Parfum Satori

大沢さとりの休日読書の最近のブログ記事

菜の花忌(なのはなき)伊藤静雄 春のいそぎ

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アスファルトの道路の脇にも、菜の花が咲いている。
もこもこと鮮やかな緑と黄色のコントラスト。


3月12日は、伊藤静雄の命日「菜の花忌」。

伊藤静雄は中原中也らとともに同人誌で活動した詩人で、三島由紀夫にも影響を与えたという。
正直この人の名はあまり知らなかったのだが、菜の花を調べているうちに行き当たった。


「春のいそぎ」という詩集のタイトルに惹かれて読んでみた。
春という明るい響きに反して、戦争という時代の哀しさ、憤りを抒情的に記している。


こうした、耽美的な詩なり文章を書く作家は、早世する人が多いような気がする。
世の中を渡っていくには、感情の襞(ひだ)が柔らかすぎるのだろうか。
はたまた、健康すぎるものには、詩情がわかないものなのか?


あるひ、伊藤静雄を年少の友人、それも剣道二段の、かつ詩人志望の受験生が訪ねて来る。
彼は勉強中に、裏山の蝉の声に耐えられなくなると語る。

静雄は言う。
「蝉の声がやかましいようでは日本の詩人にはなれないよ」

といいつつも、その心情を理解するのである。


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「なづな花さける道たどりつつ
家の戸の口にはられししるしを見れば
若者や勇ましくみ戦に出で立ちてここだくも命ちりける
手にふるるはな摘みゆきわがこころなほかり 」
伊藤静雄 春の急ぎ 「山村遊行」より一部抜粋






パリのマダム MADAME CHIC

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マダム シック。
58~78歳のパリのすてきなマダムたちの写真集。
撮影はパリ在住のフォトグラファー、YOLLIKO SAITOさんによる。

タイトルどおり、登場するマダムたちはシックでファッショナブル。どなたも生き生きとした笑顔が美しい。
そしてとてもカッコいいのである。


「美しさは内側から輝くこと」

頭ではわかっていても、なかなか自分ではできないものだが、具現したマダムたちの姿を見ていると、本当に胸が晴れやかになるような気持ちである。


YOLLIKOさんとは10年前にご縁があって、パリに行くたびにお茶やお食事をご一緒する。
このたびもマレのカフェで、出版されたばかりのこの本を拝見した。


ページを開くたびに出会うマダムを見て「年をとることはステキなこと」なんだって、とても感動した。

YOLLIKOさんいわく、
「何歳代の女性とおつきあいしたいか、フランスの男性にアンケートをとったところ、あらゆる世代から最も多く支持されたのが50代だった」
という。

20代の男の子がなぜ?と思ったら、そこはリアリストなフランスの若者らしく
「若い女の子からは得るものが無いから」
とはっきりしているそうだ。

子育てや家庭のことなど一通り終えて、人生経験が豊かになる年代、それが50代から。


どうしても「若さ=美」、と容貌の衰えに不安を感じる女心ではあるが、シワを超越した美しさ、価値があることに気がつけば、ずっと気持ちが楽になる。

若い男性(あらゆる世代も)から「ただ年をとっているだけで、得るものがないヒト」と言われないように、自分を磨いていくのはもちろんのこと。

女性から「私もこんな風に年齢を重ねたい」というロールモデルにもなりたいものだ。


とはいえ、皆さんおしゃれには気合が入っている。
クオリティの高い素材、センスのよいファッション。

「カッコよく年を重ねる」、それには経済力もちょっぴり必要かも。






書店に寄って KINOKUNIYA BOOK STORE

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あまりにも忙しく疲れていて。

毎日、紀伊国屋書店のすぐそばを歩いているにもかかわらず、
頭の中が「今日!、いま!すぐ!」やらなければいけないことでいっぱいで、
書店に寄ることも、本のことを考えることすら忘れていた。



ほんの50メートル横にそれれば書店の入り口。
本当はすぐに戻って仕事を再開しなければならないのだけれど、
「ちょっとだけ・・・」
とふらふらと足を向けて見た。

しばらく来ていなかったので、やっぱり続きものの新刊が出ている。
「わっこれも!あれも!」
早速購入♪

佐藤賢一の「小説フランス革命」と、宮城谷昌光の「湖底の城」。
これ、楽しみにしてたんだよね~。

本を買うとどうしても読みきるまでやめられなかったりする。
なので仕事が忙しいときはご法度(はっと)なのだが、

「秋の夜長とも言うし・・・」

一人いいわけなどしつつ、本を手にほくそ笑む。



洋服を買いに行くのはちと億劫だが、花屋と本屋にぶらっと行くのは娯楽である。
ただなんとなく訪れるのが楽しい。


いわゆる「作業」に忙殺されているときは目の前のことを片付けることでいっぱい。
楽しい気分でなければ、ものを書いたり、作る気持ちにならない。

こんな風に、
「今日、いま、すぐに役に立たないこと」
に燃えるって云(い)うのが、生きているってことかな~。




☆パルファンサトリの毎月のサンプルプレゼント、予定数終了しました!応募ありがとうございました。

もうすぐパルファンサトリの新作が発表です。次回をお楽しみに・・・。




「四季」VIER JAHRESZEITENの2部「夏」Sommer/Goethe

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「何ゆえ、私は移ろいやすいのです?
おお、ジュピタアよ」と美がたずねた。
「移ろいやすいものだけを美しくしたのだ」と、神は答えた。
                         
        ゲーテ詩集 高橋健二訳 新潮文庫 166p


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"Warum bin ich vergänglich, o Zeus?" so fragte die Schönheit.
"Macht' ich doch", sagte der Gott, "nur das Vergängliche schön."                          
                        VIER JAHRESZEITEN「四季」の2部 Sommer「夏」より
                                                            Johann Wolfgang von Goethe


ハマダイコンの花 Raphanus sativus var. raphanistroides 

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それはたいてい忙しくて、それどころじゃない時に限って急に読書がしたくなって、近所の紀伊国屋書店に走ったり、アマゾンで手あたり次第に買ってしまう。

 

そんな時はあっちこっちの本を読み齧(かじ)ったりして、行儀が悪い。
わけが解らなくなったりするのは消化不良してしまうから。

混沌が秩序へ、読んだものが本当に血肉になるまでには、やっぱり数年、または数十年単位で考えないといけない。

 

 

今更乍ら心をとらえているのは谷崎潤一郎。
さらに三島由紀夫、丸谷才一、井上ひさし・・・。と言えば、読み物の共通項はすぐにわかる「文章読本」。

読み書きをわかりやすく説いた随筆で、読んだからといってすぐ文章がうまくなるわけじゃない。
実用本と呼ぶような安っぽいものでなし、これ自体は「へえ」とか「はあ」と、感心しながら読むばかりの趣味の本。

 

「陰翳礼賛」で傾倒していた谷崎読本を最初に読んだ。三島はちょっと鼻につく。丸谷才一の読本が面白かった。井上自家製文章読本は現在読書中。

 

文中に挿入されている例文、これがすごい。名だたる文豪の文章を選んでいるから、さすがに引きこまれてしまう。

「今、自分は文章読本を読んでいる最中」

ということすら忘れて、そのたった一ページの引用文の世界に引き込まれてしまう。三島の文章読本では、川端康成の短編「夏の靴」。あっという間に馬車の横を走っている自分がいた。。


、文豪という人たちはやはりすごいなあ。全作品を何度も読まないと批評なんかおそれ多くてできないや。

 

そういった引用元の小説もまた読んでみたくなる。 森鴎外とか漱石とか、大人になって再読するとまた新鮮。

 

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でも、よくわからなくても子供のころや若いころに一度名作を読んでおくのはいいことだ。
モリモリと、栄養を詰め込んでおく。

そして、成長の過程で2度、3度、読み返して咀嚼する。

それにしても、名作本だけでも読み切れないくらいあるし、植物の名前も覚えきれないくらいたくさんある。知るほどに知る己れが無知。

おまけに9割忘れるから、まるで「ザル」で水をすくうようだ。なにがザルの穴に引っかかるかはその時の心境次第。その一粒が、砂金であればよし・・・。

実用の役には立たぬかもしれない。
読むこと自体が楽しかったらそれもいい。

 

写真はハマダイコン。

ピンクの花の、親しみやすく丈夫な春の花。

花は派手だがあまり根は太らず、食用にはならない。

 

 

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こぼれ松葉 佐藤春夫 Haruo Sato

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 「海べの恋」 佐藤春夫


こぼれ松葉をかきあつめ  をとめのごとき君なりき、 こぼれ松葉に火をはなち  わらべのごときわれなりき。


小学6年生の頃、詩を書いたり観賞する詩集クラブというのを作っていた。

小学校当時、この詩は初恋のような淡い気持ちを歌ったものものだと思い、ノートに書き写していたものだ。

しかし高校生になって、もっと情念のこもったものだという背景を知った。

 

佐藤春夫は谷崎潤一郎の妻と恋に落ち、のちに結婚したものである。

 

いわゆる不倫と略奪婚になるのだが、これは谷崎が別の女性と結婚したいがため春夫に押し付けたのだとか、この「谷崎周辺の一連の情事」は、人間性と文学作品まとめて穢(けが)らわしいものと感じられたので、長く遠ざけることとなり谷崎文学を読むことはなかった。

 

だがなんだって本当のことなど、だれもわかりはしないものだ。
少しは大人になり、文学作品ではないが「陰翳礼賛」や「文章読本」など、谷崎の書いたものも読むようになった。

 

私の子供時代の読書のことは4年前に書いている。

➤2009年6月22日 秋の日のヴィオロンの/ヴェルレーヌ

本質的なところはませた子供の時とあまり変わっていないので、今となっては「おとなこども」というところ。

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花の多い時期はそちらに気を取られ、松の緑をあえて撮ろうとは思わないのだが、冬枯れの中では美しい緑が鮮やかに見える。

過去の写真フォルダを見ると、1月に松の写真が多いのはそういうわけなのだろう。

 

 

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種子(たね)Seeds

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種子(たね)は、自分が何者なのかは知りませんでした。
種はただの、種だったからです。

 

自分が何の花だったかも覚えていません。

かつて落ちたであろう朽ち葉の上に、また幾層もの落ち葉とさまざまな虫の死骸と土が積み重なり、深く沈んでいきました。

日の射さない土の中で長く種子は宿っていたのです。

それは暖かいゆりかごのような、長い長いときではありましたが、
種は時間の目盛を知りませんでしたから、
それが長いのか短いのかもわかりませんでした。

 

あるひ、時が来て種子は目覚め、そしてその胚の一部が盛り上がって、どうしても閉じた世界の中から伸びて行こうとする力を止めることができませんでした。

しかしそれがどこに向かっていくのかも、わからないことだったのです。

閉じようとする心に抗(あらが)いながら、白い双葉は殻を開き土を割り、外を目指して進んでいきました。

 

不思議の国のアリスがキノコを齧(かじ)ったとき、部屋の天井より巨大になるのを止めようがなかったように、種はただ、そうせざるを得なかったから、そうしたのでした。

 

真っ暗な部屋から外界に出たときに、それは何と輝きに満ちた場所だったことでしょう。

しかしそれはもっと危険な場所でもありました。

 

柔らかなそよ風でさえ!

生まれたての小さなひょろりとした双葉にはまだ、頬を打たれるほどの痛みを与えるものでした。

 

花の死が、次の命・・・結実の始まりのように、種子の終りにあるのは芽生えです。この苗は若木になれるのでしょうか?、若木はやがて巨木になるのでしょうか?

