和菓子 に見る芸術──日本の四季と香りが奏でる美のかたち

和菓子 の木型とパルファンサトリ「ワサンボンEX」

暑かった夏も終わり、すっかり秋らしい季節になりました。

芸術の秋に食欲の秋、秋は人の感性を静かに呼び覚ます時季でもあります。

身近な存在にあって、芸術と食欲の両方を満たしてくれるものは何だろうと考えた時、私が真っ先に思い浮かんだのは「 和菓子 」でした。

その小さな一口に宿る日本の”美のかたち”をのぞいてみたいと思います。


和菓子の魅力と言えば、やはり季節感。

春は桜餅、夏は見た目にも涼しい寒天菓子、秋は紅葉型の練り切りや栗きんとん、冬は雪うさぎなど、一目見ただけでその時々の季節を感じさせてくれる色彩や造形美には、思わず息を呑んでしまいます。

少し話が逸れますがここ最近、特にこの「香りジャーナル」の原稿を書かせていただくようになってから、四季というものが日本で暮らす私たちにどれだけ影響を与えてきたのか、ということをよく考えます。

生まれた時から四季と共に暮らしてきたため、その存在を意識することは当たり前でしたが、実はそれはとても特別なことではないか、と。

食文化をはじめ日本建築や和歌、俳句、工芸品や童謡に至るまで、四季無くしては生まれなかったであろう芸術や日本の伝統文化は数知れません。

和菓子にも、当然その情緒は宿っています。

季節の素材を取り入れたお菓子は世界中にあると思いますが、色・形・質感・名前(銘)にまでこだわり、季節の風情や余情まで感じさせてくれるものは、世界的に見てもなかなか無いのではないでしょうか。

紅葉をモチーフにした和菓子とパルファンサトリ「ワサンボンEX」のボトルが並ぶ写真


私たちが生まれてから天寿を全うするまで、日本では数えきれないほどの「行事」を経験します。

お正月やお花見、お月見といった季節行事だけでなく、初宮参りや七五三、入学式、卒業式、結婚式、お葬式など、人生の節目にはいつも 和菓子 が寄り添っているのです。

それは単に食べ物としての役割だけでなく、お菓子を通して家族や大切な人を想う気持ちが込められていました。

例えば紅白饅頭。

「紅」は幸せや喜び、「白」は清らかさや神聖さを意味し、この紅白の対比は「縁起」を象徴するとされ”祝福を贈る”という意味が込められているそうです。


私が子供の頃は何かと貰う機会が多く、また紅白饅頭か…と辟易するほどでしたが、大人から子供達へささやかな願いが込められていたのかなと思うと、今となっては有り難く思うばかりです。

他にも、健康や子孫繁栄の願いが込められた、雛祭りの菱餅やこどもの日の柏餅など、親が子を想う気持ちがお菓子にも託されていたのだと思うと、和菓子に対してより温かいものを感じずにはいられません。

和菓子には、ぼた餅などシンプルで素朴なものもあれば、切ると中から富士山が現れる羊羹や、まるで本物の花のような練り切り(餡やもち粉に繋ぎを加え、練って作られる上生菓子)など、食べるのがもったいなくなるような美しいものがたくさんあります。

特に練り切りは、動植物や手毬、花火をモチーフにしたものまで、それはもうため息が出るほど美しく細やか。

私が練り切りを初めて食べた時、あまりにも綺麗でなかなか食べ始めることができなかったことを思い出します。

眺めているだけでも幸せでしたが、口にしてびっくり。その味は思っていたより遥かに優しくて、体の内側からじんわりと温まっていくような滋味豊かな味わいでした。

その繊細で優美な姿から「練り切りアート」なるものも生まれ、和菓子の新しい楽しみ方として国内だけでなく海外にも広がりを見せています。

また、絶妙な色使いで見る人をほっこりさせてくれるのも和菓子の特徴です。

赤、青、緑、黄色、ピンク、オレンジ…実に多彩な色が使われていて、補色を組み合わせたものやグラデーションを施したものなど、色とりどりでありながら決しけばけばしく映ることはなく、優雅で上品なのです。

それは人の体と同じように、大半の和菓子には必ず緩やかな曲線があり、角らしい角が無いからかもしれません。
丸味を帯びたものというのはどこか安心感があり、親しみを感じやすいものです。


和菓子作りに使われる道具は、へら、ふるい、棒、抜き方、焼印など様々ですが、中でも江戸時代に発祥したとされる「木型」は、流し物(型に流して固めるお菓子)以外何らかの形で使用されている、和菓子には欠かせない道具です。

主に樹齢100年級の桜の木材に、数十種類の彫刻刀を使い分けて、図柄を左右凸凹を逆にして彫る、という途方も無い技術が施された「工芸品」(※)でもありますが、
今ではこの菓子木型を制作している職人は全国でもわずか5〜6人しかいないそうです。

