Parfum Satori

母の茶道の最近のブログ記事

母の茶道具 独立記念日 The Declaration of Independence

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日本に帰ってきてもう2週間になるというのに、まだオランダ便りが終わらないほど、たくさんの体験をした。とりあえずオランダ便りはしばらくお休みして、また日常のことなど書いてみたい。


7月4日、母の毎朝の一服で、可愛い、焼き物の小箱が飾られていたので、これは何かと尋ねると、「今日はアメリカの独立記念日だから」という。

本来はリモージュ焼のピルケース。大昔、銀座「和光」で買ったそうである。


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母は一目見て、これはアメリカの独立宣言書に違いないと思い、香合として見立てようと購入。毎年7月4日にはこのリモージュの小箱を、古帛紗(こぶくさ)の上に乗せて飾る。

本当の独立宣言書の文章とは違うみたいだけど?羽ペンも乗っているし、アメリカの国旗も描いてあるので、そうなのかな、、、と思うが。

ケースが入っていた箱の説明書にも、この意匠についての解説は乗っていなかったので、本当のことは知らない。








☆移転のお知らせ

新住所にお引越しいたします。
7月8日(土)~10日(月)まで休業、オンラインは休まず受注いたします。
新しいアトリエで皆様のお越しをお待ちしております!


 <新住所>
 東京都港区六本木3-6-8 Ours 2F
 パルファンサトリ
 
 新しい場所の地図は7月10日より掲載します。

はなひらく,Hana Hiraku ④香水のネーミング

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香りを作るときに、イメージが先ですか?名前?それとも香料から決めていくのですか?
そう聞かれることがよくある。


それはどれも正しくて、その時々によるし、両方が追いかけ追い越しながら香りができていくこともある。

「ハナヒラク」は、仮の名前があり、香りができ、後から正式な名前が付いた。
そして香りは大きく変更されたのである。



最初の名前は「エパヌイール(épanouir、咲かせる、輝かせる)。

この名前にもちょっとしたエピソードがあって、
数年前、フランスに滞在しているときに
「仕事をしていて何が一番楽しいのか?」
という話題になり、

「お客様と香りのお話ししているでしょう、ムエットについた私の香水をかいだ瞬間に、相手の顔がぱっと明るくなるの、その表情でいろんなことが報われるのよ」
と説明しながら、一言で何かぴったりの言葉がないかって頭の中で探していて、

「そう、エパヌイール!」
という言葉が私の口から出てきたときに、

その人が、
「エパヌイールか!いい言葉だ」
と、懐かしい名前を思い出したような表情をしたのを見て、
私にとっても特別なことばとなり記憶に残った。


そして、新しい作品のテーマは「木の花」。
春から夏にかけて、いろんな種類の木が次々と蕾を付け、白い花がどんどん開いていく。

香りを作りながら、顔が花のように輝く表情と「エパヌイール」という言葉が重なって思い浮かんだ。



香水の仮の名前は「エパヌイール」
でも、それはフランス語。
音はかわいいけど少し覚えにくく、意味が伝わりにくい。

やはり最後には日本語で名前を付けたくて、10も20も候補が挙がっては消えた。

しっくりくる言葉が浮かばないまま、エパヌイールの香りはできていく。
5月には発売する予定なのに。

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2月になった。
毎朝の一服、抹茶を点てようとしていると、母が自作の茶杓(ちゃしゃく)を奥から出してきた。
竹の茶杓入れには「花開」と書いてある。

「これ、何と読むの?」
「ハナヒラク」


はなひらく。。。
何回もつぶやいてみる。
音に希望があって、明るくていいなあ。
それに、エパヌイールとも通じるし。

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花咲く、花開く、どっちにしよう。
ハナサク、ハナヒラク、やっぱり、ハナヒラク。

