Parfum Satori

茶道(お茶を喫する)の最近のブログ記事

「織部」Oribe Fragrance story ② 織部の香りができるまで

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よく「名前と香りのどちらが先にできるのですか?」と聞かれるが、その時々で違う。

先にテーマが決まって、香りがその目標に向かっていくこともあるし、出来上がってからしっくりくる名前を付けるのに苦労することもある。このときの作成途中の仮称は「抹茶」で、正式なネーミングは後からついた。できあがったときに、「抹茶」では工夫がないと思い、あれこれ書いては消しているうちに、「織部(おりべ)」という名前が浮かび上がったのである。


「古田織部(ふるたおりべ/重燃)」は、千利休の高弟の一人で16世紀の茶人である。千利休の茶道を継承しつつ「人と違うことをせよ」という教えを忠実に実行したと評される。大胆で自由な気風で、美の新しい価値観を茶の世界に作り、作庭、建築、焼き物など「織部好み」という一大流行をもたらした。400年も前にデザインされた濃い緑と黒の焼き物は今なお新しい。


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私が初めて織部の名を知った時は定かではないが、母が使う茶器を見ながら覚えたものと思われる。
その後、12歳で正式に入門し茶道を習い始めた。師匠のもと、あるいは母のそばで茶に接しているうちに、折りに触れ少しずつ聞きおぼえた物語りが、いつか身の内に降り積もって、数十年後にこの香水の名として浮かび上がったものであろう。いわばこの名は、母の手柄である。


織部についてもっとよく知りたいと、改めて本などを読んだのは、香水に名を付けた後であった。司馬遼太郎は「おそらく世界の造形芸術史のなかで、こんにちでいう前衛精神をもった最初の人物」と評している。

なぜ香水名が「利休」でなく「織部」なのかと尋ねられたことがある。ひらめきは理屈ではないが、しいていえば利休はよく知られており、織部を知っている人は少なかったからではないか。「人と同じことはしたくない」と思う。

「さとり」という香りが沈香木の再現のみならず、「和室の清浄な空間、そこに入る人の佇まい」をも表現したかったのと同じように、「織部」の香りもただ爽やかなだけのグリーンティとは一味違う、日本の茶の香りと、「茶を点てて振る舞う心のありよう」まで捉えたかったのである。



「織部」はわずかに苦い。シス-ジャスモン(cis-Jasmon)が効いている。これはジャスミンノートに入る単品香料だが、渋み、苦みを感じさせる香料である。

そして「旨み」としてバイオレットリーフを少し入れている。バイオレットリーフの香調はキュウリっぽいといわれるが、私には乾物の、例えば昆布出汁の匂いを感じるから。 

すっきりとしたグリーンだけでは少し膨らみが足りないので、フローラルを合わせてボディ感を出した。

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「茶の木」も「さざんか」も「椿」も、同じツバキ科の植物である。サザンカは晩秋に咲き、椿は春にかけて咲く。そしてお茶の花が咲くのは12月。白い、小さなツバキのような可憐な花である。
香りも良い。サザンカの香りに近く、ヘディオン(Hedion)という香料の匂いがする。ヘディオンはジャスミンの要素でもある。それゆえ「ティーノート」と「ジャスミン」の香りは合いやすい。

そこでジャスミンabs.を足して、花のボリューム感を出した。 

また、お薄茶(うすちゃ)を点てた時の泡立ちとパウダリー感のために、イリスバターを入れ、他にも様々な天然香料が入り、単調になりやすいグリーンタイプに複雑さを与えた。 


私にとっての緑茶、ことに抹茶はさわやかさと苦味と旨味のバランスが良さであり、豊かさであると思っている。

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我が家では毎朝、抹茶を飲む習慣がある。振る舞うわけでなないが、自分のために準備を整えて飲んだ時にはすっきり目覚めて心も改まる。とはいえ「毎朝の一服」として、インスタグラムで写真をアップしているように、それは誰もが季節を楽しむのと同じような気楽なもの。

茶道では11月は「炉開き」の月。茶事に「織部」と名のつく焼物を使うきまりがあると言われているが、「織部」の香水は、日々、心が改まる時々で心地よく皆さまのまわりで香っていられたらと願っている。


 


「織部」Oribe Fragrance story ①世界のグリーンティノートの変遷

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ヴァン・ヴェール(ピエール・バルマン)が1946年に発売されて以来、グリーンタイプはグリーンを強調したり、フローラルやシトラスに振れたりしながら今日まで続いてきた。

その中で、緑茶ノートの香水は1990年頃から始まったとされている。1999年エリザベスアーデンの「Green Tea(グリーンティ)」は、緑茶の香りをテーマにした新しいグリーンとして注目された。

しかしその香りは「グリーンティ」というカタカナをあてるのがふさわしい。香調は爽やかで透明感がある。日本人の自分から見れば、むしろレモンティに近いと感じたものである。


その後も、緑茶を謳った香水のヒット作が続く。むろん、緑茶イコール日本茶とは限らない。
今から20年前のパリ。当時は海外にまだ「日本茶」はあまり知られていなかったと思う。

フランスの家庭で「グリーンティ」といって出されるお茶は中国緑茶に近く、日本人が馴染んだみずみずしい緑や香りとはほど遠いものだった。(中国には緑茶、白茶、黒茶、紅茶、青茶がある)

逆に、日本に来た外国の人に抹茶を出しても「苦すぎる」と当時は人気がなく、砂糖をくださいと言われたことがある。抹茶があまりにもきれいな緑色をしているので、「てっきり着色していると思った」とフランスの人が言うのを聞いてびっくりしたこともある。


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そもそも、パリに和食店は少なかった。しかし「和食文化」が次第に浸透し、寿司店(経営は日本人とは限らないが)が飛躍的に増え、やがてパリのお蕎麦屋さんで上手に箸を使う外国人も目にするようになった。

一方で、日本ではペットボトル入りの緑茶が1992年に売り出され、急須で入れるリーフティよりも簡便に飲めるということで2004年ころまでに急成長する。どちらかというと、飲みやすさ、まろやかさなどが強調されていたと思う。

その頃から、いつか日本のお茶にある渋み、苦味、うまみまで表現した香りを作ってみたい、という気持ちが芽生えた。特に、茶葉を引いて粉にした「抹茶」。お薄茶(うすちゃ)を点てた時の泡立ちまで表現したいと考えたのである。

「織部」は2008年、ブランドとして最初に発売した10本の香水のうちのひとつであるが、発売から数年間「織部」はさほど注目されていなかった。


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フレグランス界でも2000年以降、グルマンやフルーティ・タイプなど、甘く、より甘く、わかりやすい香りが流行。その中で繊細なグリーンティのタイプは埋没してしまったかのようだ。

そんな折、食の世界の抹茶ブーム。日本文化が海外にも広く知られるようになり、健康志向ともあいまって、セレブから中心に広まったようである。今では、抹茶ラテといった飲み物や、ケーキ、クッキーなどお菓子には当たり前の素材になっている。


こうして一度落ち着いたものの、世界中で食品としての抹茶フレーバーが盛んになったためか、あるいは日本の侘(わ)び、寂(さ)びなども海外で興(おも)しろく思われたものか、この数年は、再びグリーンティ、あるいは抹茶や茶道をテーマにした香水が海外ブランドにみられるようである。


それでも、ヨーロッパへ日本から持っていった新茶などおみやげに出せば、やはり彼らには強すぎるらしく、午後3時以降は飲めない(眠れなくなるから)と言う。確かに、日本茶はカフェインが強い。 

しかし「すし」もブームではなくきちんと定着しつつあってポピュラーになり、食材も海外でずいぶん手に入りやすくなった。少しずつ本当の日本の味が浸透していくのは嬉しい。

食と香りは、後になり先になり、共鳴しながら流行しているようだ。とはいえ茶道がそうであるように、流行の中にあっても芯のぶれないものというものがあり、「織部」もしかり、そういう流されないものをこれからも作って行きたいと思っている。

「織部」Oribe お客様のご感想




母の茶道具 独立記念日 The Declaration of Independence

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日本に帰ってきてもう2週間になるというのに、まだオランダ便りが終わらないほど、たくさんの体験をした。とりあえずオランダ便りはしばらくお休みして、また日常のことなど書いてみたい。


7月4日、母の毎朝の一服で、可愛い、焼き物の小箱が飾られていたので、これは何かと尋ねると、「今日はアメリカの独立記念日だから」という。

本来はリモージュ焼のピルケース。大昔、銀座「和光」で買ったそうである。


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母は一目見て、これはアメリカの独立宣言書に違いないと思い、香合として見立てようと購入。毎年7月4日にはこのリモージュの小箱を、古帛紗(こぶくさ)の上に乗せて飾る。

本当の独立宣言書の文章とは違うみたいだけど?羽ペンも乗っているし、アメリカの国旗も描いてあるので、そうなのかな、、、と思うが。

ケースが入っていた箱の説明書にも、この意匠についての解説は乗っていなかったので、本当のことは知らない。








☆移転のお知らせ

新住所にお引越しいたします。
7月8日(土)~10日(月)まで休業、オンラインは休まず受注いたします。
新しいアトリエで皆様のお越しをお待ちしております!


 <新住所>
 東京都港区六本木3-6-8 Ours 2F
 パルファンサトリ
 
 新しい場所の地図は7月10日より掲載します。

パリ、カンヌ、アムステルダムで毎朝の一服 teaceremony

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『海外だからこそ、健康のためにも毎朝の一服は欠かせない』とはいえその仕込み、かなり大変であった。23日の渡航の中からダイジェスト版、パリから毎朝の一服。

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三日目の朝、今日はいったい何日なんだ?日本との時差の中のやりとりで、頭が混乱中のパリのホテルで毎朝の一服。

与一「しかし、ここまで来てさとりさまもよくやりますねえ...」 
さとり「この一服のためにかなり段取りが大変だったのう」
与一「硬水のせいでか、お茶が泡立ちやせんね」
さとり「緑の色も暗いのは仕方がないのじゃ...」

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初日の朝は抹茶茶碗に代わるものもなく、ホテルのコップで代用したが、パリ在住のマダムに茶碗を借りてようやく形がついた。ミネラルウォーターでも、何度も沸かしなおすと少し水が柔らかくなるみたい。

パリにて、今日は少しきれいに泡が立った。お菓子は風流堂の「抹茶深川めぐり」で毎朝の一服。

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パリのホテルは、お茶を点てるにも飲むにも窮屈だったが、カンヌに移動してのびのびと一服。お抹茶効果か、渡航中もいたって健康である。

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カンヌに移動して初めての毎朝の一服は、マカロン。南仏の空と海を正面にしたアパルトマン(フラット)にて。カンヌはお水がいいので水道水も飲めるものの、やはり泡立ちが悪い。でも何度もお湯を煮返すと合うようになるのでは...と検証中。

そしてなんと、移動中にさとりと与一の人力車故障! ただいま養生中。。。。



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人力車が壊れたとインスタにちょっと書いたら、心配してくださる方々からコメントを戴いて嬉しかった。仮止めして登場。


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カンヌでの毎朝の一服、今日は日本から持ってきた冷やししるこで。みなさまのご心配に、ちょっとだけ与一登場。ありがとうございます。 

さとり「ゴキっていうてな、与一が引く人力車の柄が折れたときは、あやうく転落するところじゃったわ。皆様にご心配をお詫びせねば」 
与一「10年引いてやすからね、そろそろ金属(じゃないけど)疲労でやしょうかねえ。皆様、応援ありがとうごぜえやす!」


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羊羹は日持ちがするので、こうした旅のお供には持ってこい。やっぱりこの甘さと抹茶はベストマッチ。ここではカフェオレボウルが活躍中!