春夏秋冬、これから幾たびの死と誕生を繰り返していくのでしょう?

 

 

この物語はここで終わりです。なぜならこれは種子の一生だからです。

 

 

種子の前を歩いている人はいませんでした。
そのため、誰かを手本にすることはできなかったのです。

人は誰かと同じになることはできません。
でも自分自身になら、なれるでしょう。

 

どんぐりの種は樫の木に

わたしはわたしに、あなたはあなたに、
なれるでしょう。

 

その素晴らしいあなたになれるかは、努力次第。

 

 

 

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赤い蝋燭と人魚 The Mermaid and the Red Candles

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和蝋燭(ろうそく)は、洋ろうそくに比べてすすが少なく長時間持つという。

櫨(はぜ)の木の実から採れる蝋(ろう)で作られる。
櫨(はぜ)はウルシ科の植物で、古くは暖かい西日本で栽培され全国に出荷された。

蝋は漆(うるし)の実からもとれるが、櫨のほうが大きく収穫量が多い。


寒い北の国、米沢の上杉鷹山(うえすぎようざん)は漆蝋(うるしろう)で産業を興し藩財政を立て直そうとしたが、南の櫨の蝋が流通したことによりうまくいかなかった。

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小川未明の「赤い蝋燭と人魚」は小さい時によく読んだ有名な童話である。
短いがとても悲しい、暗い話。

舞台は日本海に面した北のある漁村がモデルになっているという。

 

老人夫婦に拾われた娘は人魚の姿をしていた。娘はお宮に備える蝋燭に絵付けをして生計を支える。やがて蝋燭の海難除けの効果が評判になると、娘の美しさと珍しさを狙って人買いがやってくる。 人魚の娘は檻に入れられ連れ去られてしまう。

 

その後の結末の凄惨さより怖かったのは、あれほど神様からの授かり物と大切にしていた娘なのに、お金のために見世物に売り渡してしまう、鬼のような老夫婦の変貌ぶり。

信仰心が篤(あつ)く善良な人間も、欲の前にはこんなに弱いものなのか。
人は、心に鬼を飼っている。



 

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一心に蝋燭に絵を描く娘のひたむきさが一層哀れである。


赤に塗りつぶされた最後の蝋燭はもう人々を守ってはくれない。

吾輩は猫である I Am a Cat "Natsume Soseki"

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低気圧というのは体がだるくなり、眠く、かつおなかがすくようだ。

いつもよりたくさんの食料を買い(なぜか台風の前はつい買いすぎてしまう不思議な心理)、この連休に家で一気に仕事の遅れを取り戻そうと考えていたのであるが、連日の睡眠不足に加え台風の低気圧のせいか眠くてたまらず、今朝はさっぱり起き上がる気になれない。

夜明けごろ風雨が強まった気配である。


いつもより3時間も寝坊して朝食をとった後、どうもだるくてちょっと横になる。
テレビでは台風速報が流れている。
常には見ないテレビも、こんな心せわしい日は意味もなくつけてしまう。

 

先般よりキンドルを持って移動中の車中でポツポツ読んでいるうちに、寺田寅彦先生の書に、夏目漱石氏との交流について書かれている文をみつけた。

寺田寅彦随筆集の「夏目漱石先生の追憶」という中に、「吾輩は猫である」に「水島寒月」という書生で登場していることが書かれていある。そこで久しぶりにこの「・・・猫である」を読んでみようと、これもまたキンドルに入れておいたものである。

ところで、ちょっと横になった時にキンドルは片手で持ちやすい。画面の下が少し広くなって親指で支えやすく、重さもちょうどよい。(依頼されたわけではないが、うまい宣伝文句だ。)

 

横になったついでにそのキンドルを開く。学生のころの課題図書として何度も読んだこの「吾輩は猫である」、こんなときにはよく知っている本のほうが気が張らないでよい。

あってもなくても気が付かないバックグラウンドミュージックのごとくリラックスして読める。10ページほどしたところで眠くなった。いつの間にか眠っていた。

夢の中で小説のつづきを見た。明治の風俗を着た人々が笑いさざめきながら部屋の中に出たり入ったりしている。
つけたままにしたテレビの音が夢の中に入ってきたのかもしれない。

 

目が覚めると同時に夢の細かいディティールはすっかり忘れてしまった。
のどが渇いてキッチンにいきお茶を飲み、おやつを食べたところでまただるくなって横になる。

いったん止んでいた風雨が昼頃に再び強まり始める。

なんとなく続きが楽しみでまた読み始める。思いのほか面白い。こんどは10ページ以上読んだかと思う。眠くなるところをもうちょっとがんばってみたがいつの間にか眠っている。また夢を見る。

起きてはボーっとしながら軽食を取り、また本を読みながら眠って・・・を幾度となく繰り返す。こんな風に祭日を過ごすのはいったいどのくらいぶりだか忘れた。

 

「吾輩は猫である」はあまりにも有名だし、よく知っている気になっていたが、数十年ぶりに読んでみると「え、こんな内容だったっけ?」ときれいさっぱり忘れていた。 

100年以上前に書かれているにもかかわらずまったく古臭くなく、非常に新鮮である。
もちろん明治のこととて男尊女卑や差別的表現が随所にあり、古典だから許されることではある。
しかしベーシックに流れている人間社会の悲喜こもごも、は現代と一つも変わっていないように思われる。

全編にあふれるペーソスを交えたユーモア。「太平の逸民」の章は特に面白い。
超俗でありたいと俗骨を軽蔑しながらも、煩悩を捨てきれない「吾輩」のご主人、珍野苦沙弥(ちんのくしゃみ)に共感する。また、次々と出てくる登場人物ひとりひとりが魅力的である。

 

そもそも寺田先生の随筆を読んだだけでもその人柄はよくわかるけれど、

漱石先生お気に入りだったという若き書生の寺田寅彦がモデルとなった「寒月」氏も篤実な人柄で、漱石先生の目から見た寺田像とほぼブレがないように思われる。

固いようで洒脱、そして文学と科学の横断的な発想。そんな弟子を輩出できるというのも漱石先生の大きさあってのことだろう。

中谷宇吉郎「雪」の随筆から入り、その師の寺田寅彦にさかのぼり、さらに「吾輩・・・」を再び読んだ時にその柔軟な思考の系譜が夏目漱石につながっていることを理解できたのである。

 

昼過ぎには雨風はやみ、台風が去ると同時に体の上に載っていた重しが軽くなり、夕方からだんだん体が目覚めてきたようである。

本はまだ半分ほど残っているのでもうちょっと読みたい気もするが、もう休日はおしまい。
しかし明日からのスケジュールを考えると、再び重くなる。

明治の1日は小説と同じくらいのゆっくりのペースで 流れていたのだろう。胃弱にでもなって昼寝を日課とする英語教師、珍野苦沙弥先生がうらやましい気がしてきた。

 

 

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キンドル KINDLE ② 秋の夜長 

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昨日からのつづき・・・しかし結局キンドルを使うことなく戻ってきてしまった。

 

帰国後はそれはそれで慌ただしく過ぎて、その存在をしばらく忘れていたのだが、ふと思い出してキンドルを取り出してみる。

あれこれ触っているうちに、無料の本が読めるのを発見。
使い勝手を最初に試してみるのにいいなと思って探しているうちに、前々回に書いた「寺田寅彦随筆集」を見つけたのだ。

先生の本は280冊もあってちょっとづつダウンロードしても読みがいがある。

 

電車に乗る時など移動中にちょっと読むのにとてもいい。

出がけにはいつも何の本を持っていくか悩むし、結局モードが違って読む気になれないこともあるから、その時の気分で選べるのもいいし。

それに、フォントがかなり大きくなるし画面が明るいから読みやすい。
いつも気に入ったフレーズがあるとページのヘリを折ったり付箋紙を付けるのだが、ハイライトという機能があって、検索もできるからとっても便利だ。


といいことばかりのようだが。

 

昨日、これを書いているうちに、
「もしかしたらアイフォンとかスマホでも同じようなことができるのだろうか?」
(どっちも持っていないけど)

とアナログな私が気になって調べたところ、一度キンドルを買えばどの端末でも同期して見れ、
なんと私の持っているタブレットでもキンドルをダウンロードできることがわかった。

そうしたらより大きな画面で見れるじゃないですか!
便利って言葉あまり好きじゃないけど、すごく便利・・・。
(でもまだアプリを入れるのに成功していない)


もともと新聞や週刊誌は買わないのだけど、いずれ捨てる運命のものは本当にペーパーレスで十分な気がしてきた。(1973年オイルショックのデマではあるまいし、新聞がなくなってもトイレットペーパーは十分に足りるであろう。)


・・・でもいずれ捨ててしまうものに価値があるのかよく分からなくなってきた。

 

本当に好きなものは紙の本を買う。
やっぱり、気に入った本は紙の本でとっておきたい。

で、寺田寅彦先生に触発されて、紀伊国屋書店で「徒然草」の教本を買ってきた。
高校生の時はちっとも感動しなかったが、あらためて読むと含蓄があり、この年齢ならでは理解できる面白さ。

徒然草にかかれているのは今も変わらぬ人間模様。
人間って進歩しないんだなあと納得。

これはまた別の機会にするとして話を戻す。


キンドルはページからページへワープできて高次元だけど、紙の本だって十分に3次元的。

どこに何が書いてあるかは本の厚みを探って、パラパラとすればいろんなことを一緒に思い出す。
テキストの赤の書き込みは、映像として記憶に残るし。

どちらかというと寄り道しながら行きつ戻りつするのが楽しい。
それに本からは知識を得るだけでなく、紙の手触りやめくる音、においなど五感で楽しむことができる。(なめることはしないので味覚はないけど)

 

実用には利便性を求め、娯楽は不便を喜ぶ。
アナログはプリミティブで、プリミティブは最高に貴族趣味だと思うけど!

つまり紙の本がなくなるのが心配と言っても、くだらない本は捨ててしまうし、良書は残るものだ。
これってビブロフィリアとは違うでしょう?

