Parfum Satori

パルファンサトリができるまでの最近のブログ記事

「香水とピアノの調べ」天秤ばかり balance scale

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前回、分銅について書いているうちに思い出すことがあった。今回はこの天秤の由来について書いてみたいと思う。

この調香用具は、2001年9月に開いたイベントに合わせるように、不思議な縁があって私の手元に来た。

それはPARCO毎日新聞カルチャーシティから「大沢さん、何か公開講座のイベントをやりませんか?」という誘いを受けたことから始まる。

2000年に「毎日カルチャーセンター」で初めての調香教室を持ったものの、なかなか生徒が集まらなかったため「宣伝のためにやってみましょう」ということだった。18年も前のことだから「香水を作る」ということ自体が、世の中にまったく理解されてなかったものと思われる。

そもそも調香が知られていないのだから、新しいことをわざわざする必要もないのだが、
「だれもやったことのないようなことをやりたい!」と思ったのは当時も今もそのまま。なぜか自分でハードルを上げてしまうのである。

担当の方と話しているうちに、頭に浮かんだのが「香水と音楽は共通点が多いので、一般の方に調香を紹介するのに組み合わせたら面白いのではないか」という考え。「香水とピアノの調べ」というタイトルにしたところ企画が通ってしまった。


まったくの思い付きである。タイトルを決めたが、どんなことをするかはほぼ白紙。ピアッスの香階表や、アコードやノートといった用語の共通点などが断片的に浮かんだ。だれかピアノを弾く人を探さないと・・・くらいで、ぼんやりとしかまとまっていない。

スタートは2000年の冬だったかと思うが、年も明けて初夏を迎えるくらいになり、新聞広告の打ち合わせや会場の下見とかだんだん現実味を帯びてくると、冷や汗が出る。あと4か月、どうしてよいやら本当にパニックになってきた。

今思うとずいぶん向こう見ずだったと思う。



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毎晩、悶々鬱々としていたところ、夜明け前、私の作った調香オルガン台の上に古い天秤が乗っている夢を見た。
昔は処方箋に従って香料を天秤で量った。だからオルガンの上には天秤が乗っているものだ。


目が覚めて「舞台に調香オルガン台とグランドピアノを並べて、脇机の上に置いたこの素敵な天秤を使って調香のプレゼンテーションをすればいい!」と思いついた。

そこからはどんどんと企画内容が思い浮かんできた。


しかし、まずは物語の中心となる、その天秤を探さなければならない。理化学屋さんを回って探し歩いたが、まさに化学実験用の無骨なものばかり。青い吹きつけ塗装も野暮ったい。とても理想のものとは違う。



ほどなくして、友人のガラス展示会が深大寺植物公園の近くで開かれるというので、見に行った帰りのことである。ちょっと汗ばむような5月の連休だったように思う。

素敵な展示を見た後、なんとなくそのあたりをぶらぶら歩いていたときに、アンティークショップというよりも、ごく普通のリサイクルショップがあった。それこそ、もらい物のスリッパとか、引き出物のペアグラスなどがおいてあるような店である。

たいした期待もなくフラッと入ったのであるが、雑多な生活用品などと並んで、この天秤が鎮座していたのである!!

「ああ!これだ!!夢に出てきた天秤はこれだ!!」

興奮したのを覚えている。とにかく「夢に見た恋人」を見つけたように、何よりもうれしかった。持って帰る道々も「本当かしら?」と、包みを何度も確かめた。


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実際のところ、夢にでてきたものと同じだったのかわからない。お店で見た瞬間に、夢の記憶が上書きされたのかもしれないとも思う。

台座には島津製作所とある。丸に十(くつわ)紋。素材は鉄。お皿はベークライド。この台座のところがすっきりと引き締まって本当に気に入っている。


たぶん、この天秤がいいと思ったり、前回紹介したアンティークの分銅が可愛いと思う人は、ピンポイントの趣味の世界なんだと思う。
だから、似て非なるものの違いがわかり、同じものを見て「いいな」と思う表情をその人に発見したときは、同志を見つけたように嬉しいものである。

アトリエにあるひとつひとつものに経緯(いきさつ)があり、私の好みがあり、気に入らないものは置きたくない。


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分銅も木の容器に入っていてかわいい。ピンセットもそろっていて、完璧なコンディションである。
今もアトリエの飾り棚の中に収まっている。