凝り過ぎていなくて素直な感じ。

こうして、香りに名前がついた。
香水のラベルもできて、試作のボトルに貼ってみる。


名前がつくと、それまでなんかもやもやしたものが、しっかりとした形を持つ、人格を(香格?)を持つような感じがする。

正式名がついてみると、一度は完成したと思った香りなのに、、、これでは線が華奢(きゃしゃ)すぎる。
言霊(ことだま)というのかな。


どうしても、納得のいくものにしたくて、作り直すことにした。
なぜならばこれは私の香りだから。

春からもう一周、辛夷、ハクモクレン、朴の木など、白い肉厚の花が「ハナヒラク」のを観なければ。


そうしてハナヒラクは、予定から5か月遅れた10月15日に世に出ることとなった。






七夕の朝の一服 Tanabata'Star Festival'

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今朝、この茶碗を手に母がそばにやってきて言う。
「お茶を飲み干して、この茶碗の中をじっと見ていると、なんだか宇宙に吸い込まれていくような気がするんだよ」

この茶碗の銘は「天の川(あまのがわ)」。
その名のとおり、瑠璃(るり)色の夜空に、天の川が描かれている。

というのは茶碗の見込みに、刷毛(はけ)で二筋、金が刷いてあるのを銀河に見立てたものである。
よく見ると、天の川に沿っていくつかの星座も見つかった。

続けて母は言う。
「眺めていると、この大宇宙の中に自分が生かされているっていう感じがして、なんだかとっても嬉しくなるんだよ。若い頃はそういうことを本で読んでも、なかなか実感としてわからなかったけどねえ」


私は仕事に出る前で、ちょっと慌てていたので、母の話を半分に聞きながら、

「そうね、そうやって宇宙の力を自分の中に呼び込むんでしょ」
とか知ったように話を合わせたつもりが、

「そうじゃないんだよ、宇宙っていうのは、もうすでに自分の中にあるの。それに気が付くかどうかっていうことなんだよ」

と母に切り返され、『あ、おみそれしました...』

と、一本取られたのである。


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七夕には、笹の葉のお抹茶茶碗でいただく「毎朝の一服」


母の茶歴は女学校時代から数えると70年あまり。
「毎朝の二服」は40歳から、50年間続けている母に触発され、私も「毎朝の一服」をインスタグラムにアップし始めてまだ浅いけれど、やっぱり日課にするというのが大事なのだと思う。

母はきちんとお手前をするが、私は毎朝となると時間がないので、抹茶にお湯をさして点てだしで飲む、ただそれだけ。

たったそれだけでも、日々、味が違うことに気が付く。


気持ちの急(せ)いているときは泡が荒くなるし、お湯がぬるすぎても、カンカンに沸騰して熱すぎてもダメ。
抹茶の量が多すぎれば底に残り、少なければ泡が立ちにくい。

鉄瓶から注ぐのでは、茶碗の形や大きさによって、おもいのほかお湯の量が入りすぎたりする。
柄杓(ひしゃく)を使うというのは、大変合理的な作法である。

それにフランス、オランダで毎朝の一服を点てたときは、水の違い(軟水・硬水)でちっとも泡がたたなくて、往生(おうじょう)した。

簡単なことではあるけれど、段取りをきちんとしなければ、きちんとしたお茶は立てられない。

「茶の湯とは、ただ湯をわかし茶を点(た)てて、のむばかりなることと知るべし」

中学生の時、お茶の初めに習った利休百首のこの言葉は、日常のあるべき姿を詠んだものと思うけれども、簡単なことが一番難しい。

初心者だけでなく、生涯学ばなければならない修行の道である。


わかっているけど、「日々是好日」にはほど遠く「日々是荒日」、荒れた朝は慌ただしく過ぎていく。






母の茶道 ⑨金城次郎(きんじょうじろう)Kinjo jiro

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見込みの刷毛目も大胆な、これは金城次郎(きんじょうじろう)作の抹茶椀。

27年前、母が日本陶芸倶楽部の集まりで、沖縄の金城次郎氏の窯に行ったときに、購入したものだという。


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今朝は気分を変えて、お抹茶椀を変えてみた。


どちらかというと民芸派はあまり好みではなかったのだが、

母に「ひとつくらいは持っていても良いものよ」

と言われて貰った。


使っているうちにだんだん愛着がでてきた。

単純接触効果か?