 

 

 

パルファンサトリ・メンズ マザーロード66

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キンドル kindle ① 秋の夜長

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アマゾンのキンドルに限らず、もちろん「電子書籍」なるものは以前より知っていたがあまり関心がなかった。

もともと紙が好きで、本の手触りやめくる感触にこだわりがあったので、実体のない媒体で読むことに抵抗があったのだ。

紙を捨てることで大事なものをなくすような気がして。

しかしよく考えたら、多くの情報は新聞や雑誌よりもインターネットという電子媒体で得ているし、このブログもそれを使って書いているわけである。

 

キンドル(Kindle)を知人にすすめられたとき、あらためて「これは旅行によさそう!」と思った。

キンドルを紹介してくれたGさんは、よくアメリカからペーパーバックを買うのだが、
「キンドルにしてからは送料もかからないし、本自体もとても安いのよ」という。「それに、辞書機能がついているから、単語をちょっとなぞるだけで英英辞典がひけるの」 

「和書は電子化されている書籍の種類が少ないし、洋書ほど割安感がないのだけどね・・・」
とはいうものの。


いつもフランスへ長期旅行に行く時には、文庫本を20冊くらい持っていく。
さらさらと読めるような時代小説とかが中心だ。

読み切れないことも多いのだが、帰りは在仏日本人の人においていくととても喜ばれる。

だから今回もそうするつもりだったのだが・・・。

 

彼女から聞いたのが出発3日前、アマゾンから翌日配達だっていうので
「キンドルならこれ1つでいいじゃん!」

とばかりにタイミングよく買ってしまった。

 

しかし手荷物トランクの浅いポケットにほうりこみ、成田空港のラウンジで使用説明を1回読んだきり。

今回のフランス滞在の1か月は、一日なんだかんだと寝るまで暇がなく、結局キンドルを使うことなく戻ってきてしまった。

 つづく

 

 

寺田寅彦随筆集 地震国防  

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6月にキンドル(KINDLE)を買ってから1か月あまり使っていなかったのだが、何気なく手に取ってみているうちに便利さに気が付いた。

このところキンドルが離せない。

そんなある日、キンドルのストアで「寺田寅彦随筆集」を発見した。
寺田先生は明治、大正、昭和にわたる物理学者であると同時に防災研究で社会に貢献した方である。

そもそも中谷宇吉郎随筆集で寺田寅彦先生のことを知ったのだった。
中谷先生は「雪は天から送られた手紙である」という言葉で有名な雪の研究者。

その師の寺田寅彦は「天災は忘れた頃にやってくる」という言葉(実際にこの言葉は書き残されていないそうであるが)で有名な自然科学者であり、随筆家である。
夏目漱石と交流があり「坊ちゃん」や「三四郎」の登場人物のモデルにもなっているという。

 

これらの随筆の中では、本当に「科学的な考え方」というものを、子供にかんで含めるようにやさしく説いている。
難しいことを易しく伝えるのがもっとも大変なことであるし、ユーモアとは真のインテリジェンスである。

ほかの分野との横断的な思考、芸術、文学など、話題が豊かで読み飽きない。

一冊づつは短いけれど280冊もありすべて無料で読める。
もともとはインターネットの青空文庫で出しているものなのでパソコンでも開けるのだが、キンドルなら移動中に読みやすい。

興味深そうなタイトルを、何冊かづつダウンロードしては読む。

 

その教養と造詣の深さはとても伝えきれないのであるが、
その随筆の中に災害大国の日本の防災について書かれた章が多数あり、今日は防災の日ということもあり青空文庫から一部引用させて頂いた。

 

「震災日記」は関東大震災に遭遇した寺田先生が、その前後数日を書き留めたものである。
8月24日の加藤首相薨去の報から始まり、9月1日に上野で震災に遭い、震災2日後の9月3日で終わる。

混乱と恐怖の町中を歩き、冷静な目で観察された記録である。
淡々とした語り口が一層リアリティを感じさせる。

 

・・・八月二十六日 曇、夕方雷雨
 月食雨で見えず。夕方珍しい電光 Rocket lightning が西から天頂へかけての空に見えた。丁度紙テープを投げるように西から東へ延びて行くのであった。一同で見物する。この歳になるまでこんなお光りは見たことがないと母上が云う。・・・

九月一日(土曜)

・・・東照宮前の方へ歩いて来ると異様な黴臭い匂が鼻を突いた。空を仰ぐと下谷の方面からひどい土ほこりが飛んで来るのが見える。これは非常に多数の家屋が倒潰したのだと思った、同時に、これでは東京中が火になるかもしれないと直感された。 ・・・

 

「地震国防」など、どこをどう抜粋していいかわからないほど、全文がみっしりと密度が濃い。

80年前の昭和の初めに、今の日本に喫緊の問題を 説いているのである。
本編には単なる警告だけでなく、なぜ同じことが繰り返されるのか、人間の心理と社会のしくみ、防災対策などまで述べられている。

 

天災と国防 

・・・しかしもしや宝永安政タイプの大規模地震が主要の大都市を一なでになぎ倒す日が来たらわれわれの愛する日本の国はどうなるのか。小春の日光はおそらくこれほどうららかに国土蒼生を照らさないであろう。軍縮国防で十に対する六か七かが大問題であったのに、地震国防は事実上ゼロである。そして為政者の間ではだれもこれを問題にする人がない。戦争はしたくなければしなくても済むかもしれないが、地震はよしてくれと言っても待ってはくれない。地震学者だけが口を酸っぱくして説いてみても、救世軍の太鼓ほどの反響もない。そして恐ろしい最後の審判の日はじりじりと近づくのである。・・・

時事雑感 (昭和六年一月、中央公論)

 

「津波と人間」

昭和八年三月三日の早朝に、東北日本の太平洋岸に津浪が襲来して、沿岸の小都市村落を片端からなぎ倒し洗い流し、そうして多数の人命と多額の財物を奪い去った。明治二十九年六月十五日の同地方に起ったいわゆる「三陸大津浪」とほぼ同様な自然現象が、約満三十七年後の今日再び繰返されたのである。
 同じような現象は、歴史に残っているだけでも、過去において何遍となく繰返されている。歴史に記録されていないものがおそらくそれ以上に多数にあったであろうと思われる。現在の地震学上から判断される限り、同じ事は未来においても何度となく繰返されるであろうということである。・・・

・・・中略・・・「自然」は過去の習慣に忠実である。地震や津浪は新思想の流行などには委細かまわず、頑固に、保守的に執念深くやって来るのである。紀元前二十世紀にあったことが紀元二十世紀にも全く同じように行われるのである。科学の方則とは畢竟「自然の記憶の覚え書き」である。自然ほど伝統に忠実なものはないのである。
 それだからこそ、二十世紀の文明という空虚な名をたのんで、安政の昔の経験を馬鹿にした東京は大正十二年の地震で焼払われたのである。 

 

青空文庫作成ファイル:このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

 


 

'Mignon'Johann Wolfgang von Goethe

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Kennst du das Land, wo die Zitronen blühn,
Im dunkeln Laub die Gold-Orangen glühn,
Ein sanfter Wind vom blauen Himmel weht,
Die Myrte still und hoch der Lorbeer steht?
Kennst du es wohl?
Dahin! dahin
Möcht ich mit dir, o mein Geliebter, ziehn.

'Mignon'Johann Wolfgang von Goethe

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君知るや南の国
レモンの木は花咲き くらき林の中に
こがね色したる柑子は枝もたわわに実り
青き晴れたる空より しづやかに風吹き
ミルテの木はしづかに ラウレルの木は高く
雲にそびえて立てる国や 彼方へ
君とともに ゆかまし

(森鴎外 : )

 

 

 

 

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▶ English blog  http://parfum-satori.com/blog/parfum-satori-blog/

 

▶パルファンサトリ  "Nuage Rose(ニュアージュローズ・ばら色の雲)"

南仏コートダジュールの夕暮れどき、空のキャンバスいっぱいにバラ色とスミレ色が交差し、やわらかな雲の波間から海へと光が差し込む...そんな美しい情景を香りに託しました。

目を閉じて香りをまとうと、心にやさしい色と輝きがひろがり、新しい旅へと誘われる...。
ニュアージュローズは人生の喜びや美しさを情緒豊かに感じる女性のための香りです。

トップノートは「ラ・フランス(洋梨)」のとろけるフルーティをピンクペッパーコ-ンで引き締めています。続いて広がるバラとスミレのピンク色のアコードに、ジャスミン・アブソリュがさらにやわらかく調和します。

ラストはパウダリーなサンダルウッド。ふわふわのイリスを贅沢に使い、 軽やかに導きます。

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土を喰う日々 水上勉 MIZUKAMI TSUTOMU

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「土を喰う日々」(水上勉)、発行日の1982年と言えば、もう30年も前のこと。

水上氏が丹精込めて育てた野菜を丁寧かつシンプルなひと皿にして出すという、12か月の旬をつづった料理エッセイである。

  

 

柳田国男 日本の昔話 tales of old Japan

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日本の昔話。小さい頃、繰り返し読んだおとぎ話。

猿のしっぽがなぜ短いか、とか、クラゲの骨がなぜないか、など、すっかり忘れていた話も、柳田国男氏が歳月をかけて集めた「日本の昔話」集を久しぶりに読んだら あらためて思い出した。

 

若い頃、キャンプの夜、ひろい座敷に大勢の布団をしいて寝転びながら、小さい子供たちに昔話や創作のものがたりをした。

サンタクロースっているんでしょうか? Is there a Santa Claus?

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最近では、「サンタクロースがいる」って何歳くらいまで信じているのかな?

たいてい、友達の中に

「あのね、サンタクロースなんていないんだよ」
と訳知り顔で言いだす子がいたりして、聞いた子は不安になってまた親に尋ねる。

 

私の読書遍歴3・・中学校の図書委員  library

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高校生から同じクラブ活動で、生涯の友となった I(アイ)江。
中学の時はそれほど親しくなかったのだが・・・。

 

思い出の切れ端はなぜポップアップして飛び出してくるのだろう?

夜中ベットに入ってから突然ひらめいて、寝床に携帯を持ち込む。

 

「ねえ、そういえば Ⅰ江って、中学の時図書委員じゃなかった?」

そんな風に彼女にいきなりメールしてみた。

王妃の調香師ージャン・ルイ・ファージョンー perfumerur de Marie-Antoinette

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「マリーアントワネットの調香師」は、フランス革命前後を生きた調香師「ジャン・ルイ・ファージョン」の波乱に満ちた一生の物語である。 

フランス・ヴェルサイユで発見された文献をもとに、2007年エリザベット・ド・フェドーによって書かれた。

異国の香り ボードレール Parfum exotique/Fleurs du mal

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悪の華Fleurs du mal異国の香りParfum exotique 

Fleurs du mal Parfum exotique

Quand, les deux yeux fermés, en un soir chaud d'automne,
Je respire l'odeur de ton sein chaleureux,
Je vois se dérouler des rivages heureux
Qu'éblouissent les feux d'un soleil monotone;


Une île paresseuse où la nature donne
Des arbres singuliers et des fruits savoureux;
Des hommes dont le corps est mince et vigoureux,
Et des femmes dont l'oeil par sa franchise étonne.


Guidé par ton odeur vers de charmants climats,
Je vois un port rempli de voiles et de mâts
Encor tout fatigués par la vague marine,


Pendant que le parfum des verts tamariniers,
Qui circule dans l'air et m'enfle la narine,
Se mêle dans mon âme au chant des mariniers.

-- Charles Baudelaire

 

団扇(うちわ) /秋扇(しゅうせん) Uchiwa (Japanese fans)

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まだまだ暑いのに、8月7日の立秋を過ぎたら、急に日差しが秋めいて感じられる。

これは可愛いうちわのお菓子。
中に牛皮(ぎゅうひ)が挟んであって、外は軽い薄焼のもなかのような生地。

しっとりぱりっとおいしい。
銀座あけぼのの和菓子。

 

植物園の巣穴 梨木香歩 Kaho NASHIKI

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植物園の巣穴かあ・・・。
大阪出張の帰り、新幹線の待ち時間にちょっと立ち寄った書店にて、魅力的なタイトルの本を見つけた。

帯に「月下香の匂ひ漂う一夜。」と書いてある。

手にとってパラパラとめくり、時間がないので「あとがき」を先にちら読みすると「静かで温かなゴールが用意されている」という一言があり、買うことにした。

ちょっと疲れた時に、やさしく癒してくれるような本が読みたかったから。

 

三人の糸つむぎ女 グリム Brüder Grimm

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グリム童話に「三人の糸紡ぎ女」という物語がある。

新宿御苑の千駄ヶ谷門をはいるとすぐ、とても大きなスズカケの木が三本あって、
私はいつもこの木に会うたびに、この「三人の糸紡ぎ女」を思い出すのだ。

                  Ψ Ψ Ψ

ある娘が王国のお后にみこまれ、王子のお嫁さん候補として糸紡ぎの試験を受けることになりました。
しかし怠け者の娘には糸を上手に紡ぐことができません。

「ジュード・ジ・オブスキュア」トマスハーディ/Jude the Obscure

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お気に入りのこのバラ、ジュードジオブスキュア。

1891年に書かれた「Jude the Obscure」という同名の小説があるので、そこからつけられたのだろうか?