当時から、実際に使っているのはメトラー(電子ばかり)なのであるが、それでは味わいがない。この古典的な道具がバトンのように、夢の香水ワールドに魔法をかけるのである。




おそらく次は「香水とピアノの調べ」のイベントについて書くだろう。








過去ブログ↓




などなどパルファンサトリができるまでもお読みください

匂いの帝王、そしてパルファン・ル・ギド Perfume the Guide/Luca Turin

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この数年間で最も幸せなニュースがお客様によってもたらされた。いわく、「香水ガイドをみてパルファンサトリを知り、興味をもって来ました」とのこと。

よくよくお話を聞いてみると、2008年、2010年に続き出版した「香水ランキングガイドブック」の第3弾の英語・キンドル版が、この程(2018/6/26)出版されたという。

「匂いの帝王~天才科学者ルカ・トゥリンが挑む嗅覚の謎~」(チャンドラー バール/Chandler Burr著)のモデルとなったルカ・トゥリン。世界中の香水を5つ★で評価する『Perfumes The Guide(世界香水ガイド)』の最新版である。


出版元からは特に連絡がなかったので、お客様からそれを聞いたときの驚きと感動たるや!!なぜならば、この本にパルファンサトリの香水が掲載されることは、私の夢のひとつであったから。



ルカ・トゥリン氏は、生物物理学者であると同時に、香料の研究者であり、香水の評論家としても名高い奇才とでもいえばいいのだろうか。


今から約15年前に、この本との出会いがあった。

「匂いの帝王」は2003年に邦訳が出版され、当時の日本は(というか今でも)、香水に関する本が少なかったので、興味を持ってすぐに購入した。


読み進むうちに、彼の「香りの言葉力」と「破天荒な生き方」に非常に惹(ひ)かれていった。文中にいくつか掲載されている彼の香水レビューは、それまでの「ブランドリリースをなぞっただけ」の香水紹介本とはまったく異っている。

常識にとらわれない表現力の豊かさ、そして香水ブランドがスポンサーにいたら書けないだろう、辛らつな内容。その後、英語版も購入して日本語版と見比べながら読んだ。

詳しい内容については別の機会を設けたいが、例えば、匂い分子がどうやって嗅覚で認識されるのか、世界で支持される「形状説」に対して「振動説」を主張する彼の長い戦いや、神話のようなアンティーク香水店から最新の香料が生まれる香料会社のラボまで、彼とともに世界中に旅をする本である。

書の最後にもかかれているように、これはポピュラーサイエンスであると同時に、ヒューマンストーリーでもある。


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そして、この「匂いの帝王」に引用されていたレビューのオリジナル、「パルファン・ル・ギド(香水ガイド)」をぜひ読みたい!と思い、パリで古書店など回ってみたりもした。


やっと私が「Parfums :le Guide Edition 1994」を手に入れたのは2006年。インターネットでフランス語バージョンのPDFを発見、ダウンロードした。プリントアウトして、辞書を片手にむさぼり読んだのである。



やがて2008年に日本語版が出版された。

読むほどに「どうしても、ルカさんに私の香水を評価してもらいたい」という切実な気持ちでいっぱいになった。自分の香りには自信があったものの、日本ではまだ、香水は海外ブランドを買うものと思われていたし、小さなメゾンフレグランスが注目されることはなかったのである。


本のどこかに書かれた彼のプロフィールに、ある「英国の大学」にいると書かれていたので、(学部も研究室もわからないまま)とにかく香水のサンプルと手紙を入れてルカ氏に宛てて、郵便で送ってみたのである。

よく考えれば、フランス語で出版された後、日本語に訳されて私の手に渡るまでに年月が経っている。彼の行動力を想えばひと所に居つづけることはないだろうから、私の手紙がもし運よく大学まで届いたとしても、彼はおそらくほかの地に移ってしまったであろう。

時々、手紙の行方をぼんやりと思い浮かべた。自分は絶海の孤島にいて、海岸から投げ入れた「ガラス瓶に詰めた手紙」は、どこかへ漂流(ひょうりゅう)していくのだ。

そして第2弾が2010年に出版されてから、次の香水ガイドは出されぬままになった。



8年がたった。
2018年の3月。一通のメールが、共著者であるタニアサンチェス(Tania Sanchez)さんから届いた。読むと、「香水ガイドを書く予定なので、今月中にあなたの香水を送ってください」と書いてある。