いやいや、

母がわざわざ行ってきて買ったという、背景丸ごとが好きなのだと思う。

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眺めて楽しかったり、持って心地よかったり、飲んで口当たりが美味しかったり、

それがお茶碗の価値。

好き嫌いは自分が決めることで、
好みは変化し成長(時には後退)していくものだから、
選んだものには自分自身が投影されているものである。

「だからそれがどうした?」っていうほどのことだけど。




母の茶道⑧志野 「卯花墻(うのはながき)」写し The Way of Tea

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国宝の志野(しの)茶碗「卯花墻(うのはながき)」の写し・・・のつもりだそうである。

「母の茶道⑦日本陶芸倶楽部」で、母の陶芸道楽について書いたが、これは母の焼いた志野茶碗。
下の赤い土がうっすらと透けて、灰色の模様もやわらかな味わいである。

サインは「くにこの九二」

手にすっぽり入るくらいの小ぶりの志野で、重さもちょうどよく、
今は、私が愛用している。

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このところ「母ネタ」が多いのだが、毎日その動向をウォッチしているとまったく飽きない。

くどいようだが、母は本当の趣味人であって、ただ自分が面白いと思うことだけをやっている。
だから見ていても面白いのだが。

人に見せるつもりはないので、プロからみたら稚戯(ちぎ)にも等しいものだろうから、
私がこうしてこっそり発表していることを知ったら、えらく気分を損ねるだろう。

しかし今年90歳の母は、インターネットをやらないのである。
しめしめ。。

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ある日の朝、いつでも私が自分で飲めるよう、ダイニングテーブルの上に茶碗と茶せんと棗(なつめ)など、お道具一式が用意してあった。
正式のお点前をするものではなくて、本当に抹茶を飲むためだけの道具。


というのも、母が毎朝「つづきお薄」のお点前をするのを、時々、横から私がさらっていたのだが、

「精神統一が乱れるから、もう自分で立てて」
と、いわれてしまったのである。

『人がいたら精神統一できないのは、修行が足りないのでは・・・?』
などとは口がさけても言えない。。。


四角い箱は、昔、母の実家で使っていた煙草盆(たばこぼん)である。

煙草盆と言っても、時代劇なんかでキセルをポンポンとやる、あれである。


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朝、起きて、私は食事はとらない。

その代わりに、薬缶(やかん)にお湯を沸かし、
小さな干菓子をひとつつまみ、
ひと椀の抹茶を自分で点(た)て出し(お点前なしでささっと立てること)して飲む。

さわやかな苦み。

寝ぼけた頭がすっきりするし、庭の雀を見るのもまた楽し。
しゃきしゃきと出勤するのであった。










母の茶道⑦ 日本陶芸倶楽部 Pottery

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この志野(しの)のお茶碗は、古いものの写しではあるが母の作品である。

「志野の茶碗は60歳を過ぎて使うもの、と言われたものだ。今はそんなことあまり気にしないみたいだけど・・・」

そういいながら、母は朝のお茶をたててくれた。


-若い頃には似合わなくて、年を取ってからこそふさわしいもの。-

そういうものが、この世にはあるというのが、とても素敵なことのように思える。



私の小さい頃は、母はいろいろなお稽古ごとをしていて、その中の一つに陶芸があった。

原宿駅の近く、東郷神社(とうごうじんじゃ)のそばにある「日本陶芸倶楽部(にほんとうげいくらぶ)」の正会員を長くしていた。

私が言うのも生意気なのだが、母は素人ではあるが、作品にはなかなか洒落たものがあるし、それを日々使って、自分で楽しんでいるのがとてもいいと思う。


昔は陶芸倶楽部の建物にエレベーターがなく、足の悪い母は上の教室まで登るのが大変だということで、80を前に辞めてしまった。

それからだんだん会員の年齢層が上がって、今ではエレベーターも出来たらしい。

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上の写真はまた別の志野茶碗。

こちらは、同じ会員仲間であった、当時の出光(いでみつ)の社長、出光昭介氏の作品。

実業家であって本職の陶芸家ではないが「出光さんは玄人(くろうと)はだしだった」とは母の弁。
1989年に母が購入したものである。


毎年、日本陶芸倶楽部のチャリティー展示会が日本橋三越で開かれ、
気に入って買ったようである。

母も義理で出品していたのだそうが、せっかく苦労して作ったものが売れてしまっては困るので、
「売れないように、売れないように」と願っていたそうである。

残れば最後は自分で買う。だから、あまり値段が高くつきすぎても困るとか?なんとかかんとか。
ややこしいお稽古の世界。


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志野には、荒々しい作風のものもあるが、これはふっくらとして優しいところが、少し枯れた女性の手には似合うような気がする。