日本語のタイトルは「日蔭者のジュード」

えっ・・やだー、なんかイメージ違う・・・

おしゃべりな花  telltale flowers

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その花壇にいるちょっぴり見栄っ張りな花たちは、美しくあるためだけに作られました。


 

カーターリースヒェン/グリム童話

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グリム童話の中でも白雪姫、イバラ姫(眠れる森の美女)、灰かぶり(シンデレラ)などは有名だ。

また、3人兄弟のテーマはよく登場するが、このケースはほとんど末っ子が成功する。
ほかにも寓話(擬人化された教訓)であったり、勧善懲悪とか、苦労した末にハッピーエンドといったパターンの物語が多い。

しかし、愚かな人間の日常を描いて最後まで愚かなまま終わる、というような、何を言いたいのかよく分からない、ヘンな話はあまり知られていないだろう。

 

カーターリースヒェンもそんな話の一つである。

シンデレラ グリム童話②

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昨日、シンデレラのことを書いていたらまた物語を読みたくなった。
ディズニーのカボチャの馬車に乗っていく「シンデレラ」ではなく、グリムの「灰かぶり」 のほうだ。

この年になるまで「グリム童話」を何回買っただろう。
文庫だから、いつの間にかなくなってしまうのだが、ふと思い出して読みたくなる。

 

シンデレラ サンドリヨン グリム童話 ①

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女の子の夢、私も大好きな「シンデレラ」の話。
なんで今まで書かなかったのかな?

「シンデレラ」と「サンドリヨン」の違いを聞かれて、ふと書いてみる気になった。

 

次世代香粧品の「香り」開発と応用 出版

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このたび、先端技術・産業情報書を数多く手掛ける「シーエムシー出版」から、「次世代香粧品の香り開発と応用」が出版されました。

 

本書籍は15名の共著による香粧品香料の専門書で、高砂香料工業㈱の丸山賢次氏が監修されたものです。

 

「大沢さとり」は第一章の「ファイン・フレグランス」項を執筆、最新データーによる世界のフレグランスの動向や将来性、グローバル・マーケットにおける日本のスタンスと開発のあり方などについてまとめました。

バラと王子様 プチ・プランス

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そして、ついにある朝、ちょうど日の出の時刻に、姿を見せたのである。
その花は、たいそう念入りに化粧をしたので、欠伸をしながら、

「ああ、やっと目が覚めたわ・・・ごめんなさいね、まだ髪が乱れたままで・・・」

(プチ・プランス 新訳 星の王子様 サン=テグジュペリ著 川上勉 甘楽美登利 訳 :p40)

 

十牛禅図(じゅうぎゅうぜんず) /休日読書

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実家の化粧室に、小さな額がかかっている。

白い紙の真ん中に大きな丸が一つ。
そして下に小さく「八、人牛俱忘」と書いてある。

 

いつも見るたびに「この絵はなんだろう・・・?」と思っていた。

しかし外へ出ると忘れてしまい、ときどき絵を掛け替えることもあって、
長く聞かずじまいだったが、ある日機会を得て母に尋ねてみた。

 

これは十牛禅図(じゅうぎゅうぜんず)、「牛を探して旅に出るうちに、ついに悟りを得る」という中国の物語。
禅の知恵を十枚の絵でつづった、八番目なのだそうだ。

 

「なんで八なの?」
「十番目じゃあんまり人間が出来すぎだから、八くらいがちょうどいいと思って飾ってみた・・・。」
そういう母は八十も半ば。


 

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そして歳月が過ぎ、つい先日また母の部屋でこの本を発見。

本当は難しい古典を、わかりやすく解説した書だ。
もう一回ちゃんと知っておこうと借りて読んでみた。

 

十牛禅図は、牛=本当の自分を探す旅の物語。
般若心経の「空」を知り、悟り(さとり)に至る道を十枚の絵と詩にしてある。

くどくは書かないが、探し求めて自分を発見して、悟って終わりではなくて道半ば。
そこからまた先が長いのが面白い。

 

一の「尋牛(じんぎゅう)」は、自分探しの旅に出るところから始まり、つかまえたリ御したりの苦労はあるものの、四でもう牛=自分「得牛(とくぎゅう)」を得てしまう。

 

「五」で飼いならし、「六」ではつかまえた牛に乗って家に帰る。
これを「騎牛帰家(きぎゅうきか)」という。

迷いをすてて、道を進むことだ。
自分と牛(本当の自分)が一体になって迷いがなくなり、満足した状態になる。

もう、ここで終わりでも充分ではないか、という気分になってくる。

 

しかし「七」で悟ったことを捨てて、「八」で悟った自分自身さえを捨ててしまう。
これもまた、し難いことだ。

 

さらにまた「九」で返本還源(えんぽんげんげん)、ありのままをあるがままに受け止め

「十」の「入鄽垂手(にってんすいしゅ)」で俗世間に戻ってくるところで終わる。

 

この思想にはとても大陸的なおおらかさを感じる。

ちょっと入門の本を読んだだけで理解できるなんて思わないし、自分が生きているうちにここまでいけるなんて到底考えられない。

 

本来修行は厳しいだろうけれど、苦行をしたからと言って「さとり」きれるかといえば、そうでないのかもしれない。

むしろ、苦労すればこそ、執着して「悟り得た」ことを捨てることができない。
苦労しただけで悟れたような気持ちになることもあるかもと思う。

「普通ではない自分」がえらいと思ったりして「普通」を見下したりする。
これはまた、表裏でもあったりして。

 

無から始まって無に戻る、それは同じところへ戻る無ではないのだと思う。


 

年をとるほどに無邪気になっていく母を見ていると、私も生きているうちに「六・騎牛帰家(きぎゅうきか)」」くらいまではなりたいものだ、と思う。

 

 十牛図は難解な本でいままで解説書もなかったそうだが、この本は大胆な翻訳でかかれた入門者のための翻訳本である。「十牛禅図」 松原哲明 著

➤Rose Poem http://www.youtube.com/watch?v=9O5bn-1RlNU

➤南仏の花と香料  http://www.youtube.com/watch?v=l-DlMH27l6s

 

 

 

幸福な人

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あるところに、国一番の大富豪がおりました。

たんぽぽの種  坂村真民 めぐりあいのふしぎ

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たんぽぽは春のイメージだけど、7月、いまだにこんなにきれいなままのたんぽぽの種を見つけた。

幸せとよろこびに生れつく人あり

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終わりなき夜に生れつく人もあり

 

 

"Poison" by Dior    Perfumes and novels-3

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There are several interesting perfume selections in modern literature as well.

"JOY (Jean Patou)" in Yukio Mishima's "La Vertu chancelante".

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Recently, perfume has even helped build a movie character.


Some famous perfumes also appear in Japanese classical literature.


In "Sanshiro" (by Soseki Natsume - 1908) the heroine Miyako wears the famous perfume "Heliotrope". The role of perfume is not so important still, only faintly expressing heart intricacies between men and women (even though it was daring enough at that time).

It is only expressing her romantic inward emotions towards him, and not expecting or wanted something from him.

Heliotrope is also known to be one of the first perfumes which came to Japan. When we consider such backgrounds of the period this book was published, it is true that there certainly were not much perfume choices at that time.


However, Miyako's whispers "stray sheep, stray sheep", which symbolizes their relationship surely has a connection with the perfume name "Heliotrope".

Therefore, maybe it had to be this perfume.


50 years later, in 1957, appears the perfume "JOY (Jean Patou)" in Yukio Mishima's "Bitoku no Yoromeki(La vertu chancelante)".

JOY is a perfume with a gorgeous image, made with luxurious ingredients, so called the Rolls Royce in the perfumery world. The heroine Setsuko was wearing this perfume.


This perfume appears when Setsuko prepares herself with extra care to go on her first date.


Assuming the period this novel was written, perfume was still a very special luxurious item. But it is certain that he has selected between the few choices the most appropriate one for his main character.

It is true that "JOY" is perfect for a gracious upper-class woman like Setsuko. 


Chanel is not appropriate for her. She is a different type of woman. Setsuko does not have any wit, she is simply elegant and it is only natural that Jean Patou's "JOY" was selected in order to make her stand out in the novel.

Mishima explains in his novel. "In today's world, not having an ambition is being elegant, therefore Setsuko was elegant. Being elegant is the equivalent of being beautiful. Men dream more about the elegant woman not so beautiful, than a beautiful woman of a row house in the back alley." (From "Bitoku no yoromeki" pg. 6)


Mishima's novels are read once, but rarely read twice. 

The beautiful expressions are studded like jewels in the chapters but they are so aesthetic and filled with decadence that the mental health seems to be eroded.

A poisonous flower of an exceptionally beautiful fragrance.


 


"Rebecca (by Du Maurier )" Perfumes and novels-1

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Perfumes do not appear in many novels.

 

中谷宇吉郎随筆集 硝子を破る者

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雪の研究で知られる中谷宇吉郎博士の随筆集から、樋口敬二氏が編集した岩波文庫の一冊である。

本田宗一郎一日一話

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ホンダの創始者である本田宗一郎氏の言葉が、一日一話ずつ、全366話の短いエッセイになっている。

アンティーク香水と本③ 古い処方

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古い香水の処方が書かれた、調香師のためのアンティーク本。

アンティーク香水と本② コティのアンブル・アンティーク/ラリック

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香水を知らなくても、ラリックと言う名前と、コティのアンブル・アンティークのボトルを見たことのある人は多いと思う。



このアンブル・アンティーク(Coty Ambre Antique 1905)の香水は、オポポナックス的なバニリンの甘さの有る香り。

匂いは確かに、香水瓶のとろみのあるブラウンと、優しい女性の姿をイメージさせる。

たぶん、この香りを知っている人はあまりいないだろう。
たとえ、瓶の底に残っていたとしても、それは製造当時の香りとは違うから。

 

 

フランスのベルサイユには、古い処方を元に香水を再現している博物館(Osmotheque・オズモテック)がある。(調香師の学校ISIPCA・イジプカ併設。)

館長(であり、ゲランの姪)のニコライさんに案内してもらった時、再現したアンティーク香水の数々を嗅がせてもらったのだ。

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不思議なことに、美術館にあるような有名な香水瓶の中身は、どんな匂いかあまり知られていない。

ひとつには、香水マニアと、香水瓶のコレクターは分かれていて、片方にしか興味がない人が多いこと。
香料のことは知っていても、美を感得する才能はまた別のものだったりもする。

 

また、初めから観賞用に作られた、ボトルだけのものもある。
それは、棚に陳列され、ただ眺められた。 

 

さらに、香水瓶が芸術的でも、中身の香水は凡庸だったりする。
そういったものは、調香師の間では評価されていないから、研究、シミラー(絵画で言う模写)などされなかった。

自然、入れ物だけが残り、中身の情報は失われてしまう。

コティがラリックに香水瓶の製造を頼んだ時代は、天然香料が中心で、種類が限られていた。
ローズ、ジャスミン、オレンジフラワーなどの花の匂い、ハーブ類、樹脂や、アンバーやムスク・・・。