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今日は日本から持ってきた両口屋是清 の「ささらがた」という羊羹で、カンヌの毎朝の一服、。

 さとり「与一も独り立ちかや」 
与一「車輪がないとひっくりけえっちまいやすがね。ま、なんとか首がつながってまさあ」



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今日は日本から持ってきた小布施 の落雁で、カンヌの毎朝の一服。さまざまなカフェオレボウルで楽しむ。今日はうまく点てられず、泡のきめが粗いのが気になる。


さとり「旅先で続けるのも、菓子の調達が苦しいのう」
 与一「落雁は携帯菓子として最適でやすね~」





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ときおりお菓子を現地調達しながら、そうそう今日はまだ、日本から持ってきた屋 の羊羹 (ようかん)「おもかげ 」があったっけ。


羊羹という保存食で、カンヌの毎朝の一服。こちらも水道水をよく煮立ててから使うと泡の肌理(きめ)が改善される。


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アムステルダムに移動して、フラットの窓から明るい中庭を見ながら毎朝の一服。



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豊島屋の小鳩豆楽 (落雁)で毎朝の一服。アムステルダムの気温は20度前後、南仏に比べて10度は低い。きらめく木漏れ日に気分もフレッシュ。地元の人に言わせると、アムステルダムの水道水は世界一だそう。何度も沸かしなおしたからか、泡の肌理(きめ)がやや細かいみたい。

さとり「朝は鳥のさえずりで目が覚めて、まるで極楽(ごくらく)にいるみたいじゃ」 

与一「いや、あっしは満身創痍なれど、まだまだ現役で頑張りたいと思ってやすよ!」



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アムステルダムではミネラルウォーターは必要ない。水道水はおいしいが、しかし変わった味がする。塩水から塩を抜いたような...。

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これは、アムステルダム在住の知人から頂いたお菓子。オーガニックでビオでグルテンフリーだそう。でこれを茶うけにしつつ、アムステルダムも毎朝の一服で始まる。

 与一「ちゃんと説明、聞いてたんすか?なんか、知識が半端っすね~」 
さとり「うーん、異国の菓子じゃが、味はのう、"五家宝(ごかぼう)"という、昔懐かしい黄な粉を固めたお菓子のようじゃぞ」




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さすがに疲れた長期出張。与一もついグチが出る。それにしても、本当に抹茶の力すごい!家でお米を炊いて食べたと言っても、3分の2は外食。食事の質が変わっても、体調が変わらなかったのは抹茶のビタミンや食物繊維による整腸作用かな?

 *****


Holland最後の毎朝の一服は、虎屋 の夜の梅 。『やっぱり、羊羹とお抹茶は合うわあ』と再認識。アムステルダムも最後の日は毎朝の一服で始まる。

さとり「ようやく人力車も直してもらえるの」
与一「もうそろそろリタイアしたいっス」









抹茶の香り
織部(おりべ)

ほろ苦い抹茶のグリーンとふわっとした泡立ち。すっきりとした甘さが残ります。


茶筅(ちゃせん)the Whisk

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ちゃせん、茶筅(茶筌)に近づいてよく見ると、お花の蕊(しべ)を思わせる。中心のめしべと、外周に整然と並ぶおしべたち。

4月を機に、茶筅を新しくした。穂がきれいにそろっていて気持ちがよい。



茶筅は、茶道でお抹茶を点てるための道具である。

根元を紐で縛っているので、細い竹をたくさん束ねたと思う人もいるが、茶筌(ちゃせん)は、1本の竹を切り割って作ったものである。

ハチクの節の近くまで縦に刃を入れ、16、32、64と均等に割っていく。さらに1本ずつを内穂と外穂に開いていくのである。

穂の数は16本から120本程までいろいろで、お薄茶には80~100本くらいのものを使うことが多い。
数が多いほど制作に手間がかかるので、昔は80本以上は大名の使うもの、126は将軍用とされたという。

また、穂の数が多いほど泡が点ちやすいので、少ない穂を使うと腕自慢をしているように見えるとか、おのれを未熟に見せるために、あえて穂数の多いものを使って謙遜して見せることもあるというから、お茶の心得(こころえ)は深すぎる。


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岡倉天心は「The book of Tea」の中で述べている。

茶室は明るさを抑えて、全体にくすんだ色調。年を重ねた円熟さが感じられ、「茶筅と麻の茶巾だけが白く新しく」対照を見せている。

茶室が清潔で清浄な場であることを、この対比が鮮やかに説いていると思う。



茶筅は使っているうちに穂先が傷んできたり、つぼまってくるので、陶器でできたホルダーにさして形を整えて保管する。前述のように本来は1回使い切りの茶筌だが、一般人にはなかなかそのような贅沢もできず、長持ちするように大事に使う。


薄茶を点てるとき、茶碗の底に茶筌をゴリゴリと擦ってはすぐに傷んでしまう。はじめ底から混ぜ、徐々に浮かし、最後に表面をさらさらとなでるときめ細やかな泡になる。

しかし泡は多ければよいというものでもなく、茶筅は泡だて器ではない。
裏千家では泡を一面に浮かべるが、表千家では縁に三日月に残すほどである。


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抹茶の香り
織部(おりべ)

ほろ苦い抹茶のグリーンとふわっとした泡立ち。すっきりとした甘さが残ります。


毎朝の一服 雛の袖 morning matcha green tea

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2月23日は「富士山の日」。すみれの茶碗と、鶴屋吉信の「雛の袖(ひなのそで)」で毎朝の一服。

さとり「お山はまだ雪が被っておるが、里はもう春が待ち伏せているのじゃな」

与一「富士山の日から、強引に話題を持ってきやしたね!」



薄く重ねたお袖は淡い桜色と水色。もうすぐ雛祭りと心浮き立つ、でも寒い朝。




毎朝の一服 2017 morning matcha green tea

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若い頃はきちんとお稽古をして、お茶のお手前をしたけれど、今はもうそのように改まったものでなくて、ただ日常のものとして、朝茶を点てて飲むだけである。

それでも、日々味が違うのが面白いなあと思う。

一口飲んだときに、「ああ、美味しい!」と心から満足するときは多くなく、ぬるかったリ薄かったリ、時にはすごく不味(まず)く感じることもある。

それは抹茶の量とお湯の量のバランスや、温度などによるのだけれど、さらに季節や、茶碗の形と厚さも重要なファクターになっている。



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柄杓(ひしゃく)を使えばお湯の量はきちんと測れるけれども、慌てて鉄瓶から注げば、熱すぎたり、茶碗の形によってお湯の量がわかりにくい。塩梅(あんばい)が変わってくる。

そんなことは当たり前のことで、この年でそんなこと言ってるのもちょっと恥ずかしいけれども、やっぱり自分で「しまった!」と思いつつ、感じることが大事だと思う。

大切なのは、心のかたちというか、バタバタ焦っているとやっぱり上手に点てられない。

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朝はなんといっても慌ただしい。

それに、雨が降れば思いついて茶碗を替えたり、歳時記に合わせてみたり、箱から出したり片付けたりなどしていると、あっという間に時間が無くなってしまう。

健康のためと、朝の一時を心静かに、とかなんとか思って始めたのに、歳時記と茶碗や菓子との取り合わせの工夫に始まり、写真を撮ることがだんだん主になってきて、かえって忙しくなってしまった。

お菓子を並べるタイミングが早すぎて、準備しているうちに乾いてきてしまったりとか。

本来は段取りこそがお茶の肝要なところなのであるし、お手前のひとつひとつにきちんとした意味があるのは重々承知。

それでも、やらないよりやったほうがいいと思って、毎朝の一服を喫している。



いずれ隠居(いんきょ)などしたら、母のようにきちんと毎朝お手前をしたいものである。
(無理無理)


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新年。穏やかな天気につき、お庭で「毎朝の一服」をしてみれば、ひよどりが来訪。思わず奥にピントを合わせてお道具はボケボケ。


与一「赤富士の茶碗に、なすびの棗(なつめ)。鷹(たか)の変わりにひよどりですかい」
さとり「鳥に貴賤のあるじゃなし。酉年じゃもの、そばに来るとは縁起がいいのう。」







毎朝の一服 ポッキーの日 morning matcha green tea

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最近の「毎朝の一服」からダイジェスト!


この日は読書の秋ということで、二宮尊徳(にのみやそんとく)の茶碗を出してみた、毎朝の一服。


さとり「いいか、与一。役に立つことばかり追いかけていては、薄っぺらい人間になってしまうものじゃ。一見、役に立たないようなことが、実は人間性の肥やしになっているもの。それが教養というものじゃ。」

与一「はあ、、、あっしはうまいもんのほうが肥やしになってやすがねえ・・・」




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11月12日は七十二侯の「地始めて凍る(ちはじめてこおる)」。

昨夜の雨で寒くなるかと思いきや、暖かい行楽日和(こうらくびより)の週末の毎朝の一服。


さとり「うぬ、昨日の11月11日はポッキーの日だったそうじゃ。ぬかったわ。」
与一「11月11日はきりたんぽの日でもあったようでやすよ」 




原宿ではポッキーを配るイベントがあったそう。


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11月8日にかけて、イイハからいい歯の日。

四谷アトレのラ・プレシューズのモンブランはその場で作ってくれる。

メレンゲの上にふわふわのクリームとマロンペーストの絶妙のバランス。

朝からボリューム満点。



いや、本当はとても軽くて、新鮮なお味。


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11月7日、今日は立冬。117にかけたイイナベから「鍋の日」でもあるそうだ。

色づいた柿の葉で包んだ練りきりと、茶碗「柿のへた」にて毎朝の一服。


さとり「寒くなるとあったかい鍋がたべたくなるのう・・・」
与一「白菜が高くていけやせんや。煮込んだらこれっぽっちになっちまうんで」 





鶴屋吉信のお菓子は、季節にちなんで毎月6種類くらいが順繰りに並ぶ。
練りきりの新しい意匠をみるのが楽しい。

鶴屋吉信の回しものじゃないけど、かなり頻繁に登場する。


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10月30日、明日はハロウィン。

月夜に魔女が箒(ほうき)に乗っているハロウィンの茶碗で毎朝の一服。

さとり「あー、空を飛んでみたいものよのう。。。与一、できぬか?」

与一「ふっ、あっしは箒(ほうき)じぁありませんぜ」





まったく、あきれるほど色々な茶碗を持っている母なのだが。
考えたら母は70年以上の茶歴があるのだから、毎年3~4個の茶碗を買ったとしても、かるく200個は行くはず。

ほとんどがお稽古用の気楽なものだから、決して贅沢な話ではない。

継続は力なり。


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10月24日は「文鳥の日」  


さとり「小さい頃、文鳥と十姉妹(じゅうしまつ)を飼っておったものよ。くちばしが紅色で羽が白いやつじゃ。」

与一「あっしは鳩サブレが懐かしいでやす~。」





「毎朝の一服」をインスタグラムにアップしたのが1月から。
季節の茶碗とお菓子を取り合わせ、1年は続けてみようと思った。

あと1か月頑張っていこう!