☆年末年始のお休みについて
12月26日(土)から1月5日(火)まで、休業とさせて頂きます。

母の茶道⑥織部  Oribe

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昨日の続きであるが、私が横入りして母のお手前のペースが狂ってしまったため、翌日は「続きお薄(うす)」とは別に、盆点(ぼんだ)てでお抹茶を点(た)ててくれた。

お茶の四方山話(よもやまばなし)は、その場面にならないと出てこないもので、本を読んだだけではわからないことがたくさんある、

この日も織部(おりべ)の話になり、
「11月には、茶碗だけでなく、香合でも、菓子器でも、何か織部のものを一ついれるといい」のだという。

お道具で重なるのは野暮だから、織部を複数使わないのは分かるけど、
「え、じゃあ、他の月は織部使わないの?」
と尋ねると、

「いやー、とにかく11月に使うといいということで、他の月に使ってはいけないかどうかはわからないし、今は年中、使うみたいだから。どうなんだろうねえ」
とはっきりしない。

はっきりしないが、どうも昔はそのように教わったらしい。
まさか私がここで発表するとは思っていないので、のびのびした発言である。



「11月は炉開き(ろびらき)があるけど、月の最初の亥(い)の日にするといいのよ、今はあんまりいわないけどね。猪は多産だから、縁起がよくて、それで、亥の子餅(いのこもち)を出すの」

亥の月(旧暦)の亥の日の亥の時間に、亥の子もちを食べる習慣は古く禁裏にもあって、源氏物語にも登場する。

今年も炉のお手前に変えたばかりのときも、半年振りになるので、「やっぱり手順を思いだすのに時間がかかったよ」とのこと。

というような話しを、断片的に聞くので、とにかく忘れないようにとここに書きとめておく。






母の茶道⑤ 朝茶を二服 Chanoyu

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茶道で「朝茶(あさちゃ)」、といえば朝のお茶事のこと。

また、「朝茶は二杯」というように、朝のお茶は1杯ではなく、2杯飲むものということわざがあるが、こちらは煎茶のことのようだ。


ここでは「朝に抹茶を飲む」という意味で、「朝茶」ということばを使ってみた。

 

以前にも書いたように、母が毎朝、自分のためにお茶をたて始めたのは40代のころで、もう続けて50年になる。

正の人なので、女学校の正課には茶道があったから、お茶を学んでからは70年以上だろう。 

  

母が朝の日課にしているのは、続きお薄(おうす)といって、濃茶(こいちゃ)の後に続けてお薄を点(た)てる手前なのだが、自分で二服(二杯)飲むので、少なめのお薄にして2回飲む。

 

私はこの日、いつもより少し遅く家を出たので、母の朝のお茶に居合わせることができ、一つ横から頂くことにした。

 

小さなお菓子をぱくっと食べて、お薄を頂く。

母のお薄は、濃茶用の抹茶を使っているので、味と香りに深みがあってすごく美味しい。

 

しかし、私が割り込んだために、話しかけられたり、普段とは道具の位置が変わってしまったので、途中で母の手が止まってしまった。

 

「あ、蓋置にコレを置くのを忘れていたから、ここがうまくいかなくなっちゃったんだわ。ひとつ手順を間違えると、先へ進まなくなってしまう。お茶のお手前(てまえ)とは、本当によく考えられている」

 

確かに、私もいつも思うのは、茶道とは、お道具の位置から手順から、究極の効率化が計られているので、お点前さえ体で覚えてしまえば、段取りのわずらわしさから解放され、心からお茶の滋味を楽しむことができる。

ただ、お道具の種類や、季節やさまざまな要因によって、覚えきれないくらいの決まり事やたくさんのお点前があるので、すべてを覚えこむのは難しいのだが・・・。

 

せめて母のように、基本のお点前がきれいにできて、お茶を頂く所作が美しくできるようにありたい、と願う。

 