「え、あの?香水ガイドのあの人?」
ようやく来たチャンスにスタッフとともに手を取り合って喜んだものである。全種類にするか、それともセレクトして送るか。最終的に日本らしい香水と、海外に輸出しているものを中心に9点を提出することにした。

急ぎ準備をしてサンプルと資料を送る。送った後で『しかし、芳しくない評価だったらどうしよう・・・。』
ちょっぴり不安もよぎるが、選考に上ったこと、舞台に立てるということが何より嬉しい。

最初の香水ガイドで1437点、Ⅱには1885点が掲載されたので、おそらく今回もより多くの香水が集められ、それをすべて評価したら半年はかかるのでは?

早くても出版は年末だろうと思っていたが・・・。


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リクエストから予想外に早い出版に意外な思いもしたが、プロジェクトはもっと前からスタートしていたのであろう。お客様が帰られた後、大急ぎでアマゾンでその本を購入して、キンドルで開く。

「うわー!ドキドキする・・・見るのが怖い。。。」と私。

「でも、それを見てお客様がいらしたんだからいい評価ですよ、きっと!」と励ますスタッフ。



satori で検索して掲載の項目をチェック。結果は香水5作品が★4つ、そしてニューアコードの世界のベストテン4位にも選ばれた。詳しくは昨日のブログのとおりである。

なんという嬉しさ。ブランドの生い立ちから、一つずつの香水のできるまで、そんな限りないエピソードが次々とよぎっていく。


海外からのお客様たちがパルファンサトリの香水を自国に持ち帰り、外国のブロガーさんに取り上げられ、世界中の香水ファンのSNSで話題になる。やがて「フレグランチカ」に掲載され、海外の香水ブティックで販売されるようになった。

ガラス瓶につめた私の手紙は少しずつ波に打ち寄せられ、別の形で彼ら(Luca Turin氏とTaniaさん)のもとに届いたものと思われる。

「自分の好きな香りを思うように作っているのだから、人に何と言われようと気にしない」
「たくさんのお客様がパルファンサトリの香水を買って下さるということが、何よりの評価なのだ」
と言い聞かせてきたが、やはりこうして自分のブランドが世界でも認められたことが素直に嬉しい。



この仕事を個人で始めてから19年、会社を作ってから10年。辞めたいと思ったことは数えきれないけれど、やっていてよかったと思うこともたくさんあった。挫折の数だけ復活もあったわけだ。


周りからはスロースターターともいわれるが、ようやくスタートラインに立った気持ちである。ただ、ただ、今まで支えてくれた人々に感謝するばかりである。





結果はこちら↓



パルファンサトリの誕生日 birthday

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3月24日はパルファンサトリの会社創立記念日。2009年に株式会社を設立して10期目になった。スタッフたちと、10歳のお誕生日を祝う。おめでとう、パルファンサトリ。ありがとう、みんな!ここまで続けてこれたことがとても幸せ。




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六本木アトリエに引っ越してから初めての記念日である。今年のケーキは、東京六本木ミッドタウン「フルーツ ギャレリア サン・フルーツ 」のフルーツタルト。

キャンドルを10本立てて、みんなで歌って吹き消した。なんとなく照れくさくって、クスクス笑い声がもれる。

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でも会社は10年だけれども、実はこの仕事を2000年から個人で始めて19年。来年はブランド20周年になるので、まもなく成人式というわけだ。

創業社長にとって、「会社」は「子供」のようなもの。成長の早い子供もいれば、なかなか大きくならない子もいるように、その速度は一様ではない。そんなことが少しわかってきたのもつい最近のことである。

思うようにならない時は、焦って育児書(経営・ビジネス書)を読みあさったりしたことも多い。でも子育ての根っこはスキルではない。ハウツーは枝葉で、根本がなければ繁(しげ)らない。


パルファンサトリはまだまだ手のかかる子供である。一人では育てられなかったと思うけど、大勢の方に支えられて来たことを感謝している。




この気持ちを忘れないように、生きている間に「ありがとう」って、100万回言おう!と決心する。

1日100回を口に出して、1年で3万6千500回。28年で102万2千回。長生きすれば無理なくできそうな数字だ。(たぶん、あなたは長生きしますよって笑う人がいそうな気がする)