二十四節気の霜降 毎朝の一服 morning matcha green tea

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今日、10月23日は二十四節気の霜降(そうこう)。


露(つゆ)が冷気で凝って霜となる。

鶴屋吉信の「園の菊」にて毎朝の一服。

あんこを外郎(ういろう)で薄く包み、細かく砕いたかすてらがふってある。

さとり「まるで菊に降りた霜のようじゃのう。」

与一「そろそろ股引(ももひき)を用意しないといけやせん」 

はなひらく,Hana Hiraku ④香水のネーミング

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香りを作るときに、イメージが先ですか?名前?それとも香料から決めていくのですか?
そう聞かれることがよくある。


それはどれも正しくて、その時々によるし、両方が追いかけ追い越しながら香りができていくこともある。

「ハナヒラク」は、仮の名前があり、香りができ、後から正式な名前が付いた。
そして香りは大きく変更されたのである。



最初の名前は「エパヌイール(épanouir、咲かせる、輝かせる)。

この名前にもちょっとしたエピソードがあって、
数年前、フランスに滞在しているときに
「仕事をしていて何が一番楽しいのか?」
という話題になり、

「お客様と香りのお話ししているでしょう、ムエットについた私の香水をかいだ瞬間に、相手の顔がぱっと明るくなるの、その表情でいろんなことが報われるのよ」
と説明しながら、一言で何かぴったりの言葉がないかって頭の中で探していて、

「そう、エパヌイール!」
という言葉が私の口から出てきたときに、

その人が、
「エパヌイールか!いい言葉だ」
と、懐かしい名前を思い出したような表情をしたのを見て、
私にとっても特別なことばとなり記憶に残った。


そして、新しい作品のテーマは「木の花」。
春から夏にかけて、いろんな種類の木が次々と蕾を付け、白い花がどんどん開いていく。

香りを作りながら、顔が花のように輝く表情と「エパヌイール」という言葉が重なって思い浮かんだ。



香水の仮の名前は「エパヌイール」
でも、それはフランス語。
音はかわいいけど少し覚えにくく、意味が伝わりにくい。

やはり最後には日本語で名前を付けたくて、10も20も候補が挙がっては消えた。

しっくりくる言葉が浮かばないまま、エパヌイールの香りはできていく。
5月には発売する予定なのに。

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2月になった。
毎朝の一服、抹茶を点てようとしていると、母が自作の茶杓(ちゃしゃく)を奥から出してきた。
竹の茶杓入れには「花開」と書いてある。

「これ、何と読むの?」
「ハナヒラク」


はなひらく。。。
何回もつぶやいてみる。
音に希望があって、明るくていいなあ。
それに、エパヌイールとも通じるし。

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花咲く、花開く、どっちにしよう。
ハナサク、ハナヒラク、やっぱり、ハナヒラク。

凝り過ぎていなくて素直な感じ。

こうして、香りに名前がついた。
香水のラベルもできて、試作のボトルに貼ってみる。


名前がつくと、それまでなんかもやもやしたものが、しっかりとした形を持つ、人格を(香格?)を持つような感じがする。

正式名がついてみると、一度は完成したと思った香りなのに、、、これでは線が華奢(きゃしゃ)すぎる。
言霊(ことだま)というのかな。


どうしても、納得のいくものにしたくて、作り直すことにした。
なぜならばこれは私の香りだから。

春からもう一周、辛夷、ハクモクレン、朴の木など、白い肉厚の花が「ハナヒラク」のを観なければ。


そうしてハナヒラクは、予定から5か月遅れた10月15日に世に出ることとなった。






夏の毎朝の一服④ morning matcha green tea 

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涼しげなピンクの餡を葛で包んだ水ぼたん。鶴屋吉信。



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叶匠寿庵(かのうしょうじゅあん)の草庵蕨(そうあんわらび)。
蕨はシダの仲間だからといって、草庵蕨(そうあんわらび)をフジュールロワイヤルと詠んだらひねりすぎか。


与一「フゼア(Fougere)といえば、fern-like(シダ類)でやすしね」 

さとり「茶室こそ真の王宮じゃ」



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このスイカの茶碗、内側は赤と黄色の二つセットで、外は縞模様なのだ。

この日7月27日は「スイカの日」。

さとり「この茶碗は荒物だけど、母のお気に入りじゃ。」
与一「母君は数寄者(すきしゃ)ですからねー。値段より楽しさを愛でますからね。」


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8月13日は、立秋の次候「寒蜩鳴く(ひぐらしなく)」
青磁の夏茶碗と長命寺のサクラモチで頂く毎朝の一服


与一「夏過ぎて、その日暮しの哀しさカナカナ・・・」
さとり「暑くても斜めの日差しが秋の気配じゃのう」


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創業明治、村上開新堂(むらかみかいしんどう)のサマーケーキ。

冷蔵庫が普及する前は、夏になると生菓子の代わりに、この焼き菓子が作られたという、由緒ある日本の洋菓子。 


与一「杏とレーズンとパイナップルの入った、きめ細かいパウンド生地が、優しくて素朴なお味でやすねえ。」
「やんごとないお方は、このような真面目なお菓子を小さい頃から召し上がっておられるのであろう」





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秋の終わりまで、一周は続けたいインスタの「毎朝の一服」。

与一「あっしも出番ができて嬉しいでやす!」
さとり「どうぞよろしくお願い申し上げまする」



夏の毎朝の一服③ morning matcha green tea

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中華の桃まんじゅうを蒸籠(せいろ)でふかし、流水の茶碗で頂く毎朝の一服。

与一「どんぶらこっこ、すっこっこ。川上から流れてきたんですかい?ひとつ取りに山まで行ってみたいもんで」
さとり「桃李(とうり)もの言わざれと下おのずから蹊(こみち)を成す」 


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最近ではリビングでお茶の支度をしていると、雀たちがもう塀の上で並んで待っている。

パンくずを撒いてしばし、牽制しあっていた中から、

勇敢な一羽が飛び降りると、競って後からついてくる。



よいち「きやした、きやした♪」
さとり「よしよし、待っておったか。愛いやつらじゃ」


毎朝の一服。


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今日の毎朝の一服は、久しぶりに名古屋の「むらさきや」の水ようかん。

これは柔らかいので、ケースから出して慎重に切らないと...。 


与一「小豆の濃さ、甘さ、口溶けが最高でやす!」

さとり「シンプルなだけに、お味が違うもんだねえ。」


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今日も雷。風も強し。

風神の香合と雷神の茶碗で毎朝の一服。 


与一「あっしはさとりさまの雷が一番怖いんで。」
さとり「どこ吹く風のくせに。」





夏の毎朝の一服② morning matcha green tea

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さとり「ほろほろと やまぶき散るか 滝の音 芭蕉」

返して与一「さざれ蟹 足這ひのぼる清水哉 芭蕉」

中宮寺の落雁(らくがん)「山吹」にて毎朝の一服。




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小学生の頃、母がよく銀座松屋で買ってきたユーハイムのアイアークーヘンを久し振りに発見。

今では地味な菓子になってしまったのかもしれないが、

カステラの間に杏ジャムが挟んであり、洋酒のしみた、しっとりとした生地が、当時は洒落たお菓子だった。

さとり「でかしたぞ与一、これは母上のお好みじゃ。懐かしいのう」
与一「昭和四十年代でやしょ?」



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与一「うわっ!ひまわりの硝子鉢に向日葵の抹茶碗、花までヒマワリじゃ、くどすぎんじゃないスカ?」
さとり「今朝のような憂い日は、ひまわりに囲まれていたい気分なのじゃ...」 



山盛りのデコポンゼリーと毎朝の一服。ナタデココ入り。



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この日は祇園祭。祇園山鉾、長刀鉾を眺めつつ、

京都の天気はどうかしらなど思いながらの毎朝の一服。


さとり「あたし、あっちの車に乗りたい」
与一「う、うらぎりものっっっ!!」



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8月11日は山の日。

楽茶碗は冬っぽいけど、胴の景色を山に見たてて使ってみた。

加賀の「塩どら焼き」と頂く毎朝の一服。

与一「海の日があったと思ったら、いつの間に山の日ができたとは、知りやせんでした」
さとり「人生、山あり海あり。しょっぱいねえ。」






夏の毎朝の一服① morning matcha green tea 

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夏になると、のどごしのよい冷たいお菓子が欲しくなるもの。涼しげに泳ぐ金魚のゼリーで毎朝の一服。 


さとり「この近所には、昔は金魚売りが屋台を引いて来たものじゃ。」

よいち「風鈴なんかも、チリンチリンとたくさんつり下げてきたりしやしたねえ...。」


源 吉兆庵の金魚ゼリー。



******************


母が何十年も続けている、「続きお薄」の点前を見習って、私も始めた「毎朝の一服」。


冬からインスタグラムにアップをし始めて、春が過ぎ、夏も終わろうとしている。

今日から、7、8月の「毎朝の一服」を数回に分けてダイジェスト。


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高島屋で買った週替わりのみたらし団子。何処にもお店の名前がない。おじさん、商売っ気ないなあ。

さとり「おお、これは!朝から久しぶりの含水炭素(がんすいたんそ)!」
与一「それは今でいう炭水化物のことでやすね?大正時代に逆戻り。」



花火の茶碗で。

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与一「このあんこだまは、相撲を取ってるんでやすかい?」

さとり「はたき込みで勝負あったって感じだね」

可愛い菓子に、たわいのない会話が浮かぶ。永楽の夏茶碗で毎朝の一服。




石衣(いしごろも)



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この日、8月3日は七十二候「大雨時行(たいうときどきふる)」

昔の夕立と今のゲリラ豪雨では、激しさが違うけれども、今日は雷(かみなり)の茶碗で毎朝の一服。

さとり「昔は怖いものの代名詞として、地震、雷、火事、おやじといったもんじゃが...」

よいち「いまじゃあ、自信なくなり家事するおやじですかねぇ」 



ポウルのカヌレ




七夕の朝の一服 Tanabata'Star Festival'

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今朝、この茶碗を手に母がそばにやってきて言う。
「お茶を飲み干して、この茶碗の中をじっと見ていると、なんだか宇宙に吸い込まれていくような気がするんだよ」

この茶碗の銘は「天の川(あまのがわ)」。
その名のとおり、瑠璃(るり)色の夜空に、天の川が描かれている。

というのは茶碗の見込みに、刷毛(はけ)で二筋、金が刷いてあるのを銀河に見立てたものである。
よく見ると、天の川に沿っていくつかの星座も見つかった。

続けて母は言う。
「眺めていると、この大宇宙の中に自分が生かされているっていう感じがして、なんだかとっても嬉しくなるんだよ。若い頃はそういうことを本で読んでも、なかなか実感としてわからなかったけどねえ」


私は仕事に出る前で、ちょっと慌てていたので、母の話を半分に聞きながら、

「そうね、そうやって宇宙の力を自分の中に呼び込むんでしょ」
とか知ったように話を合わせたつもりが、

「そうじゃないんだよ、宇宙っていうのは、もうすでに自分の中にあるの。それに気が付くかどうかっていうことなんだよ」

と母に切り返され、『あ、おみそれしました...』

と、一本取られたのである。


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七夕には、笹の葉のお抹茶茶碗でいただく「毎朝の一服」


母の茶歴は女学校時代から数えると70年あまり。
「毎朝の二服」は40歳から、50年間続けている母に触発され、私も「毎朝の一服」をインスタグラムにアップし始めてまだ浅いけれど、やっぱり日課にするというのが大事なのだと思う。

母はきちんとお手前をするが、私は毎朝となると時間がないので、抹茶にお湯をさして点てだしで飲む、ただそれだけ。

たったそれだけでも、日々、味が違うことに気が付く。


気持ちの急(せ)いているときは泡が荒くなるし、お湯がぬるすぎても、カンカンに沸騰して熱すぎてもダメ。
抹茶の量が多すぎれば底に残り、少なければ泡が立ちにくい。

鉄瓶から注ぐのでは、茶碗の形や大きさによって、おもいのほかお湯の量が入りすぎたりする。
柄杓(ひしゃく)を使うというのは、大変合理的な作法である。

それにフランス、オランダで毎朝の一服を点てたときは、水の違い(軟水・硬水)でちっとも泡がたたなくて、往生(おうじょう)した。

簡単なことではあるけれど、段取りをきちんとしなければ、きちんとしたお茶は立てられない。

「茶の湯とは、ただ湯をわかし茶を点(た)てて、のむばかりなることと知るべし」

中学生の時、お茶の初めに習った利休百首のこの言葉は、日常のあるべき姿を詠んだものと思うけれども、簡単なことが一番難しい。

初心者だけでなく、生涯学ばなければならない修行の道である。


わかっているけど、「日々是好日」にはほど遠く「日々是荒日」、荒れた朝は慌ただしく過ぎていく。






「道(どう)」と香水①Tao & my aesthetics of perfumery

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私は幼い頃から茶道、華道を学び、香道にも親しみました。また、日本の伝統文化にも触れて育ちました。