もう握力が弱くなっているのか、茶せんを振るのがゆるいので、お抹茶の泡はあまり立たない。

母の年齢を感じて少し寂しい気がするが、本人はそういう感傷はみじんも感じさせず、溌剌(はつらつ)と一日を楽しもうとしているのが何より励まされる。


口で言われるより、日々の積み重ねを見ることが、心に深く沁みていくのだった。





 

織部焼(おりべ)Oribe 香合/ incense case 母の茶道④

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これは、織部焼(おりべやき)の香合(こうごう)。
形はギボウシ(擬宝珠)、ニ代目池田瓢阿(いけだひょうあ)先生の作である。

二代池田先生は十年ほど前に亡くなられてしまったが、籠師(かごし)、竹芸家として作品を作られる傍ら、教室も開いておられていた。陶芸もお好きでよくなされたと聞く。

母は長い間、この池田先生に「お籠」の手ほどきを受けており、そのむかし新年会かなにかで、この香合を頂いたものである。


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先日、お茶を飲みながら織部の話をしていると、母は思いついたように、押入れから織部焼の沓茶碗(くつぢゃわん)とこのギボウシの形の香合(こうごう)を出してきた。

「そういえば昔、これ見たことあるかも。」


沓茶碗の方はあまり感心しなかったけど、この香合は小さくて、丸くて、味わいがあって好きだ
どことなく剽げたところが可愛い。


なんでも、11月のお茶事(ちゃじ)には、ひとつ織部焼のお道具を混ぜるとよいのだとか。

ただし、ギボウシの形のお道具は、お彼岸のときに使うべきものなのだそうである。
ギボウシとは、橋の欄干についている玉ねぎのような形をした飾りである。
(植物については、過去に「ギボウシュ(擬宝珠)HOSTA」で書いているのでそちらを読まれたし)

いろいろな決まりごとは、その場面になってみないと話題に登らない。
せっかく聞いても忘れてしまいそうなので、ここに書きとめておくことにした。





簡単!抹茶を濾す方法 tea ceremony 母の茶道③

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簡単レシピ!調のタイトルにしてみたが、いたってまじめである。

茶道で使うお茶は、普通の煎茶などの茶葉とは違い、碾(ひ)き臼で細かい粉に挽(ひ)いてある。

そのため湿気を吸いやすく、保管したままの状態でお茶をたてると、きれいに溶けないでダマができてしまう。

飲んだ後に舌につぶつぶと粉茶が残ったりすると美味しくないし、茶碗の底に残ったりするのも見苦しい。


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そこで、茶濾しとか茶ぶるいとか呼ばれる道具でお茶を濾してから使う。
今回のお抹茶は、一保堂の雲門の昔を使ってみた。

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濾すときは、網目の上の抹茶を刷毛などで掃(はら)うらしいのだが、うちでは昔からビー玉を使う。
本式なのかはしらないが、粉が飛び散らずにとてもいい。


母の家のは大きいサイズなのだが、アトリエでは邪魔にならない小さい缶を使っている。

2-3個のビー玉を抹茶と一緒に入れて缶の蓋をしめる。



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軽く振る。
中でビー玉が踊るのが手ごたえでわかる。


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ほんの十回ほど振った後、缶のふたをそっと開けると、すっかり抹茶の粉は下に落ちている。


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濾し器の部分を取り外し、底にたまった抹茶をへらですくい、なつめや中次などのお茶を入れる入れ物の中に移す。

残った分は翌日まで冷蔵庫に入れてしまっておくこともある。

これはもちろん、水屋(みずや・お茶室の横にある下ごしらえをする場所)でする、いってみれば楽屋裏の作業。

缶は錆びてしまうので洗ってはならない。
きれいな布などでぬぐうだけでよい。

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あとは、手前(てまえ)のとおりにお茶をたてれば、滑らかな味わいとなる。

家では昔から当たり前のように目にしていたので、気にも留めなかったのだが、調べてもこのことについてあまり書いていないので、はたして一般的なことなのかなあと疑問に思っている。