今でこそ合成香料の発展により、香料の数が飛躍的に多くなったが、当時の香りの組合せのバリエーションは少ない。
アンティーク香水の多くは、たいがい似た顔(香り)をしている。

 

もうひとつ、高価なボトルと言うのは、何万本も作ったりしない。
使う人の数が限られる。

 

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ラリックはアート性の高いガラス工芸も作った一方、量産品の香水瓶も作った。
ラリックの素敵なボトルで、ストーリー性のある香水はいろいろある。

ダンラニュイ(夜に)、ジュルビアン(私は帰ってくる、再会)の青いロマンチックな瓶。

ラリックの息子の代に作られた、ニナリッチのレールデュタンは2羽の鳩のボトル。

 

調香師としては、数が出る香水に対してはポテンシャルが高い。
エポックメイキングになる香水とは、多くの人の手に渡ってこそ、という面もあるのだ。

 

 

本当に香水の世界は広く、奥が深い。
知識の断片だけを誇っても意味がない。

歴史という樹の幹の、どこに花(ブランド)が咲き、どんな種子(香水)を結んだのか、それを知るものがその果実(美)をもいで、味わうことができる。 

 

アンティーク香水の骨董本・パリ

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今から10年ほど前、パリの骨董本専門の店で見つけた、アンティーク香水の本。

レベッカ/ デュ・モーリア(Rebecca)

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デュ・モーリアの「レベッカ」は、18の私のとびきりのお気に入りだった。

雪のにおい

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東京でも昨日から雪がたくさんふっている。
春と冬を行ったり来たりする今の時期らしい。

天からの手紙 「雪」中谷宇吉郎 

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あの有名な、「雪は天から送られた手紙である」という言葉を生んだ、
中谷宇吉郎博士は「雪」の研究の第一人者である。

小説の中の香水②

 

香り全般はもとより、香水が登場する小説は、あまり多くない。

小説の中の香り①

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小説の中の香りの描写は多いとは言えないが、非常に効果的である。

Jean Patou JOY(ジョイ) 「美徳のよろめき」三島由紀夫 

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Jean PatouのJOY(ジョイ)は、三島由紀夫の「美徳のよろめき」の中で、ヒロイン節子がつけていた香水である。

人形の家 イプセン

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おととい書いた、「私の読書ノオト」に、有名なイプセンの戯曲「人形の家」が載っていた。

私の読書ノオト

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「私の読書ノオト」と気取ってみたが・・・、思春期の頃の雑記帳だ。

江戸古地図で見る池波正太郎の世界

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小さい頃からの時代劇ファン、昔からずっと江戸古地図が欲しいと思っていたところ、銀座の本屋で「池波正太郎の世界」という地図を見つけた。

大正会夜話 帯谷瑛之助

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とってもレアでコアな本「大正会夜話」は、大正生まれの会のその綺羅星のようなメンバーの魅力をひとりづつ語った、今でいうエッセイである。著者は自らも会員の帯谷瑛之助氏。

 

何でも信じるお姫様 続編

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昨年書いた、「何でも信じるお姫様」というブログを読んだ知人から、この話の全文が載ったサイトを教えてもらった。

永遠のゼロ 百田 尚樹

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「永遠のゼロ」(百田尚樹)というタイトルは書店でよく見ていたが、世の中のランキングにはまったく興味がなくて素通りしていた。

就寝の儀式

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本を読むことは、就寝前の儀式のようなものだ。

何でも信じるお姫様

 

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昔、ある国になんでも信じてしまうお姫様がいました。

宮大工の知恵 松浦昭次

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「宮大工千年の知恵」(松浦昭次)が平成12年に、つづいて「宮大工千年の手と技」が翌年出版された。

 

香道への招待

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「香道への招待」は本のタイトルであって、私がご招待などとはおこがましいことである。

「黒い悪魔」 アレクサンドル・デュマ 三代の物語

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「黒い悪魔」の主人公アレクサンドル・デュマは、息子が「三銃士」「モンテクリスト伯」で有名な小説家だし、そのまた息子のデュマも「椿姫」を書いた作家だ。

本の話 文芸春秋

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毎月、文芸春秋社から出ている「本の話」という小冊子を何年も読んでいる。

中原の虹 浅田次郎(完結)

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中原の虹(浅田次郎)をこの週末で読んでしまった。

中原の虹 3,4巻 浅田次郎

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ようやくゲットした「中原の虹 3,4巻」の文庫版。
前回の休日に続き、浅田次郎氏の長編小説だ。

中原の虹  浅田次郎  つづき

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昨日からの続き・・・。とにかく、その先が読みたくて。

中原の虹 (蒼穹の昴 続編)

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いっとき、この人の本ばかり読んでいた時期もあったのだけれど、ある日気持ちが離れてふっつりと読まなくなってしまっていた。

 

蒼穹の昴 ② 浅田次郎

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昨日のつづき・・・。

というわけで、ゆうべは早めに帰って読み進んだが、最後までに至らなかった。

蒼穹の昴 浅田次郎

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もう、14年前もになるのかな・・・。藤原伊織さんに勧められた一冊。

3D映像と本読む楽しみ

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さとり「今は大忙しで、本をよんでるひまがないっちゃあないのだが・・・。」
よいち「いい歳してロミジュリですかい?」
さとり「おまえのその言い方が、すでにおやじっぽいよ」
よいち「はあぁ、あのオリビア・ハッセーも、還暦まぢかでやんスからねえ」

 

本読む楽しみ

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若い時にしかできないこと、歳を取るほどに楽しめるもの、趣味もいろいろある。

 

薔薇物語 ジェフリーチョーサー

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これは、ストーリを楽しむと言うよりも、詩的な言葉を味わうような物語。
13世紀に書かれた、有名な恋愛作法の本だとか。

藤沢周平 三屋清左衛門残日録  梅咲くころ

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この藤沢周平の短編集の中、三屋清左衛門残実録・第6話の「梅咲くころ」は、一番好きな話。


江戸時代の東北のある藩で、君主の用人を務めた「三屋清左衛門」が引退した後の物語。

御隠居のゆったりとした生活の中にも、ちょっとした事件が持ち上がり、それを解決していく日常をつづった短編集である。

 

6話は、清左衛門の若い頃の回想から始まる。

 

江戸詰勤番の用人時代、やはり江戸藩邸に勤めるお側女中(奥女中)が悪い男にだまされて、自害を企てるが未遂。
心を閉ざした娘を慰め、励ます役を老女(お女中頭)から仰せつかる。

療養中で抜け殻のようになった娘を何度か見舞ううち、出がけに思いついて、御屋敷の梅の枝を折って訪ねる。

 

座敷に座ったまま、話しかけてもうつろなまま、まったく反応を見せなかった娘は、その匂いが届いた時、ふと顔をあげ、香りを探す目をする。

初めて見せた人間らしい表情に、清左衛門は持っていた梅の枝を差し出した。

手渡された枝を、はじめ梅の香りを少し吸い、やがてしずかに泣きはじめ、しだいに身も世もないようにすすり泣く・・・。

花の香りが娘の心を開く、美しい筆致で描かれた、感動のシーンだ。


その後、
侍女はまた生きる希望を取り戻し、仕事に復帰。

それから十数年、清左衛門の隠居後に、江戸藩邸の奥で出世したその娘が、江戸から国元に訪ねて来くる。実は本編の事件はそこから始まるのだが、それはぜひ読んでいただいて・・・。

 

藤沢氏は長く執筆しておられるので、作品の色合いが違う。

市井の人情味あふれるもの、小さな藩の御家騒動ものや、歴史伝記的なもの、などいろいろあるが、暗く重厚な作品よりも、暖かい、そしてちょっぴり哀しいところのある作品が、この年になると読んでいてしっくりくる。

人間は強いだけ、正しいだけでは一人前とは言えない。(ありえないし。)

弱く、ダメな部分を持っていて、それを自分で知っていること、
それが謙虚さを生み、いっそう人間性を輝かせるのだと思う。


自分のできない部分に気付かない人は、傲慢になり、滅びていく、これは歴史も語っている。
そんなことを、時代物は感じさせてくれる。

 

 

時代小説考

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時代小説、歴史小説は古くならない。


はじめから古いせいもある。
アンティークのものは年代がたっても価値が落ちないのと似ている。
時代小説考などというとちょっと大げさだが、今日もまた、マイナーな話題で。

 

流行作家と言われトレンドを描いたものは、ベストセラーにはなるかもしれないが
5年、10年経つうちに何か古臭く、(けして古めかしくはない)滑稽に感じられるものだ。

それが100年後に古典になるかと言えばそうは思えない。

今日も授業で、「ゲラン」のある香水が出てきた、数年前にはやった小説の話になって、
「ホレ、あの、なんだっけ、作家が・・・ホラ、クリスタルじゃないやつ」
というように名前が出てこない。

一方、1000年前のことなら、10年たっても1010年前のことでしかなく、(極端な話)
しかも、人間の根本的な営みというのは不変で普遍なものだ。

歴史小説や時代小説からは、現代にも通じる人間の本性というものを学べる。
それも、自分史が書けるほどの歳になったからかなあ。。。

昔のことになぞらえて、実は現代を書いているものも多いと思う。
当時の風物も想像できるし、ワンクッション置くせいか生臭みがなくなって、
安心して読める。

何しろ、あんまりどぎついのは嫌だから。

 

小さい頃から時代劇が好きで、東映のも懐かしいし、テレビでもよく見た。
子供のころは勧善懲悪がスッキリして情操教育に良い。。。。

時代小説の中では、池波正太郎は大学生のころからよく読んだ。
司馬遼、五味康介とか、柴田連三郎。

三国志は吉川栄治も、北方謙三も、今は宮城谷氏のを途中まで読んでいる。

でも藤沢周平、30代には面白さがわからなかった。
40代に読み返して、なるほどと思った。
今でも時折読み返す。

年ごとに、いろいろな見方ができるようになり、知識や経験も増えた。

人生の含蓄を味わえるのはまだこれからだ、と思うと、
年を取るのも楽しみなことだ。

今度、藤沢周平。

 

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写真は、佐原市の小江戸の風景から

 

武良布枝著『ゲゲゲの女房』

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 NHKでドラマをやっているのは知っていた。
本もあるらしいと聞いていたが、先日知人に勧められて読むことにした。




水木氏が有名になるまでの半生は、私が大人になってから読んだものでも、おぼろには知っていたが、
この本を読んでまたあらたに、家族から見た苦労というものを知った。


生活の苦労、創作の情熱、それを糧にするための出版社とのやりとりなど、
辛い場面もあったが、ご夫婦のほのぼのとしたシーンもあって、
ただの苦労話ではないユーモアあふれる本だと、読んでいて楽しくもあった。

模型どころではないくらい貧しい中、二人して戦艦の艦隊を一から作り直すくだりは、もっとも好きなところ。

 

古い「墓場の鬼太郎」の漫画、「悪魔君」の実写版テレビ番組とか、
アニメ「ゲゲゲの鬼太郎」の主題曲などが、誕生していく過程も描かれ、
当時夢中で読んだ自分の子供時代も懐かしく思い出した。

つげ義春氏や矢口高雄氏が水木プロダクションでアシスタントをしていたのも、この本で知った。

私には年の離れた兄がいたので、子供のくせに「ガロ」を読んでいて、
つげ義春氏の「赤い花」とかも記憶にあるが、幼すぎて何が面白いのかさっぱりわからなかった。
白戸三平氏の「カムイ」も読んでいた。

うーん、懐かしいの一言に尽きる。漫画で育ったから。

 

 
実は、この休み中1日数え間違えていて、私はてっきり昨日は金曜日だと思っていたのだ。

だから、あと2日あるから、その予定で仕事を組んでいたのだが、今日は日曜日じゃないか!
私の土曜日はどこへ行ってしまったのだろう??