これらの経験が、私のクリエーションにどのように影響してきたか「道(どう)」についてちょっぴり考えてみました。教えられたことや、体験、今まで読んだ本の知識など、乏しいながらも思い出してみたいと思います。


日本は長い間、鎖国によって世界から孤立してきたことで、独特の精神文化を醸成することができました。そのことが茶道の発展にも寄与していると思います。

お茶はもともと貴重な薬として始まりましたが、やがて喉の渇きをいやす飲み物となりました。さらに精神修養を持ち込んだのが茶道で、それは人生の渇きを潤すものとしての精神的な意味を持つようになりました。

日本では、茶道、華道、香道、武道、書道、と多くの技芸に「道」がついています。「道」を短い文章で語る事はとても難しいのです。なぜならば「道」は実践することであって、言葉で知るものではないからです。

私が茶道を習ったときにも、特別に「道」について教えてもらったわけではありません。作法だけが重要なのではなく、師に手順を習い、その形を繰り返し努める中で、自然と心と技が整っていく、とでも言ったらいいのでしょうか。


しいていえば「道」というのは人との競争ではなく、過去の自分と比べた成長であり、そのために精進する生き方です。さらに言えば過去も未来もなく、今現在が大切で、しかしこれは「今さえよければいい」というような、刹那(せつな)主義とは違います。「結果が重要なのではなくその経過」に、「未完成であるがゆえの成長の可能性」とか、「完璧」にではなく、「完璧を追求する過程」に価値を見出すことが「道」ではないかと思います。


不完全、といえば、茶碗にとって最も必要なことは、装飾ではなく「空っぽである」ことです。茶を入れる空間がなくては役に立ちません。同様に、人が真にくつろげる場所を見つけられるのは余白です。

香りだけで完成するのではなく、そこにつける人の居場所がある。香りと人と場所と生き方と一体となって、完成を「目指す」というのが私の理想の香りです。


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千利休とその息子、少庵との有名な逸話があります。ある日、庭の掃除をしていた息子は利休になんどもやり直しを命じられます。息子がうんざりして「もう清めるところはない」と言ったところ、利休は「未熟者め!」と叱って木を揺さぶり、紅葉(こうよう)を景色に散らしてみせたといいます。


この話はお茶のお稽古の時か何かで聞いて、私の記憶に残っていたのでしょう。ある海外での展示会で、私は花を活けました。広い会場の一角には、日本の秋の雰囲気を出すために、もみじだけを大きな壺に飾り、床に赤や黄色の落ち葉を散らしました。

しかしほかの場所を活け終わって戻ってくると、ホテルマンが気を利かせて葉をきれいに掃き清めてしまっています。「ダメダメ!かたづけちゃ~!」と言いながら、再度落ち葉をまき散らしたのを思い出します。



香りを作ることは、自分の内面を掘り下げていく作業だと思うことはあります。したがって、これは外を意識して計画的に作られるというよりは、私自身がそのまま作品に投影されていくのではと考えます。

そのためにも自分自身を磨いていきたいし、その気持ちが、私の「道」なのではと思うこの頃です。

 

蛍(ほたる) 毎朝の一服 Lampyridae tea ceremony

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草の葉を落つるよりとぶ蛍かな 芭蕉


訓、は母の雅印。

若いころから道楽はしているというものの、陶芸にしても俳画にしても、
上手(じょうず)から見れば下手(へた)かもしれない。

本人は人に見せるつもりがないのを、ネットを見ないことを幸いに、私が勝手に発表しているのでご勘弁。


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「5月に入って晴天が続いた後、雨がたくさん降る。
翌日になってよく晴れると、清流では蛍がいっせいに孵(かえ)る。」
とは、母の談。

昨日はいっぱい雨が降ったから、今日あたり、蛍がたくさん飛ぶのではないだろうか。



昨年もこの時期、蛍籠(ほたるかご)の中次(なかつぎ・茶を入れる器)について書いたのだが、今年もまたそんな時期になってしまい、一年の過ぎる速さに唖然とする。

この茶碗は、見込みに蛍が飛んでいて、お茶を飲み干すと底にもひとつ、光っているのが描いてある。
風流なり。



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今日のお菓子は茂助団子の抹茶浮舟。
このところしばらくお菓子の掛りは私だったのを、外出(そとで)のついでに久しぶりに母が買ってきた。

自分で選ぶのではないせいか、見慣れていない分、「おおっ」と新鮮である。





☆ながらくお待たせいたしました。パルファンサトリの「苔清水」ようやく入荷しました。 http://parfum-satori.com/jp/collection/

蛇の目傘 Janome-Umbrella

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母の作、蛇の目傘のお皿。

本家があって、「伊万里染付傘形皿」を写したものだが、不揃いな形が愛らしく、縁のそり返しが母の工夫であるように思う。


昔、栗田美術館で見たあと、たまたま「目の眼(株式会社里文)」昭和56年(1981)8月号という美術雑誌の表紙を見て手本に焼いたらしい。
日本陶芸倶楽部に通っていたころである。


端っこに赤いラベルが貼ってあるのは、三越での展示会に出したまましまってあったから。

このところ、私も一緒に茶道具の整理を手伝っていて、母も出してみて思い出したようだ。
そのとき、このお皿を見せてもらってからすっかり気に入り、雨の日が来たら並べてみようと楽しみに思っていた。



雨の日が楽しみになるって、いいことだな。



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今日は思いのほかたっぷりと雨が降った。
きっと明日は、蛍がたくさん羽化するのではないかしら。

プルプルの蓬葛(よもぎくず)は、夏が終わり、夏の予感の涼しげなお菓子。
ああ、、でもその前に梅雨があったっけ。。。


ガラスの抹茶茶碗と一緒に楽しむ毎朝の一服。
口に入れると、笹の葉の新鮮な香りがほんのり広がる。

(蓬葛・叶匠寿庵)







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鵜飼(うかい) 毎朝の一服 tea ceremony

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昔懐かしい、鮎のお菓子が食べたくなった。

たぶん、このところ和菓子店でちらちらと目にしていたからだろう。
世の中に現れている季節感を、なんとなく感じているのかもしれない。


「そういえば、そろそろ鵜(う)飼いの季節・・・」

毎年この季節に、母が鵜飼いのテーマでお茶を点(た)てていたっけ。


そこで、母の茶道具の引き出しから、「鵜飼い船」の茶碗を引っ張り出し、
鮎の和菓子と取り合わせていただく朝の一服。

漆黒の夜を背に、金彩の鵜飼い船とかがり火が抹茶に浮かぶ。


今日はよく晴れてカラッと乾いているせいか、お薄の味がことのほかおいしく感じられる。



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「おもしろうてやがてかなしき鵜船哉 芭蕉」
鵜船は夏の季語であり、5月はもう夏のはじまり。


この年になってようやく気がつくのは、一番の先生は母親であるということだ。
長く一緒にいて、影響をおよぼし続ける存在であることに、おりおりと気が付く。

子供というものは言うことはきかないけれど、親のやることは真似をする。
教わると言うよりも、何を言って何をするか、その言動を見ているうちにしらず染みこんでいるのだと思う。

「習うより慣れろ」とはよく言ったものだし、

「教えたがる人の教えほど、人に沁(し)み込まないものだ」とは、実体験から感じるところである。


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母はいつも言う。
「私は頭が悪いからね、1回じゃなかなか覚えられないでしょう。だから、本も繰り返し読んでいれば少しは引っかかると思って、若い頃から毎日繰り返し茶道具の本を眺めていたものだよ」


そういう母の贓品(ぞうひん)は、普段使いのもの。
美術品というわけではないけれど、毎年繰り返される歳時記を楽しんで、日々お茶の道具を取り合わせ抹茶を立てている。

そこには、「知識」を楽しみに変えていく知恵が満載なのである。


この半年、私も毎朝、自分のためにお茶をたてはじめて、いつしかその工夫の面白さにはまり始めている。


お茶はただ喉の渇きを潤すだけのものではない。
人が人らしくあるための、優しい「くすり」なのだと思っている。







毎朝の一服  early_morning Tea

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茶碗の縁(ふち)の口当たりが、お茶の味を左右する。
よく言われる事だけれども、年を取ってようやく実感するところである。

季節にふさわしい茶碗なら格別の味わい。

例えば、
志野(しの)のふっくらとした口当たりでいただく冬の抹茶。

青磁(せいじ)の夏茶碗では、
張りつめた薄い縁でいただく、ややぬる目の抹茶が爽やか。








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この茶碗は、若い頃はあまり好きではなかったのだが、使っているうちに気に入ってきた。

薄い生地なのに少しつぼまった椀の形が、春から夏にふさわしい。

この深い青色と、白くぼんやりと光る内側の模様が蛍の様に浮き出る様子がステキな感じ。
じいっと眺めていると、お抹茶の海に引き込まれるような気がする。



茶碗:前田正博


抹茶の香り
織部(おりべ)

ほろ苦い抹茶のグリーンとふわっとした泡立ち。すっきりとした甘さが残ります。

さらりと甘い☆
ワサンボンの香水

キラキラとした微細な輝きに覆われて、口にふくむと淡雪のようにふわりととろける...
そんな極上の砂糖菓子をイメージしました。





毎朝の一服 いずれあやめかかきつばた early_morning Tea

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おきなあめはピンク。

柔らかいがねっちりと歯ごたえもある。

周りにうっすらと纏った粉がまず舌で溶けて、生地はほんのり甘い。


特筆すべき香気なく、この菓子の場合、それがまた煩わしくなくてよい。

味と食感と、色や形などの見た目、「おきなあめ」という名前の音感でおいしさの表現。


いずれアヤメかカキツバタ。

抹茶茶碗の見込みは、飲んだときに花が正面に見えるように逆さまに描いてあるのが工夫だわ。


抹茶を水面に見立てれば、これは、花菖蒲かな?