ひょっとしたら、「よそさまでそんな裏方の話をするもんじゃない」と母に叱られるかもしれない。












母の茶道② tea ceremony

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40代の頃からだから、もう半世紀近くになるだろう。
母は毎朝、お薄(おまっちゃ)を自分のために二服(二杯)たてる。

来年90歳になろうとしているが、いまだに元気なのは、ひとえにこの緑のお茶によるものだろう。

部屋の一角に小さなコーナーをしつらえ、誰に見せるわけでもないが、季節に応じて飾り付けをし茶碗を変えて楽しんでいる。

お道具は自分の気にいったものを使う。
名物(めいぶつ)ものにはこだわらず、意匠が合えばむかし海外旅行で買った蓋物を香合(こうごう)に見立て、カフェオレボウルを抹茶茶碗にすることもある。


数寄物(すきもの)とは、生業(なりわい)とせず芸事に打ち込むこと。
母は茶道の準教(お茶名のひとつ上)ではあるが、お茶の先生として生計をたてたことはない。

ただ、歳時記を生きている人だ。


その季節季節に関わることを、なにやら話しかけてくるのだが、こちらはふんふんとうなずいているものの、耳の中を右から左へ通り抜けるばかりでたいして聞いてもいない。

それでいて、よそで何かのおりに年中行事など目にすると、デジャヴュのように思い出すのだ。


最も長く一緒に過ごしたひとが、深いところに影響をおよぼす。
この年になってようやく気がつくのは、一番の先生は母親であったということだ。

母親の佇(たたず)まいって、大切だ。



ほたるかご 蛍篭 HOTARU KAGO 母の茶道①

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蛍篭(ホタルカゴ)という意匠の中次(なかつぎ・薄茶器、抹茶の入れ物の一種)。

薄茶器全体が、蛍篭(ほたるかご)を表している。
夏草に止まる蛍が、黒い漆の上に描かれ、明滅している。

黒に黒なので、遠目には紅い点しか見えない。
よく見れば闇の中にも翅を広げた蛍がそこかしこ。

季節を表す、とても風流な絵柄である。

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しかしこれ、5月の末から6月2日までの、ほんの3日ほどしか使われない柄なのだそうだ。


母いわく、
「5月に入って晴天が続いた後、雨がたくさん降る。翌日になってよく晴れると、清流では蛍がいっせいに孵(かえ)るのよ。それで、蛍籠というのは、その時期にだけ使う、季節のお道具なの」

365日のうちに、たった3日しか使わない茶道具。

蛍籠の柄は夏の間は使えるものだと思っていたから、そんな話を聞いてびっくりした。
まったく、この年になっても知らないことはたくさんある。


蛍籠は中次だけでなく、なつめや炭斗(すみとり)にも意匠が使われている。


「このところずっと晴れていたから、水が減って蛍はどうなるかと心配してたけど、大雨が降ったでしょう、だからきっと今頃は、蛍がいっぱい飛んでるんじゃないかと、よかったなと思って。」

母の昔の住まいの傍に水辺はないはず。いったいどこで見たのかと問えば、
「そんなの、日本中どこだってそうよ。」
と軽く言われてしまった。


「でも、3日しか使えないなんて、いったいどうやって知ったの?お茶のお稽古で教えてもらったの?」
と聞くと、
「人に聞いたわけではなくて、いろんなお茶の本を読んでいるうちに知ったの。」
と言う。

来年は90歳だから。
ローマは一日にしてならず。
こんどその出典を発掘しなければ。

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いつか私がお茶の先生になったらと、母は私の若い頃から一通りのお稽古道具はそろえてくれていた。
しかし私にその気がないとわかってからは、場所ふさぎだからと、母は人にあげたりして処分してしまった。

確かに、お茶器だけでもこんな風に数日しか使わないものがある。
茶碗から水指から建水、炉や釜、台子など、季節ごとのお道具は置いておくだけでもきりがなく、都心にそんなスペースをいつまでもとっておけない。


その中でも私好みのものだけを頂戴し、少し手元に残している。

どれも、お稽古用のたいした物ではないけれど、こんな物語があるということがとても素敵なことだと思う。



母は常日頃お茶の四方山話をしていたのだが、右から左に聞き流していたものを、ようやく本気で覚えようと書きとめておくものである。




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