香水と自然、自己との対話へ―季節とともに深まる香りの感性

タイサンボク、d泰山木の大きな白い花

4.日本の香水で四季を巡る旅

香りの世界に深く魅了された私は、もっと深堀りしたい思いで「パルファン・サトリ」の香水スクールに入会しました。〔現在は閉校〕そこでは“香りのパトロール”という課題がありました。

香りのパトロールの学び

それは、季節の花の香りを実際に嗅いで記録し、自分の感性と香りの関係性を深めていくという、極めて感覚的でありながら実践的な課題でした。花の命は儚い——だからこそ、その一瞬にしか触れられない香りを、私は心待ちにしながら暮らすようになったのです。

開花情報をチェックし、梅や藤、バラ園などに足を運ぶ。花の香りをメモに残し、翌年同じ季節に照らし合わせていく。これを何年も続けることで、以前は何気なく通り過ぎていた道や公園が、私にとって「学びの場」へと変わっていきました。

百日紅や菊にも香りがあることを初めて知った時の驚き。  

そして何より、タイサンボクとの出会いは忘れがたい体験でした。

近隣の広い公園でその花が咲いているという情報を得て、私はその広大な敷地を隅から隅まで歩きました。

なかなか見つからず、諦めかけたその時、遠くに見える緑のキャンバスに水玉模様のように浮かぶ白い花々——もしかして、と駆け寄ると、手書きで「タイサンボク」と記された札が目に入りました。

初めて出会ったその花は、想像以上に大きく、神々しささえ感じられる存在でした。肉厚な白い花びらの中を覗くと、レモンと紅茶が交じり合ったような爽やかさがふわっと広がり、パーンと弾力のあるゴムのような香りが、張り詰めた糸の琴の音のように 響きました 

その香りの個性と、見た目の迫力に圧倒された私は、しばし言葉を失ったのです。

香りとともに暮らす季節のリズム

香りのパトロールを何年も続けていると、不思議なことがあります。  

毎年同じ花、同じ場所、同じ香りを確認しに行っているはずなのに、どの香りもなぜか新鮮に感じられるのです。天候によって香りが微細に変化しているのかもしれません。あるいは、私の心と五感がその瞬間ごとに違った受け取り方をしているのかもしれません。

たとえ、昨年と全く同じ香りだったとしても、春の喜びは毎年違うかたちで私の中に芽生えていきます。  

梅の香りに驚き、藤の甘さに安らぎ、菊の静寂に秋の終わりを感じる。  

そんな四季折々の香りに触れることで、私は自然の営みとともに生きる心を取り戻しているのかもしれません。

花の生と死の宿命、冬に耐え忍び、春に開花する奇跡への感謝。  その尊さに気づかせてくれたのは、香りのパトロールでした。

巡りあいの奇跡を愛でる気持ちが私にもめばえたのだと思います。

「古人の跡を求めず、古人の求めたるところを求めよ」 
—— 松尾芭蕉のこの言葉が好きでルーツ探りは私の趣味でもあります。

アート鑑賞の際にも、私は作品そのものだけでなく、「なぜその作品が生まれたのか」「作者が何を求めていたのか」に思いを馳せることを大切にしています。  

その背景にある哲学や感情を知ることで、初めて芸術と“対話”ができると感じています。

パルファン・サトリの香水には、そのような“語りかけ”を感じます。  
公式サイトに掲載されている「メイキングストーリー」は、私にとって欠かせない読書体験です。

どの香りも、言葉ではうまく表現できませんが、実際に私も足を運んでみて、どの香りにも花々や土や木々、風や水の流れ、自然の息遣いを感じさせるのです。

特に、“苔清水”や“夜の梅”といった香りには、実際の梅や苔の香りを嗅いで 、その再現度には、驚きました。植物の生態を知り尽くしているからこそ出来る技なのだと思います。一瞬で苔の森へ、まさにリアル深呼吸できる香水です。

5.香りで整う 自己と向き合う旅

最終的に、香水との関係に正解はありません。  

「好きな香りを、好きなようにつける」——  
それが一番自然で心地よいあり方なのかもしれません。

けれど、今の私が香水に寄せる思いは少し変わってきています。  それは「香りで自分を整える」という、自分自身との静かな対話でもあります。

人生には、どうしても抗えない運命の波が訪れる瞬間があると思います。 心が沈み、悲観的になり、肌も髪も気力を失っているように感じる時。  

そんなときこそ、少し丁寧にメイクをして、そして心地よい香りを身にまとうことで、再び“自分自身”とむきあいポジティブになれると思うのです。

心が沈むときでも、外見を整えることで内面も前向きに変化する。  
内面が整えば、表情が柔らかくなり、言葉にも温もりが宿る。

香水という“禅の儀式”

香水や化粧は、まるで自己を整える“禅の儀式”のよう。祈りにも似た静かな行為でありながら、そこには大きなエネルギーが宿ります。

好きな音楽を聴きながら、お気に入りの香りをひと吹き。  

空気を一変させるその香りは、たった数秒で、自分自身の空間と心を再構築してくれます。
そんな些細なことが、日々のライフスタイルを豊かにしてくれる。  

それが、香水の持つ力だと私は信じています。長年、販売にたずさわっていますが、そんなふうにご提案できたら嬉しい限りです。

そしてお客様に商品をお渡しするラストアンカーとして日々責任を感じてます。どんなに素晴らしい商品でも、接客が悪ければその価値は伝わりません。  

逆に、言葉と表現次第で、説明文以上の魅力を届けることもできる。  

だからこそ、私は作り手の思想を理解し、その香水が持つ世界観と物語を、お客様の感性に合わせてご案内するのが使命だと思ってます。

香水との出会いは偶然かもしれない。 けれど、それが人生に寄り添う香りとなるためには、心の準備と、香りとの対話が欠かせません。

香りは記憶であり、癒しであり、魂の旅でもある——  
その旅をご一緒できることこそ、私にとって最大の喜びです。

※本記事は二部構成の後編です。

前編はこちら ▶ 香水と出会い、記憶と美意識の旅へ

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ニックネーム:PINK TAIL

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-編集部より筆者ご紹介-

プロフィール パルファンサトリ認定・香水ソムリエ(上級)
香りジャーナル コントリビューター(寄稿者)

パルファンサトリ・フレグランススクール(現在は閉校)にて、香水ソムリエ・ビジネスコースを修了した数少ない一級認定者。現在は大手化粧品会社にてフレグランス関連の仕事に携わりながら、香りにまつわる表現をインスタグラムで継続的に発信している。香水に対する深い愛情と審美眼を持ち、自身の視点で香りと丁寧に向き合う姿勢が魅力。

参考文献

香水の歴史
香水―香りの秘密と調香師の技
フランス香水伝説物語
パルファム紀行
教養としてのハイブランド