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これは、畑に咲くアヤメ。



アヤメとハナショウブは、同じ「菖蒲」という漢字をあてるが、

端午の節句にお風呂に入れるのはサトイモ科の「ショウブ(Acorus calamus)」で

アヤメ科のハナショウブやアヤメとはぜんぜん別の植物。


ニオイアヤメからイリスが、ショウブからはカラムスと言う香料が採られる。

カラムスは規制対象の香料で、今では使用できない。


アヤメ科植物

・アヤメ・・・乾いた畑(上の写真はあやめ)

・ハナショウブ・・中間

・カキツバタ・・・湿地


サトイモ科植物

・ショウブ

毎朝の一服 ひよこ early_morning Tea

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今日は雨で、お庭に雀が来ない。


代わりに懐かしい「名菓ひよこ」。

子供の頃、頭から食べるかおしりから囓るか悩んで、

舐めまわしたりした思い出の菓子で毎朝の一服。


この記事をインスタグラムにアップしたら、
「まずチューします」
「やはりお尻から」
というご意見をいただいた。

毎朝の一服 桜餅 道明寺 early_morning Tea

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お客様の差し入れのお菓子は、毎朝五時に起きて、手ずから作られるのですって。のんこう写しの黒楽といただく毎朝の一服。















毎朝の一服 葛饅頭 塩野 early_morning Tea

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雨に濡れた庭もよし、一服しながらそろそろ藤の花かと思いを寄せる。

赤阪塩野のくずまんじゅう 。


外はパフパフ、中は涼やか。

毎朝の一服 ミニどらやき early_morning Tea

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ミニドラ。中に求肥が...。

なぜか小さいものが好きな日本人。
掛のどら焼きミニ。

毎朝の一服 カヌレ early_morning Tea

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本当はゆっくり味わいたい朝の一服。

でも多忙につき一口で食べてしまう「メゾン ランドゥメンヌ トーキョーのカヌレ」哀し。

毎朝の一服 つむぎうた early_morning Tea

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冬バテというのもあるそうだ。

珍しくお休みして、二日ぶりのお茶とお菓子が胃の腑にしみる。


繭(まゆ)の形の「紡ぎ詩」(鶴屋吉信)

毎朝の一服 柏餅 early_morning Tea ⑧

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節句のお菓子を前に、なんとなくウキウキ。

鈴掛のかしわもち。


みずみずしいカシワの葉にくるまれた、ぷりっとした白いお餅がうれしい。


さくらにちなんで 毎朝の一服⑦ early_morning Tea

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「お干菓子、サクラ。

今日は春の陽気で、桜の便りももうまもなくと期待する、毎朝の一服。」


毎朝起きて、お菓子とお抹茶を頂く日課。

思いついて、ついでに写真を撮り始めてから、もう3か月を超えた。


その後、出勤途中の地下鉄で、インスタグラムフェイスブックページにアップ。

ページには、100近くの画像とコメントが載っている。


今回は桜にフォーカスしたダイジェスト版。

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ハートの形の抹茶椀。安っぽいと思ったけど、淡いピンクに若草色のお茶が映えてきれい。

「安いものを買うのはもうヤメタと言っているのに、バレンタインデー用にとハートのお抹茶茶わんをつい買ってしまう母。「一年に一回しか使えないかしら?」と言ったら、「桜の時期にも使えますよ」とお店の人に勧められたらしい。明日はホワイトデーにつき、私もハートを使ってみる、毎朝の一服。」



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「春だというのに寒いなあ、でも、お抹茶のビタミンで風邪知らず。」


宋胡録(スンコロク)とは、タイの陶器全般をさすが、もともとはタイのスワンカロークで焼かれたものという。
学生の春休み、母とバンコクに旅行に行ったときに買ったもの。

このときは、台湾とシンガポール、クアラルンプールにも周っている。




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この時期は、よく桜餅が用意されているのだが、それぞれに味が違う。
もすけだんごのが好きだ。



「やはり、主菓子があると気分が上がるわあ。もすけだんごのサクラモチ。リビングに座って、庭を眺めながら頂く今日のお茶は、見込みに薄紅色の御本手(ごほんで)の浮く、外は春霞のような刷毛目のお茶碗。」




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桜の花の塩漬けが甘さを抑えてなかなかではあるが、薄皮が厚くてすこしもっさりしたお味。

この日、インスタのコメントでさくらもちに触れていないところを見ると、あまり気に入らなかったのかも。。


「昨日、口切りのお茶を飲んで、今朝はナツメに残ってた古い抹茶を飲んだら、香りが抜けてて味がない。お抹茶は香りが命。 


雨に濡れる庭を眺めて毎朝の一服。」


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「桜もち、春の朝にはみどりの一服」


野の草花の抹茶わんにて、一足早い春を楽しむ。

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「おお、長命寺の桜もち!塩漬けの桜の葉を、ぜいたくに3枚もむいていくと、中からさくらのお姫さまが登場。毎朝の一服。 クマリン。 」



最初はお干菓子をつまむ程度だったのが、最近ではしっかり主菓子をいただく毎朝のお茶。
抹茶の効用か、肌の調子もよい。

何より、テラスに向かって座ってお抹茶を飲んでいると、心が落ち着いてくる。
母のように、あともう30年続けたいものである。 


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最後に今日のインスタグラム

「夜桜は艶やかで、心が騒ぐ。娘の頃は、持っている振り袖の中でも、この柄が一番好きだったっけ。お菓子は清月堂の落とし文。中の黄身餡が好き。」


志野茶碗 Shino ware

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母は志野茶碗を三つもっているが、その中の一つ。


陶芸仲間だった出光昭介(いでみつしょうすけ/元・出光社長)の作品で、実業家らしい豪快な作風がとても魅力的だと思う。


ただ、私には少し大きくて重いし、手に余る感じがする。

母曰く

「志野は60歳を過ぎないと似合わない」

と言うから、私には早過ぎるのかも。



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私は子供のころから志野焼が好き。暖かくふっくらした感じがいいと思っている。

しかし、志野なら何でもいいというわけではないということが、最近ようやくわかってきた。



上は陶芸家としては有名な方の作品らしいが、私にはしっくりこない。


持った時の重さといい、姿といい、悪くないと思うのだが、どうも肌に透明感がなくもっさりしたのが気にいらなくて使う気になれない。


有名だから良いとは限らないのが、相性と言うものである。



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ひいき目ではあるが、やっぱり母の作った志野が一番、清潔感があって好きだ。
素直な感じで手のひらにすっぽりと馴染む。

毎朝の定番はこのお茶碗で、時々は替え茶碗で季節のものを楽しんでいる。






お彼岸 毎朝の一服⑦ Higan &vernal equinox

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「このお茶碗可愛い!ねえこれ、なんの柄?」


母に聞くと、いつもお彼岸の時に使うナラエだという。

「何で?」といわれを聞くと、

「そうねえ?」といいながら、奥から茶道大事典を出してきて調べ始めた。

その姿勢、勉強になるなあ。


これは奈良絵という柄で興福寺の絵仏師が始めたとか?

ホントのところ、何故お彼岸に使うかはよくわからないみたい。


そんなこと聞かれたってわかんないよ、昔っから、お彼岸にはこれを使うって決めてるから」

何かと質問するのがちょっとうるさいみたい。


お菓子は真っ黒い餡こ玉。

中身は緑のエンドウ豆の餡。甲州のお菓子だって。


毎朝の一服、久しぶりのダイジェスト版。


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3月春場所。お相撲の柄が面白い抹茶椀。
なんでも、お茶を買いに行くお店に、いつも季節のものがちょっと置いてあるので、つい買ってしまうとのこと。


「しかし、なんでもある我が家の茶道具、今週は春場所だからコレを使っているらしい。母の茶道。」


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青交趾のお皿に白い生落雁。



「生落雁(なまらくがん)というそうだ。しっとりと柔らかい落雁の間には、あんこが挟まっている。和菓子の世界も生ばやり?」





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「姫ゆずに見えるけど、コレはお饅頭。毎朝の一服は、赤坂塩野のゆずまんじゅうで。」


赤坂の塩野は、父が好きでよく買いに行った。
冬は柚子饅頭、夏ちかくになると、「青梅」というきれいな主菓子が楽しみな和菓子の名店。

日本って、いろいろはお菓子があるんだなあ・・・と3か月続けて実感!



➤インスタグラムに、「毎朝の一服」をアップしています。





母の茶道 ⑨金城次郎(きんじょうじろう)Kinjo jiro

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見込みの刷毛目も大胆な、これは金城次郎(きんじょうじろう)作の抹茶椀。

27年前、母が日本陶芸倶楽部の集まりで、沖縄の金城次郎氏の窯に行ったときに、購入したものだという。


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今朝は気分を変えて、お抹茶椀を変えてみた。


どちらかというと民芸派はあまり好みではなかったのだが、

母に「ひとつくらいは持っていても良いものよ」

と言われて貰った。


使っているうちにだんだん愛着がでてきた。

単純接触効果か?

いやいや、

母がわざわざ行ってきて買ったという、背景丸ごとが好きなのだと思う。

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眺めて楽しかったり、持って心地よかったり、飲んで口当たりが美味しかったり、

それがお茶碗の価値。

好き嫌いは自分が決めることで、
好みは変化し成長(時には後退)していくものだから、
選んだものには自分自身が投影されているものである。

「だからそれがどうした?」っていうほどのことだけど。




今週の「毎朝の一服」⑥  early morning Tea

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基本的には抹茶を飲む「毎朝の一服」が趣旨であって、おやつを食べるものではなかった。

しかし思い付きで、お菓子と一緒に写真をとって、インスタグラムにアップしているうちに、段々と面白くなってきた。

何も言わないのにも関わらず、その様子を見ていた母がまた、気を利かせてあれこれお菓子を買いに行くという・・・。

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今日のお茶菓子は今川焼き!

軽い干菓子から始まった毎朝の一服が、朝食並のカロリーに。

青交趾(あおこうち)の鮮やかな菓子皿で。 毎朝の一服  

2月3日


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チェ。今日の お菓子は豆まきの残りか。。。毎朝の一服  

2月4日


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お、朝イチゴ♪ 「小布施の栗落雁」と、毎朝の一服。 

2月5日





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ホテルオークラのレモンパイは好きだけど、朝 の抹茶のお供にしては豪華すぎ。
毎朝の一服 
 
2月6日


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「ノワ ド ブールのカヌレ」で頂く、毎朝の一服  
2月7日



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「甘い方を食べ、しょっぱい方を食べ、また甘い方を食べるといいんだよ」という母の勧めで、かわるがわる二本たべてしまった、毎朝の一服は「芋坂の羽二重団子」
2月8日

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柔らかい羽二重餅の中には、ゴボウと味噌餡の入った、花びら餅風の「今朝のおやつ」、、、じゃなくて「毎朝の一服」
2月9日


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今年の2月、初午(はつうま)は6日だったけれど、今日は遅れて馬上杯(#バジョウハイ)で「毎朝の一服」。
初午の日にはお狐様の先導で神様がやってくる。



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馬上杯(#バジョウハイ)で「毎朝の一服」。

絵柄は 火焔太鼓 。

馬上杯とは、馬上でもお酒を飲みやすいように、高台を高くして手でつかめるようにしてあるのを、お茶の席でも使うようになったもの。

2月10日 


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茶碗の絵柄がなんで伊勢神宮かというと、今日は建国記念日だから。
しかし色々持ってるなあ。母のお茶碗の種は尽きまじ。

羽根さぬき本舗のワサンボン。

2月11日

#‎毎朝ノ一服‬‬


#wa

毎朝の一服⑤ 節分 Setsubun 鬼は外、福は内

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節分は、各季のの始まる前の日のことだから、立夏、立秋、立冬の前の日も、節分なのだけれども、今では節分と言えば立春の前の日をさす。

新年は正月から始まるのが当たり前だが、お商売をしているお家の一年は節分を境にするという。



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節分の、今日の棗(なつめ)は「鬼は外」

升(ます)の中のお豆が怖い、鬼のパンツは虎の革。

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お抹茶茶わんの「内(うち)は福(ふく)」
升々(ますます)はいる、「福はうち」


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ぽっちゃり加減の香合(こうごう)の、ひたと見つめるお福さま。

春の節分が毎年2月3日なのは2025年まで。
Setsubun is the day before the beginning of spring in Japan.




毎朝の一服 ④ 抹茶 The Way of Tea  Early morning green tea

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朝の一服、抹茶。

泡はきめ細かいのが、ほどほどにあるのが好き。
でも、スフレじゃないんだから、あんまり点(た)てすぎても美味しくない。

赤坂の料亭で、食事が終わった最後に、電動泡だて器でホイップしたかと思うくらい、盛大に泡立てた抹茶が出てきたときは興ざめした。

「朝茶に別れるな」というのは、朝のお茶の習慣は続けなさいよ、というような意味である。
お茶が健康によいことは経験的に知られていて、朝茶は厄除けや開運と結びつけているそうだ。

また、「朝茶は三里行っても飲め」というように、朝茶も飲まずに急いで出掛けなければならない時でも、途中で必ず飲んだほうがいい。



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16歳の時、英国のサリーにあるセルスドンというホテルに滞在したことがある。
毎朝起きると、お部屋のドアの外に紅茶のセットが置いてあった。

朝食はその後に、1階のダイニングでまた食べて、そこでもお茶が出る。
午後4時くらいにも大広間でお茶が出て、こどもにはちょっと退屈な、なんだか一日中お茶の時間だったような記憶がある。

懐かしいこの写真は、大昔、少女雑誌のりぼんの時代のファッションをしている。

隣にいるのはキットカットの兵隊さんそのままで、話しかけても絶対に笑わなかった。
ここ、ウィンザー城だったかしら?