ゲゲゲの歌は子供たちの理想卿だね。いや、大人になっても。

「朝は寝床でぐうぐうぐう」・・・・いいなあ。

お化けにゃ学校も 〰試験もなんにもない!

 


「ゲゲゲの女房」 武良布枝著/実業之日

 

シャルル ペロー  仙女たち(Les Fées)

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仙女なんて、いまや童話の中にしか存在しない言葉だと思う。

 


シャルル・ペローはフランスの詩人である。
「シンデレラ」「眠りの森の美女」「あかずきんちゃん」といった、物語の方が名が通っているかもしれない。

彼の著した「ペロー童話集」は、民間伝承(昔話)をまとめたもので、女の子にはよくなじんだ本ではないだろうか。

グリム童話の中にも同じ物語の名がみられるが、年代的にはぺローの方が古い。


言い伝えを元にしたものだけでなく、オリジナルの韻文による物語もある。
「ロバの皮」はお姫様が苦労して最後は幸せになるという、よくあるストーリーだが言葉のリズムが心地よい。

水戸黄門の視聴率がいいように、だれだってハッピーエンドは心が休まる。

最後まで読んで、いつ報われるのかと思っているうちに悲惨に終わる「衝撃のラスト!問題作」というのは、この年になるともう辛いばっかりだ。。。

 

私が好きなこの「仙女たち」という童話はとても短い。

ひねくれて意地悪な姉娘と、いつも虐げられている優しい妹娘が、仙女によってそれぞれの褒美をもらうと言う単純な話だ。

 

妹娘は辛い水汲みの途中、老婆に頼まれて水を飲ませる。老婆は仙女の仮の姿であるが娘はそれを知らない。

帰りの遅くなったことを母親になじられた娘は、
「実はね、お母さん」と一言話すと、口からダイヤモンドが二つ、真珠が二つ、薔薇の花が2輪とびだしてくる。説明するほどにあとからあとから、宝石が積っていく。

それを見た母親が、自分に似ているという理由で、可愛がっている姉娘にも水汲みに行ってくるようにいいつけるのだが、姉がしぶしぶ行くと、今度は別の身なりをした仙女が水を所望する。

娘は「あんたに飲ませる水はない」と言って断り、戻ってきてしまう。

母親の「どうだった?」との尋ねに応えると、娘の口からはマムシやヒキガエルや毒虫が。

やさしい方の妹娘は、怒った母親に追い出されるが幸せをつかみ、ひねくれた姉の方は、家に残るもやがてうとまれ、非業の最期を遂げる。

 


小さい頃、この話を読んで、教訓的なものを感じるよりも、自分の言葉が薔薇の花に変わったら、どんなに素晴らしいかと胸がぎゅっとなったものである。


善良なものが報われて、悪い心は懲らしめられる。「勧善懲悪」といえばそうだが、
この物語からは、もうひとつの寓意を読み取れる。

傲慢、嫉妬、憎しみなど、悪い心から発せられた言葉は毒を撒き散らすことなのだ。
優しい気持ちの込められた言葉は、何物にも代えがたい宝石として周りを幸せにする。


普通の人たちはみな、心の中に両方の面を持っている。
その時々で、姉にも妹の立場にもなりうると思う。

いつもいつも、謙虚でつつましく、感謝の気持ちを持っていたいと思わずにはいられない。

それでも、自分の中の暴君を諌めるのは難しい。

 

今日、私の言葉は何輪の薔薇に変わったのだろう?
そして、口からは、いくつ醜い生き物が生まれたのだろうか・・・。

 

 

杉の柩 アガサクリスティ「Sad Cypress」 

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前回「シェイクスピア十二夜・杉の柩」からの続き・・・

エリノアは、ロディーに恋している。
それも、尋常じゃないくらい。



巻頭のシェイクスピアの暗い詩から始まるこの物語は、思いのほか優しさに満ちている。

 

主人公のエリノアは、厳しい規範で自らを律する誇り高い女性である。このキャラクターと、取り巻く人々の愛と欲望、そして展開の早さが推理を面白く彩っている。

エリノアの許嫁(いいなずけ)ロディーは神経質で、(私にとっては)魅力に乏しいと思うが、彼が魅かれる、別の娘メアリイもまた、儚(はかな)く影が薄い。
エリノアの存在をを際立たせる役割のようだ。

さらに珠玉のラストシーンは、ポワロの優しく心にしみる言葉によって、希望に満ちて終わる。

 

この小説はクリスティの中でも好きな作品で、たくさんの場面、会話が心に残っているが、今日の気分で選んでみた。

あまり後半はストーリーにかかわるので、初めのほうから書き留めてみたい。

 

たとえば、

死を間近にしたベッドで、大金持ちの叔母さんがエリノアと話すシーンは、姪に対する愛情とエリノアの苦しみに満ちている。 

「お前、幸福でないね?どうおしだえ?」

「べつに・・・本当に何でもないんですの」たちあがり、窓に歩み寄った。そして、半ば振り返ると、彼女は言った。「ね、ローラ叔母様、本当のことをおっしゃって、恋っていったい幸福なものなのでしょうか?」

ウェルマン夫人は真剣な顔つきになる。「エリノア、そうではない、たぶん、そうではないよ。他の人間を激しく慕うっていうことは、強い喜びよりも悲しみを意味するんだから。でもそれはともかく、そういう経験なしでは、人間一人前じゃあない。本当に人を恋したことのない人間は、本当に人生を生きたとは言えないからね」

人生を生き抜いた人の、含蓄のある言葉だ。


ポワロのような、人間の心理を読みつくしてきたような年寄りもまた、この物語では温かい存在である。

まだ経験の浅い、傷つきやすい若さと、悪意に満ちた世間があり、対極には世なれた大人の優しいまなざしが感じられ、トリック抜きにしても本当に面白い小説だと思う。

 

あらすじ

ロディーとエリノアは幼なじみだった。しかし愛し合う二人の前にあのバラのごときメアリイが現れた時、エリノアの心に激しい憎悪が奔流のように湧きあがった。そしてある日、メアリイは食卓を囲んでいる最中に毒殺された。犯人は私ではない! 後略  「杉の柩,裏表紙,解説より,ハヤカワミステリ」

 

シェイクスピア 十二夜  杉の柩

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「杉の柩」 原題 「Sad Cypress(サッドサイプレス)」 アガサクリスティ・・・。
久しぶりにここずっと、ちびちびとクリスティを読み返している。

扉には、シェイクスピア「十二夜」の詩がある。

アガサ・クリスティ リスタデール卿の謎

 
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クリスティの中で、「杉の棺」。これはいいなあ。
私の愛する作品なので、なかなか短時間では書けなくて、次の機会にしたいと思う。

クリスティ作品では、「リスタデール卿の謎」という短編集もお気に入り。特に、表題の小説は、子育てをほぼ終えた女性のシンデレラストーリーだ。

俗っぽい願望と言えば言えるかもしれないが、いくつになっても女性はおとぎ話が好き♡


小説は、没落した上流階級出身のヴィンセント夫人が、困窮する毎日の生活費を計算する、つましいシーンから始まる。
 
彼女の娘はお金持ちの青年からプロポーズを受けているが、今いる安アパートでは家に招待することができない。
そんな、頭を悩ませるある日、新聞の広告欄に、「上流階級の人限定で格安の家賃で邸宅を貸す(しかも料理人から執事までセットで)」という、夢のような話を見つけるのだ。

素晴らしい家は借りられたが、生活費はかかるはず。
夫人は、質素に暮らそうとしているにもかかわらず、食卓にはゴージャスな料理が並び、豪華な花々が飾られる。
 
ため息をつきながら、夫人は言う。
「クエンティン(執事の名前)、私たちはこんなぜいたくはできないのよ」
しかし、何もかも心得ている忠実な執事は
「奥様、こちらではいつもこのようにしております」
という一言ですませてしまう。
 
邸宅の持ち主の所有する広大な領地から届けられるものとして、なにもかもが魔法のように出てくるのだ。

何か裏があるぞー、というわけで、息子がいろいろと嗅ぎまわるわけなのだが・・・、
 
まあ短いし、夏の夜、静かに読むと言うのもよいのかも。

永遠の御姫様たち、ぜひどうぞ。

 

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パフューム パトリック・ジェーキント

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パトリック・ジェーキントによる「香水」という名の小説。

 

休日読書 アガサ・クリスティ 

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アガサクリスティがもっとも有名な推理作家の一人だという意見には、どこからも異論は出ないに違いない。


「本のカバー・裏表紙あらすじから

アンカテル卿の午餐に招かれたポアロは、少なからず不快になった。邸のプールの端で一人の男が血を流し、傍らにピストルを手にした女が虚ろな表情で立っていたのだ。が、それは風変わりな歓迎の芝居でもゲームでもなく、本物の殺人事件だった!恋愛心理の奥底に踏み込みながら、ポアロは創造的な犯人に挑む。 

ハヤカワ文庫 ホロー荘の殺人 アガサ・クリスティ」

 

中学生時代から今に至るまで、数十年飽きずに読み続けた作家である。

「アクロイド殺人」や、「そして誰もいなくなった」など、あっと驚くようなトリックはすでによく知られているが、もし、その作品の面白さがそれだけだったなら、繰り返し読むはずがない。

ミステリーの女王と呼ばれ、からくりばかりが注目されがちだが、クリスティの小説の面白さは登場人物が織りなす人間模様と心理、豊かな叙情性にある。
テニスンやウィリアムブレイクなど、美しい詩を主軸にした作品も多く、文学作品としても素晴らしい。

すべての作品は何度となく読まれ、少し疲れると本棚の奥へとかたずけらる。数年のインターバルを挟み、ふとした時に手にし、パラパラとめくっているうちに再び虜になってしまう。年代ごとに味わいが違って感じられるのだ。

 

私の一番好きな作品は、恋愛小説とも呼べる「ホロー荘の殺人」だ。
最近、思い出したように読みたくなって、また書棚から引っ張り出してきた。


おもな舞台は美しい田園風景の中にあるホロー荘という屋敷である。
英国の名士のこの家に、週末、数人の男女が集まり休暇を過ごす中で殺人が起きる。
偶然居合わせたポワロは、この中ではむしろ狂言回しとして脇役的な存在である

主人公はだれと決められないくらい、それぞれが重要な役割を果たしているが、中でもヘンリエッタにはもっとも魅かれてしまう。美しく、知的で情熱的な、あるときは巧みに妥協し、ときにひどく頑固な女性彫刻家。無から形を生み出すと言う苦しみ、孤独な戦いと、愛に生きる姿。

結末は言えないけれども、彼女が出てくる最後のシーンは何度読んでも心を打たれる。

一方、ヘンリエッタと間逆とも言える 愚図な女、ガーダ。絶対的存在である夫の帰りをじっと待ちながら、冷えていく肉料理を前に「温めなおすかこのまま待つか」堂々めぐりの考えの中でパニックになっていく。全編に描かれる彼女の心理は、自分の中にも存在し、シンクロしてしまう。