※香川県は和三盆糖の生産が盛んな地域として発展し、菓子木型もこの地域で発展した伝統工芸品です。菓子木型職人は香川県の「伝統工芸士」として認定されています。

“全国的にも同業者が減少の一途をたどっているけれど、菓子木型作りを自分の天職と信じ、木型がいい人生を歩めるようにと魂を込める。技術とアイデアのすべてを注ぎ、方寸の木型の中に宇宙を表す。”
(香川県伝統工芸士の市原吉博氏のサイトより抜粋)


この言葉からも、職人の強い想いを感じます。

貴重な技術を後世に継承していくため、近年では木型を3Dスキャンして加工・複製するといった保存方法も実施されているようです。

口にする時にほんの一瞬、その美味しさ・美しさの裏に込められた職人の技術や心を思い浮かべてみると、和菓子というものがよりいっそう趣深いものになるように思います。


どんなに精巧で美しく作られていても、口に入れたらスッと消えてしまう。

職人の感性と技術を結集して作られる和菓子ですが、「食べてなくなるからこそ美しい芸術」と言えるのかもしれません。
なぜならそれは、食べる人が幸せな気持ちになるようにと、食べることを前提として作られているからです。

だからこそ、その一瞬を大切に味わいたくなる。

「芸術」とは、特定の材料や様式により美を創作・表現する人間の活動、とされますが、どんな表現であれそこには必ず表現者の祈りや願いが込められています。

だからこそ、人は芸術に心を動かされるのだと思うのです。

私が今回この記事を書くにあたり、和菓子についてあれこれ調べている時にふと気付いたことがあります。

それは、

和菓子とパルファンサトリの香水は、とてもよく似ている

ということでした。

四季からのインスピレーションや角が無い優しさ、豊かな色彩と穏やかなグラデーション、そして人を想う気持ちが込められた、人生にそっと寄り添ってくれる存在─。

和菓子と香水、一見全くかけ離れたものです。

ですがこの二つの芸術は、五感を満たしてくれる温かな共通点で結ばれたものでした。

和菓子は食べるとすぐに消え、香水も纏って数時間で消えてしまいますが、それらは儚くも深い余韻を残し、また食べたい、また纏いたいという”次の楽しみ”を運んでくれるものでもあるのです。

パルファンサトリのコレクションに「ワサンボン」という香水があります。

2013年にオードパルファンが発売されて以来多くの方に愛されてきましたが、今年「EX」として新たに生まれ変わりました。


「ワサンボン」はその名の通り、日本の伝統的なお干菓子である「和三盆」からインスパイアされた香りです。

和三盆は「落雁」と同じだと思われがちですが、製法や材料も異なり、違うお菓子です。

・落雁

米や麦、豆などの穀粉に水飴や砂糖を加え着色し、木型や陶器に入れて押し固め乾燥させたお菓子。砂糖の種類に決まりはない。

・和三盆

香川、徳島の一部の地域で生産される、「竹糖」というサトウキビから作った”和三盆糖”のみを使い、木型に押し固めて乾燥させたお菓子。

和三盆の最大の特徴は、何と言ってもきめ細やかな口溶けです。

舌に乗せた瞬間にほろほろと溶け崩れますが、上品な甘さと優しい風味が、ほのかな余韻を残してくれます。

これは、「研ぎ」という伝統的な製法のなせる技。

「盆」(研ぎ船とも言う)と呼ばれる台の上で、職人が少量の水を加えながら手で糖を練り、これを三回繰り返すことから和三盆という名になったと言われていますが、この「研ぎ」の工程が砂糖の粒子をきめ細かくし、あの極上の口溶けを生むとされています。

そんな和三盆を香りで表現した「ワサンボンEX」。

繊細な甘さと素材の良さが光る柔らかな香りは、纏う人の心をほぐしてくれるような淡い優しさを感じることができます。

寒くなるとこれまで感じ取りにくかった匂い・香りもはっきりと輪郭を描くようになります。

様々な”○○の秋”がありますが、「香りの秋」を楽しむのもまた一つです。

香水はもちろんアロマやお香、入浴剤など、日常の中で香りを味わう方法はたくさんあります。

五感を澄ませて、心豊かな秋を楽しみたいですね。


ニックネーム:K.S
プロフィール:パルファンサトリフレグランススクール1級卒業。アトリエショップやPOP UPで時々接客もさせていただいてます。


<参考文献>

・「和菓子のひみつ 楽しみ方・味わい方がわかる本」「江戸楽」編集部 著
・菓子木型の世界 木型工房 市原 https://www.kashikigata.com/
・WA!GACHI https://wa-gachi.com/
・ばいこう堂オフィシャルサイト https://www.baikodo.com/