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朝茶の習慣は世界中にあって、地球は回っているので、私が三時のお茶をしているときにも、どこかで起き抜けのお茶を飲んでいる人たちがいるに違いない。

茶はすがすがしい香りが、花のようだと言われたりするけれど、花にもいろいろあって、むしろ茶の匂いに似ている花があるという方が正しいような気がする。


 Early morning green tea

初天神(はつてんじん) 毎朝の一服③ Tenjin (Shinto)

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初天神とは、正月25日の、その年初めての天満宮の縁日。
落語の演目にもなっている。

母の部屋には、いつもは掛け軸の前に香合があるのだが、今朝は可愛い人形が置いてある。


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母は月に2~3回、歳時記にちなんだ飾りつけを変えて楽しんでいる。

「1月25日は初天神だから」

菅原道真公の人形と思ったのは、土鈴(どれい)だった。
お胸に梅の紋が、そしてユーモラスなお顔がほのぼのとしている。

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みればお抹茶茶碗も天神さま。

天神さまのなにか有名な図柄を、本家を真似して書いたとのこと。
それでも筆の運びで、母なりの味わいが表情にある。

『では今日はこれを借りて、私の朝の一服としよう。』
というわけで最初の一枚目の写真である。

今日は休みなので、自分の席でのんびりと庭をながめつつ、お菓子を食べお茶をいただく。
先日のお菓子の「月世界」、私がとても気に入ってたので、また用意してあった。


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お抹茶を飲み切って中を清める。
茶碗の「みこみ(内側)」には大きく「天神」と書かれている。

御本手かしら、淡いピンクの斑(ふ)が浮いて梅の花のよう。

25日を過ぎたらこれらのお道具はかたずけて、また別のお抹茶茶わんや香合、掛物などが飾られる。

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こんな風に、歳時記ごとに自分で色紙をしたためて、1年を順繰りに飾り付けているので、母のお部屋をのぞくのが楽しみである。


人を招くためのものではないから見栄もなく、ただ、自分の楽しみのために飾る日常。


名物道具ではなく、自分にとって意味のあるものを愛用する。
それが数寄者(すきしゃ)じゃないかと思う。




毎朝の一服 ① 抹茶 The Way of Tea

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毎朝の抹茶。


朝起きると、(特にアルコール分の残る翌朝など)、のどが渇いていて、この苦くすがすがしい抹茶を飲みたくなる。

少し大服(おおふく)にたっぷり点(た)てて喫す。

初めのころは、お干菓子をつまむだけだったのに、母が何かと用意してくれていることが多くなり、練り切りなど、主菓子などを食べるようになってしまった。

上は、梅の花の練り切り、ちょっと大きいので半分だけ。

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これは新潟・柏崎の、「くろ羊かん」。
小豆と黒糖がねっちりと濃いのに、お味はあっさりした甘さでおいしい。

小さいころから羊羹はうすーく切って食べるのが好きなのだけれど、これは厚切りでもいただけちゃう。

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裏千家の引き出物で頂いた、慶菓。

猿年なので、申の印が押してある。
薄焼きのしっとりした生地に、味噌のお味の餡が挟んである。


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冬寒(ふゆざむ)の、今朝のお菓子は月世界。
淡雪を固めたように、さらっと口の中で溶ける。

愛用の、母の志野茶碗で飲む毎朝の一服。

最初はただ、喉の渇きをいやしたくて、自分で点(た)て始めた朝の抹茶だが、
だんだん儀式のようにエスカレートしていくのが怖い。。。






抹茶の香り
織部(おりべ)

ほろ苦い抹茶のグリーンとふわっとした泡立ち。すっきりとした甘さが残ります。

さらりと甘い☆
ワサンボンの香水

キラキラとした微細な輝きに覆われて、口にふくむと淡雪のようにふわりととろける...
そんな極上の砂糖菓子をイメージしました。




裏千家初釜式 2016年 Hatsugama (the first tea ceremony of New Year)

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毎年1月16日は裏千家の「初釜式」
前のお席には安部総理がおいでになる。

今年も家元のお濃茶席で、大宗匠がご挨拶においでになり、90を超えて立ったり座ったりとおみ足もお丈夫。

みなにお元気に声をかけて下さるご様子に嬉しい気持ちがする。
アイドルなみに人気がおありでいらっしゃる。


大正会の話をすると、「ああ、(自分も)大正会の生き残りだね」
と懐かしそうにおっしゃった。


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御門とお庭の前で撮っていただくのも恒例になった。
日本家屋はエレガント、日本庭園とは、本当に贅沢なものである。



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半襟をつける neckpiece on a kimono 

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今日は、遠州流宗家の点初式。

着物は白に「やり梅」の刺繍に、金のつづれ帯を合わせてみた。
これは40年前の母の着物を、20年前に私のサイズに仕立て直した中でも特に気にいっている。

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近頃では着物を着る機会がめっきり減って、年のせいか、段取りを忘れてしまう。

なので、お着替えの準備は早くしておかなければならない。

ならないのだが、やはり日々忙しくて、先延ばしにしてしまうものである。
なにしろ、洋服と違って小物が多い。

なんといっても一番の苦手なのが、半襟を長じゅばんに縫いつけること。
毎日付け替えをやっていれば要領もよく、すぐできるのだろうが、たまのことだと億劫である。

慌てるほど、すっきりいかなかったり、縫う順番も間違えたりして、3度も縫い直したこともある。



半襟は長じゅばんの一部。
考えたこともなかったが、下着の一部をあえて見せる民族衣装というのは、世界でも珍しいそうだ。

襟がパリッとしているとカッコイイのは、カッターシャツと同じ。
上手につけるためには、やはりたくさん縫って慣れることだと反省。

着物を着るお茶席は好きだけれど、茶道を生業(なりわい)にしたことがないので、やっぱり甘さがでるなあ。


上にちょっと写っているのは、唐子のピンクッション。
これも昔から裁縫箱にはいっている。















母の茶道⑧志野 「卯花墻(うのはながき)」写し The Way of Tea

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国宝の志野(しの)茶碗「卯花墻(うのはながき)」の写し・・・のつもりだそうである。

「母の茶道⑦日本陶芸倶楽部」で、母の陶芸道楽について書いたが、これは母の焼いた志野茶碗。
下の赤い土がうっすらと透けて、灰色の模様もやわらかな味わいである。

サインは「くにこの九二」

手にすっぽり入るくらいの小ぶりの志野で、重さもちょうどよく、
今は、私が愛用している。

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このところ「母ネタ」が多いのだが、毎日その動向をウォッチしているとまったく飽きない。

くどいようだが、母は本当の趣味人であって、ただ自分が面白いと思うことだけをやっている。
だから見ていても面白いのだが。

人に見せるつもりはないので、プロからみたら稚戯(ちぎ)にも等しいものだろうから、
私がこうしてこっそり発表していることを知ったら、えらく気分を損ねるだろう。

しかし今年90歳の母は、インターネットをやらないのである。
しめしめ。。

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ある日の朝、いつでも私が自分で飲めるよう、ダイニングテーブルの上に茶碗と茶せんと棗(なつめ)など、お道具一式が用意してあった。
正式のお点前をするものではなくて、本当に抹茶を飲むためだけの道具。


というのも、母が毎朝「つづきお薄」のお点前をするのを、時々、横から私がさらっていたのだが、

「精神統一が乱れるから、もう自分で立てて」
と、いわれてしまったのである。

『人がいたら精神統一できないのは、修行が足りないのでは・・・?』
などとは口がさけても言えない。。。


四角い箱は、昔、母の実家で使っていた煙草盆(たばこぼん)である。

煙草盆と言っても、時代劇なんかでキセルをポンポンとやる、あれである。


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朝、起きて、私は食事はとらない。

その代わりに、薬缶(やかん)にお湯を沸かし、
小さな干菓子をひとつつまみ、
ひと椀の抹茶を自分で点(た)て出し(お点前なしでささっと立てること)して飲む。

さわやかな苦み。

寝ぼけた頭がすっきりするし、庭の雀を見るのもまた楽し。
しゃきしゃきと出勤するのであった。










母の茶道⑦ 日本陶芸倶楽部 Pottery

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この志野(しの)のお茶碗は、古いものの写しではあるが母の作品である。

「志野の茶碗は60歳を過ぎて使うもの、と言われたものだ。今はそんなことあまり気にしないみたいだけど・・・」

そういいながら、母は朝のお茶をたててくれた。


-若い頃には似合わなくて、年を取ってからこそふさわしいもの。-

そういうものが、この世にはあるというのが、とても素敵なことのように思える。



私の小さい頃は、母はいろいろなお稽古ごとをしていて、その中の一つに陶芸があった。

原宿駅の近く、東郷神社(とうごうじんじゃ)のそばにある「日本陶芸倶楽部(にほんとうげいくらぶ)」の正会員を長くしていた。

私が言うのも生意気なのだが、母は素人ではあるが、作品にはなかなか洒落たものがあるし、それを日々使って、自分で楽しんでいるのがとてもいいと思う。


昔は陶芸倶楽部の建物にエレベーターがなく、足の悪い母は上の教室まで登るのが大変だということで、80を前に辞めてしまった。

それからだんだん会員の年齢層が上がって、今ではエレベーターも出来たらしい。

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上の写真はまた別の志野茶碗。

こちらは、同じ会員仲間であった、当時の出光(いでみつ)の社長、出光昭介氏の作品。

実業家であって本職の陶芸家ではないが「出光さんは玄人(くろうと)はだしだった」とは母の弁。
1989年に母が購入したものである。


毎年、日本陶芸倶楽部のチャリティー展示会が日本橋三越で開かれ、
気に入って買ったようである。

母も義理で出品していたのだそうが、せっかく苦労して作ったものが売れてしまっては困るので、
「売れないように、売れないように」と願っていたそうである。

残れば最後は自分で買う。だから、あまり値段が高くつきすぎても困るとか?なんとかかんとか。
ややこしいお稽古の世界。


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志野には、荒々しい作風のものもあるが、これはふっくらとして優しいところが、少し枯れた女性の手には似合うような気がする。





☆年末年始のお休みについて
12月26日(土)から1月5日(火)まで、休業とさせて頂きます。

母の茶道⑥織部  Oribe

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昨日の続きであるが、私が横入りして母のお手前のペースが狂ってしまったため、翌日は「続きお薄(うす)」とは別に、盆点(ぼんだ)てでお抹茶を点(た)ててくれた。

お茶の四方山話(よもやまばなし)は、その場面にならないと出てこないもので、本を読んだだけではわからないことがたくさんある、

この日も織部(おりべ)の話になり、
「11月には、茶碗だけでなく、香合でも、菓子器でも、何か織部のものを一ついれるといい」のだという。

お道具で重なるのは野暮だから、織部を複数使わないのは分かるけど、
「え、じゃあ、他の月は織部使わないの?」
と尋ねると、

「いやー、とにかく11月に使うといいということで、他の月に使ってはいけないかどうかはわからないし、今は年中、使うみたいだから。どうなんだろうねえ」
とはっきりしない。

はっきりしないが、どうも昔はそのように教わったらしい。
まさか私がここで発表するとは思っていないので、のびのびした発言である。



「11月は炉開き(ろびらき)があるけど、月の最初の亥(い)の日にするといいのよ、今はあんまりいわないけどね。猪は多産だから、縁起がよくて、それで、亥の子餅(いのこもち)を出すの」

