験的な「寂び」を追求しました。寂びは、時間が経つことで生まれる風格や自然な摩耗の美を大切にし、無駄を削ぎ落とした静かな美しさを評価します。

数寄の精神
数寄とは、芸術や文化に対する深い愛情と感受性を持つ精神です。侘びや寂びの美学を理解し、日常に取り入れることで、芸術と自然を尊重した豊かな生活を実践します。

香水「侘助-WABISUKE-」のページ→ワビスケ 

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