ルーシー、ミッジ、ヴェロニカ、どの登場人物にも、自分との重ね合わさる部分があり、感情移入させ、それが物語に引き込まれていく要素でもある。

つまりは人間の多面性を、一人づつのキャラクターに独立させ、浮き彫りに描いて見せたのであって、だれもが持っている性格なのだと思う。

ポアロ、マープルといった探偵が華々しく活躍するものより、普通小説としての趣をもつ作品に、クリスティの真価があると思う。全編が詩に感じられるようでもある。

推理小説について書くのは難しい。まだ読んでいない人にとっては何を言っているか分からないし、わかるように書いてはマナー違反になってしまう。 もどかしいけれど、読んだ後で、「なるほど」と同感してくれる人がいたら嬉しい。 

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▶ 香水をお探しの方へ パルファンサトリコレクション

 

レトリカ  言葉百科

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レトリカは、色々な文学の中に出てくる、比喩表現をまとめた事典。


例えば、香水の項。

「香水の表情とは、(中略)香気のもつれに出る細かい幻想の糸の織り成す感情の展開のことです。(後略)大手拓次『香水の表情について』」(レトリカ、p116)

 

たとえば、芳香について

「清い女の声が流れ、看護服の裳(もすそ)がサラサラと鳴った。薬の匂の中に、看護婦の顔からは、化粧水の芳香が、蜘蛛の糸のやうに後を引いて流れた葉山嘉樹『海に生くる人びと』」(レトリカ,1988,p270)

 

さまざまな小説、詩、俳句、戯曲、エッセイ、経典などの中ででてくる、比喩の表現を集めている。
これは、編者の好みで抽出した言葉。


私も、自分のお気に入りの言葉をコレクションしたノートを

いつかまとめてみたいと思っている。

 

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▶ 同じカテゴリの記事を読む 大沢さとりの休日読書 へ

何十年の間にたくさん本を読んだけれど、本というものは読むべき時期に、引き合うような出会いがあって読むものだと思う。それは人生の中で1回きりのこともあるし、何十年もたって再び出会うこともある。
昔に感じなかった、理解の及ばなかった文章がその世代世代で心に沁みてくる。それでも、やっぱり自分が当時の少年少女だった頃と、本質的にはさほど変わっていないと再確認する。
書店にある何万冊もの本の中からその一冊を手に取り、そしてページを開き、その中に心が震える言葉を見つけたとき、かわるがわる、誰かが私にメッセージを届けてくれているような気がするのだ。

黒船来航から「幕末史」 半藤一利

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小さな壷の中で醸成し醗酵し発熱していく。




だれかがかき混ぜなければ腐り崩れていってしまう。
それはいつも、外から杓子をつっこんで掻きまわす必要があるようだ。

一つの国が転機を迎える時は、そんなものなのだろう。

 

時代小説や歴史小説が好きでよく読んでいたものだが、
それらはあくまでもフィクションである。

歴史上の出来事という骨格の上に
魅力あるキャラクターを登場させて肉づけをした物語である。

 

この「幕末史」(半藤一利)は小説ではない。幕末ドキュメンタリーと言ったらいいのだろうか。

小説のように架空の人物や、伏線や、はざまを埋めるフィクションはない。
しかし同時期にいろいろなことが起きているわけなので、それを結びつけたりする解釈は、
氏のものであるから、年号と出来事をただ羅列しているわけでもない。

 

背景や人間関係などを、たくさんの文献から炙り出して積み上げた重みを、軽やかに話す語り口はむしろ講談に近い。

と思って読んでいたら、あとがきにやはりご自分で「張り扇の講談調、落語の人情噺調」と書いておられ、大学での講演を、本にまとめたものとわかった。

本じゃなくて、生で聞きたかったな。

学生の時にならって丸呑みし、物置に突っ込まれていた「ただの数字の年号」とか「死んだ人でしかない名前」とかが、知っているおじさんのように、活き活きと目の前に動き出す。自分も渦中にいるような気分にさせられるほどだ。

 

今、坂本竜馬をNHKの大河ドラマでやっているそうだが、この本を読んで、それから見るのも面白いかもしれない。

 

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 幕末史  半藤一利

 

ケイト・グリーナウェイ(Kate Greenaway)

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日曜日のカンヌの海岸。
蚤の市を冷やかしながらぶらぶら歩いていて、見つけた。

 



小さい古い絵本。
絵のかわいらしさと大きさ、いい感じの古びた加減。

こんな小さいのに、思いのほか高かったのだけど、 
なんとも愛らしくてつい買ってしまった。

日本に帰ってきて、調べたらケイト・グリーナウエィという絵本作家のものだった。
イギリスの挿絵、絵本作家だそうだ。

 

この本は、1894年のもの。
ALMANACHは、暦という意味だ。

美しい挿絵とともに、12か月のカレンダーと365日の聖人の名前が載っている。


本っていいなあ。

 

 

▶ 香水の豆知識・ミニブックがついています
パルファンサトリ・コレクション 10本レフィル ¥3150

 

フランス王妃の彫像 Reines de France 

ブランシュ・ド・カスティーユは有名なフランス王妃。ルクサンブール公園にて。



Blanche de Castille 1188-1252

フランス王ルイ8世の王妃で、12歳で即位した息子ルイ9世の摂政として、長期間の影響力を持った。

 

 

パリ、ルクサンブルグ公園の中庭。
ぐるりと取り囲むように、フランスの偉人の彫像が並ぶ。

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ランチタイムは、近くのオフィスから
たくさんの人がサンドイッチをもって休憩に来ている。

 

▶ 大沢さとりの休日読書 2010年6月13日 王妃の離婚 佐藤賢一 
   (ジャンヌ・ド・フランスとルイ12世の離婚裁判)

王妃の名はジャンヌ・ド・フランス。1948年、フランス王ルイ12世から離婚裁判を起こされたことを題材にした物語だ。
 
佐藤賢一氏の小説は、中世ヨーロッパを舞台にしたものが多い。
氏の作品であるカルチェ・ラタン、双頭の鷲、傭兵ピエールは、フランスを中心にした歴史や地理を勉強するのにはもってこいの小説である。

 
といっても、難しく退屈な年代と人物名の羅列ではなく、それは小説としての肉付けがたっぷりとされて楽しく読める。歴史小説を読めばいつも感じることだが、人間の本質はどの時代も同じと見えて、現代の事件に置き換えても無理がない。
 
主人公はフランソワ。くたびれた、落ち目の中年弁護士が、フランス国王の離婚いう世紀の裁判に、圧倒的な不利を承知で王妃側の弁護を受ける。もう一方のヒロインはフランソワの亡くなった恋人ベリンダと、フランス王妃ジャンヌ。
過去と現在を行ったり来たりしながら話が進む。

持前の負けん気と冴えわたる知性、庶民のパワーを味方に、権力に敢然と立ち向かっていく過程で、彼自身もまた人生を取り戻し、輝く晩年へとつながっていく。
 
冒険活劇、バイオレンスと権力闘争、そこに美女がからんで、といえば誰でも興味がわくのではなかろうか。なにより、離婚する権力側の色男の王様が卑怯でかっこ悪く、落ちぶれて禿げた弁護士がどんどん素敵になっていく。
 
よくできた小説は皆、登場人物がいきいきとして現実感がある。佐藤氏のどの小説にも、魅力的な女性が主になり従になり登場する。人間は滑稽で醜いもの、そして愛すべきものである。きわどい表現さえ、氏の人間に対する温かい視点を物語っている。
 
ユーモアとペーソスを「深く研究された史実」というやすりで磨き上げた、文化の薫りある「超娯楽作品」である。

 

働く。

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「働く。」社会で羽ばたくあなたへ 日野原 重明



日野原先生は、99歳になられる今も現役の医師として働いておられる。
やさしい、暖かいお人柄がオーラとなってにじみ出ている方だ。
 
2度ほどお話させていただいたことがあるが、15年たった今の写真を見ても若々しく、ほとんどお変わりない。
 
これは、長いこと面倒を見てくださっている顧問弁護士の先生に、「これを読みなさい」と戴いた本だ。ただの法律相談ではなく、仕事との向き合い方、生き方についても、いつも学ばせて戴いている。
 
「働く」というタイトルのこの本は、これから職業を選ぼうとする若い人たちに対して書かれたものだ。先生の生きてきた体験から得た「働くということ」を、若い年代の人との対談を通じて、易しく語りかけている。
 
頭ごなしにこうだ、というのではなく、孫の話をよく聞いてやって、噛んで含めるようにわかりやすく書いている。
今は、近くにおじいちゃんのような人と触れあう機会の少ない人も多いだろう。もし年長の人にこんな風にニコニコして話しかけられたら、きっとなんでも心を開いてしまうに違いない。
 
だいたい、親と言うものは感情的になって、子供に真意を聞いてもらえなかったりするものだ。
若いひとだけでなく、これから何かを伝えたいと思う年配の人も、読んだらきっとためになると思う。
 
私が特に感銘をうけたところを抜粋。
 
「適職や天職がはじめからどこかにあるわけではありません。ー中略ー もしあなたが、どこかを探していれば適職や天職がふいに見つかると思っているのだとしたら、その誤った見通しをすぐにでも捨てることです。そうして、目の前のことにじっくりと取り組んでみてください」(働く,2010年,p77)
 
才能についても書かれている。環境が才能を育てると言うくだりで、
「そんな適度に厳しい環境を、どうしたらつくりだせるのでしょうか。手間をかけずにそれを作りだす方法を、一つあげておきましょう。目の前にある仕事に真剣に取り組むこと、その果てしない繰り返しに耐えることです」(同著:p78)
 
「生涯を賭ける甲斐があったと思えるものを、わたしは決して自分一人ではなく、多くの出会いに助けられながら、広大無辺の砂地の中から少しずつ浮き彫りにしてきたのです。百年は、わたしに必要な時間だったのだと思います」(同著:p128)
 

これらの言葉は、先生の半分くらいの道のりを生きてきた私が、過去を振り返り、「なるほどここまでその通りだったのだから」、そしてゆく先を遠望して、「これからもきっとそうなのだろう」と、私には山登りの道しるべの様に感じられたのだった。
 
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女帝エカテリーナ アンリトロワイヤ

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ロシアの女帝エカテリーナ アンリトロワイヤ。


またまた懐かしい本を見つけた。
2002年、箱根ガラスの森美術館で、女帝エカテリーナの愛用香水瓶の特別展示があり、その記念香水を作ってほしいという依頼を受けた時のことだ。

箱根に行ってその香水瓶を見せていただいた。一つの香水瓶が三つ又にわかれ、口が3つついている。三種類の香水が入れられるようになっている変わった形だった。

当然、その時代背景や人物を調べなければならない。あまり、彼女の文献がなく、小説の「女帝エカテリーナⅡ/アンリトロワイヤ」と、「エルミタージュとサンクト・ペテルブルグ/富田知佐子」を買った。そのあとで、池田理代子さんの漫画も読んだ。面白かった。

学生時代の歴史の知識では、夫を殺して女帝の座についたという、あまりよい印象の人ではなかった。が、本を読むと、目標設定の高い、努力と忍耐の人だということがわかる。学問を好み、愛に悩み、政治家としての決断に果敢に望む、一人の女性を魅力的に描いている。


もちろん、小説だからヒロインをよく書くのは当たり前だが、あれだけの偉業をするのには、やはり傑出した人物であることには違いない。


この香水はどのように作られたかのアイデアについては、パルファンサトリのホームページ「香りのプロデュース」にも載っている。


「エカテリーナⅡ 三つ口香水瓶の謎

なぜこれが三つ口香水瓶なのか・・・「朝・昼・晩の気分によってつけた」あるいは「愛する男性たち、それぞれのためにつけたのではないか」など、いくつかの解釈がありました。