亥の月(旧暦)の亥の日の亥の時間に、亥の子もちを食べる習慣は古く禁裏にもあって、源氏物語にも登場する。

今年も炉のお手前に変えたばかりのときも、半年振りになるので、「やっぱり手順を思いだすのに時間がかかったよ」とのこと。

というような話しを、断片的に聞くので、とにかく忘れないようにとここに書きとめておく。






母の茶道⑤ 朝茶を二服 Chanoyu

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茶道で「朝茶(あさちゃ)」、といえば朝のお茶事のこと。

また、「朝茶は二杯」というように、朝のお茶は1杯ではなく、2杯飲むものということわざがあるが、こちらは煎茶のことのようだ。


ここでは「朝に抹茶を飲む」という意味で、「朝茶」ということばを使ってみた。

 

以前にも書いたように、母が毎朝、自分のためにお茶をたて始めたのは40代のころで、もう続けて50年になる。

正の人なので、女学校の正課には茶道があったから、お茶を学んでからは70年以上だろう。 

  

母が朝の日課にしているのは、続きお薄(おうす)といって、濃茶(こいちゃ)の後に続けてお薄を点(た)てる手前なのだが、自分で二服(二杯)飲むので、少なめのお薄にして2回飲む。

 

私はこの日、いつもより少し遅く家を出たので、母の朝のお茶に居合わせることができ、一つ横から頂くことにした。

 

小さなお菓子をぱくっと食べて、お薄を頂く。

母のお薄は、濃茶用の抹茶を使っているので、味と香りに深みがあってすごく美味しい。

 

しかし、私が割り込んだために、話しかけられたり、普段とは道具の位置が変わってしまったので、途中で母の手が止まってしまった。

 

「あ、蓋置にコレを置くのを忘れていたから、ここがうまくいかなくなっちゃったんだわ。ひとつ手順を間違えると、先へ進まなくなってしまう。お茶のお手前(てまえ)とは、本当によく考えられている」

 

確かに、私もいつも思うのは、茶道とは、お道具の位置から手順から、究極の効率化が計られているので、お点前さえ体で覚えてしまえば、段取りのわずらわしさから解放され、心からお茶の滋味を楽しむことができる。

ただ、お道具の種類や、季節やさまざまな要因によって、覚えきれないくらいの決まり事やたくさんのお点前があるので、すべてを覚えこむのは難しいのだが・・・。

 

せめて母のように、基本のお点前がきれいにできて、お茶を頂く所作が美しくできるようにありたい、と願う。

 

もう握力が弱くなっているのか、茶せんを振るのがゆるいので、お抹茶の泡はあまり立たない。

母の年齢を感じて少し寂しい気がするが、本人はそういう感傷はみじんも感じさせず、溌剌(はつらつ)と一日を楽しもうとしているのが何より励まされる。


口で言われるより、日々の積み重ねを見ることが、心に深く沁みていくのだった。





 

カジノキ② 梶の葉のお手前 Broussonetia papyrifera

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木の名札を読んで「カジノキ」とあった時、ふとこの葉を使った手前(てまえ)を思いだした。

梶の木の葉は、切れこみが無く卵形のこともあるし、葉が裂けて3つになったり、かしわもちを包む葉の様に5つに分かれることもある。


このカジノキの大きな葉は、茶道の夏の薄茶席で、水指の蓋に使うことがある。

昔、娘時代に通っていた茶道の先生のお庭はちょっとした広さがあり、お茶で使う茶花などさまざまな植物が植えられていた。


七夕の時期、夏の暑い日に、「今日は葉蓋を使いましょう」といって、庭から切ったばかりの梶の葉を、お水屋の鉢の中に数葉つけてあって、涼しげだったのを覚えている。

水指の上に蓋の代わりに梶の葉を置いて、風炉のそばに運ぶ。

お手前の中で、葉蓋は開けたら折りたたんで建水に捨ててしまう。

葉蓋を右手で取り、縦二つに折り、茎が左に向くように横にむけて、三つか四つに小さく折りたたみ、折った葉にちょっと穴を開け茎の端を差しこんでとめ、建水の中に伏せて入れる。


この葉は、一回のお手前で一枚使ってしまうので、お稽古の人数分が必要である。


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これは5月の梶の花と葉。
切れこみが無く素直な葉の形だ。
先生のところで使った梶の葉も、切れこみが無かったように思う。



古来この梶の木の葉には、短冊の代わりにして和歌を書いていたそうである。
もともと、コウゾの仲間で紙の原料にもなるから不思議ではない(んじゃないかな)。

冷泉家では特に、七夕にこの葉を用いて歌を書く行事がある。


そんなことから葉蓋の手前をこの時期に行なうのかもしれない。

お茶の先生には、お手前のおりおり由来を聞いたはずなのだが、忘れてしまったことの方が多い。
シーンだけが切り取られて記憶の中に留まっているばかり。


オハギ,ボタモチ,OHAGI,Botamochi

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スタッフのH子嬢のお母さまが、手作りおはぎを持ってきてくださった。

黒い塗りの箱を開ける。
スタッフから、「わあーきれいー」と歓声があがる。

外がもち米で中が小豆のおはぎはたまに見るけれど、これはさらに、ピンクのお花を模したしゃれた作り。

お味もあっさりと甘く。ほんのりとした塩味が上品。
ランチの後の満腹でも、別バラとばかりにペロリ頂いてしまった。

春のお彼岸は牡丹の季節だから「ぼた餅」、秋は萩の季節だから「おはぎ」、というのが諸説の中で有力のようだ。

季節の中で出来た日本の習慣だから、「それがふさわしいし、そうであって欲しいな~」というのが私の気持ち。


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「では、せっかくのおいしいお菓子なので、今日は抹茶にしましょう」

食後にはお薄を点(た)てて順番にいただく。
水屋(キッチン)での立てだしではあるけれど、お濃茶用の抹茶なのでお味はいいはず。


昔、母が私にお茶をたてながら話してくれたように、お茶の濾し方、茶せんの扱い方など、みんなに説明しながら立てる。
やっぱり、見ると聞くでは大違いだと思うから。


「お薄をたてるときは、茶せんを椀の底にゴリゴリ擦ってはいけないのよ。茶せんがすぐにダメになってしまうでしょ」
「こうしてね、さっくりと泡立てたら、最後は上の方を軽く捌(さばく)くと細かな泡になるのよ。」

「のの字を書いてできあがり。私は裏千家だから全体に泡が覆うけど、表さんは三日月の様に端の方にすっと残す感じ」

「やたらとあわ立てるとかえっておいしくないのよ。スフレじゃないんだから」

きちんとしたお稽古では無くても、こんな風に日常に楽しめるのが気張らなくていいと思う。
一人でも楽しくて、大勢でもにぎやかな、お茶のひととき。





織部焼(おりべ)Oribe 香合/ incense case 母の茶道④

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これは、織部焼(おりべやき)の香合(こうごう)。
形はギボウシ(擬宝珠)、ニ代目池田瓢阿(いけだひょうあ)先生の作である。

二代池田先生は十年ほど前に亡くなられてしまったが、籠師(かごし)、竹芸家として作品を作られる傍ら、教室も開いておられていた。陶芸もお好きでよくなされたと聞く。

母は長い間、この池田先生に「お籠」の手ほどきを受けており、そのむかし新年会かなにかで、この香合を頂いたものである。


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先日、お茶を飲みながら織部の話をしていると、母は思いついたように、押入れから織部焼の沓茶碗(くつぢゃわん)とこのギボウシの形の香合(こうごう)を出してきた。

「そういえば昔、これ見たことあるかも。」


沓茶碗の方はあまり感心しなかったけど、この香合は小さくて、丸くて、味わいがあって好きだ
どことなく剽げたところが可愛い。


なんでも、11月のお茶事(ちゃじ)には、ひとつ織部焼のお道具を混ぜるとよいのだとか。

ただし、ギボウシの形のお道具は、お彼岸のときに使うべきものなのだそうである。
ギボウシとは、橋の欄干についている玉ねぎのような形をした飾りである。
(植物については、過去に「ギボウシュ(擬宝珠)HOSTA」で書いているのでそちらを読まれたし)

いろいろな決まりごとは、その場面になってみないと話題に登らない。
せっかく聞いても忘れてしまいそうなので、ここに書きとめておくことにした。





簡単!抹茶を濾す方法 tea ceremony 母の茶道③

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簡単レシピ!調のタイトルにしてみたが、いたってまじめである。

茶道で使うお茶は、普通の煎茶などの茶葉とは違い、碾(ひ)き臼で細かい粉に挽(ひ)いてある。

そのため湿気を吸いやすく、保管したままの状態でお茶をたてると、きれいに溶けないでダマができてしまう。

飲んだ後に舌につぶつぶと粉茶が残ったりすると美味しくないし、茶碗の底に残ったりするのも見苦しい。


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そこで、茶濾しとか茶ぶるいとか呼ばれる道具でお茶を濾してから使う。
今回のお抹茶は、一保堂の雲門の昔を使ってみた。

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濾すときは、網目の上の抹茶を刷毛などで掃(はら)うらしいのだが、うちでは昔からビー玉を使う。
本式なのかはしらないが、粉が飛び散らずにとてもいい。


母の家のは大きいサイズなのだが、アトリエでは邪魔にならない小さい缶を使っている。

2-3個のビー玉を抹茶と一緒に入れて缶の蓋をしめる。



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軽く振る。
中でビー玉が踊るのが手ごたえでわかる。


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ほんの十回ほど振った後、缶のふたをそっと開けると、すっかり抹茶の粉は下に落ちている。


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濾し器の部分を取り外し、底にたまった抹茶をへらですくい、なつめや中次などのお茶を入れる入れ物の中に移す。

残った分は翌日まで冷蔵庫に入れてしまっておくこともある。

これはもちろん、水屋(みずや・お茶室の横にある下ごしらえをする場所)でする、いってみれば楽屋裏の作業。

缶は錆びてしまうので洗ってはならない。
きれいな布などでぬぐうだけでよい。

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あとは、手前(てまえ)のとおりにお茶をたてれば、滑らかな味わいとなる。

家では昔から当たり前のように目にしていたので、気にも留めなかったのだが、調べてもこのことについてあまり書いていないので、はたして一般的なことなのかなあと疑問に思っている。

ひょっとしたら、「よそさまでそんな裏方の話をするもんじゃない」と母に叱られるかもしれない。












母の茶道② tea ceremony

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40代の頃からだから、もう半世紀近くになるだろう。
母は毎朝、お薄(おまっちゃ)を自分のために二服(二杯)たてる。

来年90歳になろうとしているが、いまだに元気なのは、ひとえにこの緑のお茶によるものだろう。

部屋の一角に小さなコーナーをしつらえ、誰に見せるわけでもないが、季節に応じて飾り付けをし茶碗を変えて楽しんでいる。

お道具は自分の気にいったものを使う。
名物(めいぶつ)ものにはこだわらず、意匠が合えばむかし海外旅行で買った蓋物を香合(こうごう)に見立て、カフェオレボウルを抹茶茶碗にすることもある。


数寄物(すきもの)とは、生業(なりわい)とせず芸事に打ち込むこと。
母は茶道の準教(お茶名のひとつ上)ではあるが、お茶の先生として生計をたてたことはない。

ただ、歳時記を生きている人だ。


その季節季節に関わることを、なにやら話しかけてくるのだが、こちらはふんふんとうなずいているものの、耳の中を右から左へ通り抜けるばかりでたいして聞いてもいない。

それでいて、よそで何かのおりに年中行事など目にすると、デジャヴュのように思い出すのだ。


最も長く一緒に過ごしたひとが、深いところに影響をおよぼす。
この年になってようやく気がつくのは、一番の先生は母親であったということだ。

母親の佇(たたず)まいって、大切だ。



ほたるかご 蛍篭 HOTARU KAGO 母の茶道①

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蛍篭(ホタルカゴ)という意匠の中次(なかつぎ・薄茶器、抹茶の入れ物の一種)。

