「香りはシーンを特別にする“隠し味”」
香りを足したり引いたりとかきましたが、そもそも香りがある時とない時とで、何が違うのでしょう。
個人的な感覚から言えば、香りや匂いがある時の記憶は、良くも悪くも、その時の感情がより鮮やかに感じられるような気がしています。先ほどのケーススタディエピソードの一つは遠い昔のことですが、香りとともに今もありありと思い出せます。
「感情が動いた瞬間が、記憶になる?」
記憶に残るかどうかは、その瞬間に心が動いたかどうか――つまり感情の働きによる、と心理学の研究で示されています。
映画『インサイド・ヘッド1』をご覧になった方なら、イメージしやすいかもしれません。
この映画はファンタジーではありますが、心理学や神経科学にかなり忠実に作られており、デフォルメはあるものの「感情がどう働き、どう記憶を選び取り、どう人格を形作るか」という本質を巧みに描き出しています。
映画では、ヨロコビ・カナシミ・ビビリといった感情キャラクターたちが司令塔に座り、主人公(11才の女の子)の行動や反応を導きます。
そこに流れ込むのが「記憶のオーブ(粒)」で、感情によって、まるでフラグが立ったように、特別に光る色がつきます(喜び=金色、悲しみ=青など)。時には複数の色が混じったオーブも登場し、記憶の複雑さを象徴します。
特に強い感情を伴ったオーブは「コアメモリー」として保存され、性格や価値観を形作る基盤となります。その他の記憶は長期保存倉庫に送られ、時に忘れられていきます。映画では「悲しみが人をつなぎ、成長させる」ことも瑞々しく描かれます。
ここで注目したいのは、感情が「記憶の選別者」であり、人格を作る、ことが描かれている点なのです。
香りの話に戻りますが――香りが感情を揺さぶることがあるのは、既に多くの人が体験的に知っていることです。
そこで、私はこの仕組みを、映画の「記憶のオーブ」のようにとらえ、香りが、記憶の中に特別な印を残しす呼び水になるのではないか、と思っているのです。
「香りが“フラグ”になる可能性?」
嗅覚は脳の扁桃体や海馬と直結しているため、香りは感情と記憶を結びつけやすいといわれます。だからこそ「香りのある場面」は、特別な記憶として残りやすいのです。
もちろん、毎日が強烈な記憶だらけでは自律神経が乱れて心が疲れてしまう、と思う人もいるかもしれません。ですが、自律神経は揺れながら安定をつくるもの。「心を揺さぶる体験」は、かえって新たな落ち着きを育むとも言われています。
香りが、日々の小さな出来事にフラグを立て、色とりどりの記憶を残していく。それは、人生をより鮮やかなものにしてくれるかもしれません。
「香りが情緒を育てる?」
そもそも、日本のゆるやかな季節の移り変わりが、より多くの体験と心を動かす記憶をもたらし、それを受けて多くの言葉が生まれ、日本文化特有のこまやかな視点、感性、美意識を育んできたと言われています。
たくさんの香りと出会い、香りと一緒に「楽しい・悲しい・怖い・安心した」など色んな感情を経験するとことで、心のライブラリも豊かになるのだと思います。
そして、それはその人の包容力が人間味の深さを育んでいくことになるのではないかと思うのです。

「一瞬でよみがえる“あの日の記憶”」
ふとした香りが一瞬で昔の記憶を呼び覚ます――これを「プルースト効果」と呼びます。
香りは他の感覚よりも強く記憶を引き出す力を持つわけですから、例えば、香りを生活に潜ませることは、後から思い出すための「鍵」をたくさん散りばめておくことになるかもしれません。
日常には香水以外にも、調理の香り、雨上がりのアスファルトの匂い、季節の花の香り、インクの匂いなど、たくさんの香りが潜んでいます。
ですので、日々の生活の中に、香水に限らず様々な香りを潜ませて、自分の行動によって偶発的に起こる出来事と香りが交差した瞬間に、フラグが立って、光る記憶のオーブがたくさん生まれてゆけばいいのでは、と思っています。
「未来に残したい瞬間に、香りを添えてみては?」
もちろん、日常の「自然の匂い」は自分ではコントロールできませんが、それと「自分で仕込んだ香り」が重なると、強く心に刻まれるはずです。それは、まるで、人生にサプライズを散りばめておくようなもの。
例えば、今、私の娘は思春期のさなかにあり、日々の言動から、私は彼女が家族から巣立っていく近い未来を想像しています。
そこで、これを機会に、家族で過ごす休日を、とある香りと結びつけてみるようとおもっています。後からその香りを嗅いだとき、鮮やかな思い出がよみがえることを期待して。
夏休みは終わりましたが、大人の自由研究感覚で、こんな香りが心に残る仕組みを利用した小さな試みを始めたいと思っています。
大人の自由研究、あなたも楽しんでみませんか?
※本記事は二部構成の後編です。
前編はこちら ▶ 『複雑な“香りの強さ”との付き合い方』-そして、香りが心に残る仕組みをめぐる小さな試み -前編
こちらは香りの記憶にまつわる調香師大沢さとりのブログ記事です。よろしければご覧下さい。
ニックネーム:T.T
プロフィール:香水ソムリエ。パルファンサトリ フレグランススクールにてインストラクターをさせていただいていました。現在はアトリエで接客を担当しております。