美術館の展示会場には、三つ口香水瓶とともに、左右二つの香水瓶の中に残った香水の残滓を分析し、正確に再現した香り(高砂香料?による調香作品)が流れています。

私が不思議に感じたのは、中央の瓶の香りがないこと、右はトップノートだけ、左は重厚なミドルラストノート、という非常に偏ったバランスであったことです。
そして、美術館から香りをよく見せていただいたて得た結論は、この香水瓶は、二つの香りをあわせて完成させるための、調香香水瓶なのではないか、ということでした。

エカテリーナは、右の瓶に入った爽やかなトップノートと、左の瓶に入った重厚なメイン・ラストノートを、中央の瓶の中で、その日の気分に合わせて、自ら調香して楽しんだと思われます。

しかし、最高の権力をもち、文化芸術に造詣の深かったエカテリーナの香水といえども、当時使われていた香料は数が限られ、今ほどバラエティに富んでいませんでした。そのため、近代香水のように、複雑でデリケートなニュアンスを表現するのはむずかしかったことでしょう。

今回限定で発売されるエカテリーナの香りは、再現された左右二つの瓶の香りをバランスよくあわせ、さらに現代の感覚にマッチするよう、アレンジしたものです。

彼女の時代に、もし現代の香料と技術があったら、その粋を集めて創られたであろう、洗練された最高の香りを創作するつもりで調香しました。」

エカテリーナ(エカチェリーナ)2世 1729-1796 第8代ロシア皇帝。ポーランドに生れ、ロシア皇太子ピョートルに嫁ぐ。クーデターを起こし、夫を追い落として女帝の座につく。

天使のメッセージ 中森じゅあん

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「この世に偶然はひとつもありません」
(天使のメッセージ② 中森じゅあん 1997 P53)
 

アトリエの窓から

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アトリエの窓から  小泉淳作 講談社 1998年

小泉淳作氏は、創るということに対して非常に厳しい人だ。そして、この「アトリエの窓から」は、真摯な人間に対しては、優しい本かもしれない。
 
プロになる厳しさや、若い頃の逡巡、商業アートと芸術の違いなど、長い道のりを乗り越えてきた方が話すからこそ説得力がある。
 
私はこの本から、見えるものも見えないものも、なにに関しても、創るに関わる厳しさと酷さ、喜びなどを学んだ。

というよりは、学び方を知っただけで、いまだ学んでいる途中と言った方が正しい。いや、途中なのかもわからない。
 
本の冒頭は、「個性というもの」から始まる。
 
「絵画作品に現れる個性というものは、すなわち作者自身であって、無理に画面の中に特徴を表そうとしても、それは個性ではなくて単なる作意に他ならない。作者は自分自身の心の中の欲求や感動を素直にみつめ、それに従うことによって画面に自然ににじみ出てくるものが、本当の個性というものではないかと思う。」(アトリエの窓から,1998年,P10)

今から12年前、この本に出会ったとき、厳しい師匠にビシビシ叱られているような気がした。また、軽妙な語り口が、時にユーモアがあって暖かい人柄をも感じ、励まされたり慰められているような気にもなった。
 
特に、氏がシーラカンスに出逢った時の衝撃を話しておられる章があり、「心を動かされるというのは、こういうものなのか」と、こちらまで感動が伝わってきた。それは、素直にその時の気持ちを語っていたからに違いない。

1999年に、ある香水のコンテストがあって、その課題が2000年を前にした「ミレニアム」だった。
 
私は、「我の名はシーラカンス、三憶年を生きるものなり」(P54)という氏の讃を引用させていただき、「2千年など僅かな時間に過ぎず、人間はそれで驕ってはいけない」というような内容で「シーラカンス」という香水を提出したのだった。海の底に静かに息づく怪魚をシプレーで表現した。

人類の歴史を讃える内容が多い中、ちょっと異色だったためか、面白いという評価と小さな賞を戴いた時は嬉しかった。その直後、代々木にサロンを開いた時、それにちなんでシーラカンスの学名Latimeria(ラチメリア)という名で始めたのだった。

若い時というのは、欲もあるし夢もあるし、評価もされたい。それが大きければ苦しいが、まったくなければ何かを達成することはできない。あきらめたり、挑戦したり、気持ちは常に揺れている。
 
「迷いながら、苦しみながら道を模索する、それが人生だ」ということがいつになったらわかるのだろう。そう思いながら、この本を道しるべに今も歩いている。
 
 
 

万葉集

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Manyo Luster: 英訳:リービ英雄 写真:井上博道 アートディレクション 高岡一也

太公望・鳳凰の冠

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小説「太公望」宮城谷昌光 著

沈黙の王

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よのなかを うしとやさしと思えども 飛び立ちかねつ 鳥にしあらねば/始祖鳥記

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世間(よのなか)を憂(う)しと易(やさ)しと思えども 飛び立ちかねつ鳥にしあらねば   山上憶良  万葉集


 


「この世の中を生きてゆくのはつらく耐えがたく、身もやせるほどで、いっそのこと何もかも捨ててとびさってしまいたいとはつくづく思うけれども、それさえもかなわない。自分の翼で飛び去ることのできる鳥ではないのだから・・・」

 

始祖鳥記 飯嶋和一 小学館文庫


本当はこの本は、時間をかけてゆっくり書きたかったのだ。いっときはそれほど、自分にとって特別な本だった。優れたものは、説明するほどに安っぽくなってしまうのが残念だ。

 

本小説は、実在する人物を元に書かれている。主人公は筒井康隆氏の「空飛ぶ表具師」にも登場する。出生年があいまいではあるが、ライト兄弟が動力で初飛行をした1903年より、少なくとも100年は前の19世紀初頭には、今で言うハンググライダーの様なもので空を飛んだらしい。

 

なぜ彼は空を飛びたかったのだろう。

 

舞台は1756年、江戸時代の備前岡山。鎖国下にある、閉塞感のある時代に生まれた主人公、幸吉は、腕の良い表具師になる。

 

子供の頃から審美眼を持ち、人と違う景色に感応し、飽くことなく遠くを見続けるために、彼は幼くしてすでに孤独である。

 

しかし、胸に秘めた想いと現実の間にある苦しみを、同様に持つ人たちがいることを、その成長の過程で出逢っていく。彼は思う。

 

「人はみな同じものを見、同じものを聞いたとしても、同じ思いを抱くわけではない。いや実は、人それぞれが見たり聞いたりしているものは、すべて異なるものなのだ。

ところが、世の中には、己の見聞きするものと、同じものを感ずる人がいる。(本文より)」

 

もう一人、卓越した画才を持つ青年がいる。貧しさのために、低俗なエセ芸術を気取る金持ち相手に、幇間(たいこもち)の片棒を担がされる。美しいものを知るからこそ、愚劣な人間とは一緒の空気を吸うのも苦痛だと感じている。強烈なしっぺ返しをして江戸を去る彼は、やがて諸国をめぐり、幼い幸吉に出会い、影響を与える。

 

冒頭の山上憶良の反歌は、初めに彼が幸吉に伝えたものだ。そしてその先は全編に繰り返し、鳥になぞらえたエピソードがちりばめられ、その鍵をつなげていくと、「飛ぶこと」に特別な思いを持つ主人公の生涯が浮き上がってくる。

 

さらに、第2章。幕府と豪商の癒着に圧殺される市場経済に、敢然と立ち向かう塩問屋の物語へと移りながら、不屈の信念の物語は場所を変え、幸吉とからみながら続く。


表具師になった幸吉は空を飛ぶことで、幕府のおとがめを受けた。死罪にされたこととして放逐され、廻船の船乗りになり、最後は陸に戻って商いで成功しながらも、どうしても空を飛ぶことに憑かれて諦められない。数奇な運命に翻弄されながらも自分の「生」を貫き通す。


もし、あなたが創ることを生業としているなら・・・より高みを志ざすが故に「完成」というものが、どこまで追っても届かぬことを知っているなら、読んでみるといいかもしれない。

 


「始祖鳥記」 飯嶋和一  小学館文庫 

休日読書・愛の妖精

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「愛の妖精」(La Petite Fadette)はフランスの作家、ジョルジュサンドによって書かれた田園小説である。

葉隠 はがくれ

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「武士道と云ふは死ぬことと見つけたり」

私の読書遍歴2 時代小説

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年輪か流れか、読書遍歴は。

 

なんといっても時代小説はいい。時代劇を小さい頃から見ていたので、時代小説を読むようになったのは自然な流れだ。


大学生の時に読んだ時代小説作家。五味康祐、柴田錬三郎、司馬遼太郎、池波正太郎。読後の爽快感が好きで、池波氏の本は30代までずっと繰り返し読んだ。私のように、東京都地図に、秋山小兵衛の足跡をたどりながら赤ペンで書き込みをした人は多いだろう。

夏目漱石 「三四郎」とヘリオトロープ-2

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「三四郎」 夏目漱石の作品で有名になった香水。

「大沢さとりの休日読書」少女パレアナ

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 「少女パレアナ」は児童書である。

椿姫(つばきひめ)、五弁(ごべん)の椿

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花は蕊(しべ)がきれい。この椿も、金の冠(かんむり)の様だ。

茶の世界史 中公新書

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「茶の世界史」は緑茶の文化と紅茶の社会というサブタイトルがついている。角山栄氏によって1980年に書かれた本である。

 

宮城谷昌光 風は山河より

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絶対に本屋には近寄らないようにしようと思っていたのに、高島屋の地下から東急ハンズに登り、ちょっとした余り時間に魔がさしたかついふらふらと、隣の紀伊国屋書店に行ってしまった。

ブランブリーヘッジ Branbly Hedge のばらの村のものがたり 

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そういえば!十年以上見ていなかったのに、すらすらとブランブリーヘッジという名前が出てきた。

私の読書遍歴 その1

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私には年の離れた兄が二人いる。そのため小学校に上がるころから少年誌を愛読していた。

秋の日のヴィオロンの/ヴェルレーヌ

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小学生のころ、私はとても痩せて小さくて色黒の、目ばかりぐりぐりさせた子供だった。

林檎の木、ゴールズワージー

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「黄金のリンゴの木、歌うたう乙女たち、金色に映えるリンゴの実」

「星の王子様」と藤原伊織さん 3

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前々回、伊織さんの小説について書いたが、なぜ「ダックスフントのワープ」なのかつながりはまだ触れていなかった。それは連想。

藤原伊織さん 2

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昨日からのつづき

ダックスフントのワープは、伊織さんにいただいた本だ。

「ダックスフントのワープ」藤原伊織 1

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10年以上前、直木賞をとられた藤原さんと、縁があって何度かお目にかかることがあった。(第41回江戸川乱歩賞とのダブル受賞『テロリストのパラソル』)

リラの森 セギュール夫人

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私はおとぎ話が好き。かなり好き。(今でも)

からまつはさびしからずや

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からまつの林を過ぎて、
からまつをしみじみと見き。
からまつはさびしかりけり。
たびゆくはさびしかりけり

神田、神保町、古書街

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日曜日の午後、所用の帰り。陽気に誘われて靖国通りを淡路町から神保町へ、久しぶりにひと駅歩いてみた。

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「パルファン サトリ」は、フランス調香師協会会員・SATORI(大沢さとり)の香水ブランドです。コレクションはすべてSATORI自身の処方により調合された特別感のある香り。初めて香水を試される方や、外国の強い香水に疲れた方にもお勧めです。日本の気候と情緒に合う、優しくおだやかな香りをお楽しみください。

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