薄茶器全体が、蛍篭(ほたるかご)を表している。
夏草に止まる蛍が、黒い漆の上に描かれ、明滅している。

黒に黒なので、遠目には紅い点しか見えない。
よく見れば闇の中にも翅を広げた蛍がそこかしこ。

季節を表す、とても風流な絵柄である。

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しかしこれ、5月の末から6月2日までの、ほんの3日ほどしか使われない柄なのだそうだ。


母いわく、
「5月に入って晴天が続いた後、雨がたくさん降る。翌日になってよく晴れると、清流では蛍がいっせいに孵(かえ)るのよ。それで、蛍籠というのは、その時期にだけ使う、季節のお道具なの」

365日のうちに、たった3日しか使わない茶道具。

蛍籠の柄は夏の間は使えるものだと思っていたから、そんな話を聞いてびっくりした。
まったく、この年になっても知らないことはたくさんある。


蛍籠は中次だけでなく、なつめや炭斗(すみとり)にも意匠が使われている。


「このところずっと晴れていたから、水が減って蛍はどうなるかと心配してたけど、大雨が降ったでしょう、だからきっと今頃は、蛍がいっぱい飛んでるんじゃないかと、よかったなと思って。」

母の昔の住まいの傍に水辺はないはず。いったいどこで見たのかと問えば、
「そんなの、日本中どこだってそうよ。」
と軽く言われてしまった。


「でも、3日しか使えないなんて、いったいどうやって知ったの?お茶のお稽古で教えてもらったの?」
と聞くと、
「人に聞いたわけではなくて、いろんなお茶の本を読んでいるうちに知ったの。」
と言う。

来年は90歳だから。
ローマは一日にしてならず。
こんどその出典を発掘しなければ。

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いつか私がお茶の先生になったらと、母は私の若い頃から一通りのお稽古道具はそろえてくれていた。
しかし私にその気がないとわかってからは、場所ふさぎだからと、母は人にあげたりして処分してしまった。

確かに、お茶器だけでもこんな風に数日しか使わないものがある。
茶碗から水指から建水、炉や釜、台子など、季節ごとのお道具は置いておくだけでもきりがなく、都心にそんなスペースをいつまでもとっておけない。


その中でも私好みのものだけを頂戴し、少し手元に残している。

どれも、お稽古用のたいした物ではないけれど、こんな物語があるということがとても素敵なことだと思う。



母は常日頃お茶の四方山話をしていたのだが、右から左に聞き流していたものを、ようやく本気で覚えようと書きとめておくものである。




点初式 Hatsugama (the first tea ceremony of New Year)

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16日は遠州流御宗家の点初式(初釜)でした。
朝からの雨、しっとりと濡れたお庭がとてもきれいです。

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玄関脇には七草の飾りがさりげなくて素敵でした。
この日はグレーに白の綸子(りんず)を着ています。

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お初釜 その2 New Year's Tea Celebration URASENKE 2014

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気がつけばもう1週間、 16日は裏千家の「初釜式」であった。
前のお席には安部総理もおいでになられた。

今年も大宗匠のお顔を拝見しご健勝のご様子に安堵する。

 

初けずりのお茶杓は毎年干支にちなんで銘をつけられる。

今年は午年(うまどし)。
うすれゆく記憶の中ではあるが、確か大宗匠は「白馬蘆花」という御銘の白竹のお茶杓。
当代お家元の御銘は「鉢盂裏走馬」(馬が先であったかもしれない)と思うが、煤竹(すすたけ)のお茶杓で、鹿毛の馬に黒い鬣(たてがみ)のように、茶杓の櫂先(かいさき)の方から節にかけて黒い一筋(すじ)がさしていたのが印象的であった。

また、今年のお勅題(ちょくだい)に合わせて「静」という御銘の伝来物も拝見させていただいた。

 

毎年お庭の前で撮っていただく。
常盤の松というが、いつまでも元気にいたいものである。

 

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昨日の続きになるが、母はお茶を生業(なりわい)としたことがない。
もっぱらの道楽で、弟子は取らないが準教(茶名の上)である。

女学校から茶道を習っていたが、結婚し子供たちに手がかからなくなってからは自由になり、全国のお茶席をまわるようになった。また自室にてこの40年、毎朝一人で続きお薄をしている。


そっと覗くと、「お手前頂戴いたします」「お続けいかがですか」などと言いながら、自ら飲んでいるのが身内ながら偉いと思う。

お道具は高価なものではないが季節の取り合わせをして楽しんでいる。本当の数寄者(すきしゃ)というのはこういうのを言うのだろう。

 

 

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お初釜 その1 New Year's Tea Celebration

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年が明けたと思ったらもうすぐ節分。日々の速さに驚いてしまう。15日は遠州流、16日は裏千家と、 先週はお家元の初釜が続き慌ただしく過ぎてしまった。

毎年、お祝い膳を頂いた後、干支の入った板と口取りの器を持ち帰る。
十二支も3順目、板も器も一つづつ増えていく。前の七宝紋を模した形から片口のシリーズになって、このたびは渋いお色である。

 

87になる母は足が辛いのでこの15年あまり遠慮しているが、若いころはかなりの茶道楽であった。各流派の初釜から始まって光琳茶会など大きな茶会に通年忙しく、そういったところでいただいた扇子やらが何十本も溜まったそうである。

初釜から私が戻ると母は、お家元はどうであったとか、お母様はご健勝かなど、ご家族のご様子を楽しげに聞くのが毎年の習いである。そして40年近く前になるのか、顕彰会、大徳寺の孤篷庵で若き日のお家元と一緒に喜左衛門井戸茶碗を拝見したくだりを、やはり毎年必ず拝聴するのである。

 

不傳庵での点初式は人数も少なくゆっくりとしたお席なので、いつも終わるころは日が暮れる。
薄茶がすんで障子をあけると、庭に明かりがひとつふたつと灯(とも)り格別の風情である。

 

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玄関前にて

月に雁の抹茶椀 Anser albifrons

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いつも1階のサロンで抹茶をいただいているので、たまには11階のアトリエでもお薄(うす)を立てましょうということになった。

 

「このたびは~ 私が点(た)てます~ 」
お茶を習っていたH子嬢が点(た)ててくれることになった。


家からおかあさまが造ったというお抹茶椀を持参したH子嬢。
おかあさまはなかなかの粋人である。

唐津っぽい内側の緑釉(りょくゆう)の一部がいい感じに弾いて、まるで雁(かり)が並んで飛んでいるように見える。

ちょっとへこんだ形も面白く、色も素敵なお茶碗である。

 

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まるで雲がおぼろにかかった月に雁が飛んでいるよう。

-雲居の雁もわがごとや(源氏物語「少女」)-

 

H子嬢の点(た)て出しでいただきながら、しげしげと茶碗を鑑賞。

「ねえねえ、雲居の雁(くもいのかり)なんて銘はどうかしら。お母さまに聞いてみて」と勝手に名づけてみた。

「え~ どうでしょう~ 」とさりげなくかわすH子嬢は、いつも猫のようにしずしずと歩く。

 

 

「雲がなければ嫌で候」(月には)くもがなければいやでそうろう、言ったのは茶人の村田珠光(むらたじゅこう)である。

何でも完璧では面白みがないものだ。

 

 

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一服のお茶  Cha

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ほっと一服。

開けたての新しい抹茶で、L子ちゃんの立てた「お薄(うす)」はおいしい~。

 

初釜 裏千家 "the first tea ceremony of the New Year"

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16日は茶道裏千家の2013年の初釜式にお招きしていただいた。

 

点初め(たてぞめ) enshu-ryu 2013

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道には昨日の雪がまだ残っている。
ぞうりでは心もとないと思い、下駄をはいていくことにした。

家を出るとよく晴れて、思ったよりは暖かい。

先に見えるのは桜のようだ。冬に咲く、十月桜かと思う。

金平糖 あじさい confetti

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寒色系の金平糖(こんぺいとう)をあじさいの葉に乗せてみた。

なんとなく気分がさっぱりしない雨の一日。
6月のお薄茶の干菓子としていかがかと。
実はこれは母のアイデアで、いつもちょっとした遊びを取り入れている。

裏千家 初釜式 2012年

 

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昨日は市谷加賀町の裏千家の初釜式。

裏千家お家元の初釜に母が伺いはじめてから40年あまり、京都も伺ったが東京はそのころは四谷麹町にあった。

点初め(お初釜) 2012年 遠州流御宗家

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遠州流御宗家で今年も点初め(たてぞめ・お初釜のこと)に伺わせて戴いた。


昨年は先代が旅立たれて、また今年のお勅題が「岸」ということもあり、お席の工夫もいつもとは少し異なっていた。

「喪」のお道具はないが静謐な空気のしつらえで、新しい年の初めに陰になりすぎない御配慮を感じた。

お茶席全体が「岸」というテーマと、辰年の「龍」によって調えられている。

お茶のプチお稽古③

いままではいつもコーヒーだったのだけど、
ときどきは、打ち合わせに見えたお客様にも抹茶をお出ししている。
皆様とってもおいしいとおっしゃる。

 

お茶のプチお稽古②

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このお茶碗は浅く口が広いので、本来は夏用の茶碗だ。
冬だと早く冷めてしまう。


 

お茶のプチお稽古①

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せっかくだから、L子ちゃんとお茶のプチお稽古?をしようということになった。

 

といっても何かかしこまったことではなくて、サロンの朝の始業のときに、お薄を「立て出し」で戴こうというだけのことだ。

 

 

11月15日、七五三のお茶

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今朝は母のお手前をちょっとのぞいて、横からお薄を一服(杯)頂戴する。

朝の「続きお薄」は、いつもは母ひとりで二椀飲むので量は少なめ。

 

辰砂の茶碗

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辰砂(しんしゃ、cinnabar)とは本来、鉱物の硫化水銀(HgS)である。

赤い塊の結晶で、中国の辰州で産出されたことからこう呼ばれた。

焼き物の「辰砂(しんしゃ)」は、この鉱物を使うわけではないようだが、色合いからこのように呼ばれるらしい。

日本の飾り結び  組紐

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紐結びの技術は世界中にあり、それぞれに歴史をもっていますが、日本ではとくに装飾性を重視した飾り結びが非常に発達しました。

茶道裏千家 お家元 初釜2011

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そして昨日に続いて、今日16日は市谷加賀町の裏千家お家元の初釜に席入りさせていただいた。

遠州流ご宗家 初釜 2011

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今年も茶道遠州流ご宗家(お家元)の初釜に伺わせていただいた。

梅 光琳茶会  /Fleur de Prunier

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 梅と言えば尾形光琳、光琳と言えば紅白梅図。熱海のMOA美術館にある。

 

茶の世界史 中公新書

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「茶の世界史」は緑茶の文化と紅茶の社会というサブタイトルがついている。角山栄氏によって1980年に書かれた本である。

 

裏千家御家元 初釜 2010

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昨日に引き続き今日も裏千家お家元の初釜に伺う。京都の裏千家は昨日で終わり、東京でのお初釜は今日から始まる。

御本立鶴茶碗(ごほんたちづるちゃわん)

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8月というのに気分はもう、秋。こんな日はあたたかい土の手触りがほっとする。淡い紅色の班が浮いて、やさしげである。「御本立鶴茶碗」という。

銘 柿のへた 茶碗 抹茶

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ちょっと早いけれど、この茶碗の銘は「柿のへた」という。

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