今日は何回ありがとうって相手に感謝のことばをかけただろう。足りない分は、一人で指折り数えて唱えている。

「ありがとう」の言葉が満ちて、まわりがちょっとずつ幸せな気分になったらいいなって思う。そんな程(ほど)のよさを続けていきたい。



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作品を世の中に出していく。学んだことを伝えていく。

やりたいことやミッションはたくさんあると思うけど、自分のできることをひとつずつ積み重ねていきたいと思う。


今日お伝えしたいこと。
「皆様どうもありがとうございました!これからもパルファンサトリをどうぞよろしくお願いいたします!!」






椅子の張替え 渋谷 DIY

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年末の30日、ミッドタウンで知人とランチ中に急にアトリエの椅子の張り替えを思い立つ。渋谷のTOAが近いのではと教えて貰い、今日までやっているらしいということで、六本木から渋谷行きの都バスに乗って布地を買いに行った。


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2020年のオリンピックを目標に、どんどん新しく街を作っているのだろうか。人はすごくたくさんいるし、ものすごい勢いで変わっていく渋谷に、

「スローな私はついていけない!」

とお上(のぼ)りさん状態である。


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昨年7月にアトリエを六本木に移転した折りに、椅子の張替えをしようと思いながら慌ただしさに取り紛れ、伸ばし伸ばしにしてきたものである。

「なに、始めてしまえば1時間もあればそれなりにできるはず。」それより生地のテクスチャーによって仕上がりがだいぶ違うので、選ぶ段階で成否が決まる。





渋谷駅から徒歩5分、「TOA」はどことなく昭和な雰囲気の生地屋さん。こじんまりしているが生地は積み重ねられてなかなか見ごたえがある。

無難に茶系の無地でちょっと粗目の素材をいくつかピックアップして、
「椅子の張替えをしたいのですが、これとかこれとか、適してます?」などとお店の人に聞くと、親切にアドバイスしてくれてとても感じがいい。

「座面40センチ角で全部で8脚で何メートル必要か」と相談、「幅150センチなので、150センチあれば足りますね」と教えてもらうが、万が一失敗したりして、足りなくまた来なおすのも億劫(おっくう)なので、多めに買う。


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椅子の座面は外れるので、生地でくるんで、後ろはタッカー(大きなホチキスのような道具)でとめる。

選んだのは淡いベージュのウール。椅子にウールはあまり使わないそうだけど、ストレッチがあるのできれいに巻けそうである。

ざっくりと切って、バンバンとタッカーで止めていく。


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椅子の裏の、この三角の部分からネジを抜けば、枠(わく)に固定してある座面が外れる。
張替えの前、ぐらぐらして分解してしまいそうだった椅子がひとつあったのだが、それはこのネジが抜けていたからだというのが裏返して判明。

張替え後、似たようなネジを探して本体と座面をとめなおしたら、ぐらつきがおさまった。


ちょうどこの正月に読んだ小説が「火天の城(山本兼一)」という、織田信長の安土城を建てた番匠(ばんしょう)の話であった。

その中に、番匠の息子が画いた設計図案の、吹き抜け構造の欠点を指摘する場面があった。

七層にもなる天主(てんしゅ)の強度の問題(と火災のリスク)である。床がはられていることによって、建物の構造の強度が高まると言うことを、模型を作って証明するシーンを読んだばかり。

理屈ではわかって読んでいたが、このたび、この椅子と座面の固定という、じつに卑近な例で実証できたのである。


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と、いうことで張りなおした椅子がこちら。

きれいにはなったけど、みんな教えるまで張替えに気がつかないほど、前とほぼ似た色だ。



細かく見たらいろいろと「難あり」だけど、その程度にざっくり見られている分には大丈夫そうだと安心したのであった。



アトリエを少しずつ自らの手で直していくというのが、なかなか楽しいものである。




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My Perfume Organ 私の<ミニ>調香オルガン台 ⑤

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When did I make this miniature perfume organ?  Maybe In 2007 ?

I spent a lot of time looking for the perfect material for these perfume bottles.

I bought 10ml acrylic cubes at a DIY store and also found silver bottle caps in the leather goods department there.

 

I glued a cap to the cube and made a miniature perfume bottle. I printed out perfume labels and cut them out.

 

Putting these bottles on the shelf, side by side, they perfectly fit!


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I painted another side table, and put 5ml tiny bottles on it.

I placed a miniature book that I bought in Paris and... Voila! The birth of a miniatelier.

 

I try to imagine myself sitting there. I think it's a little similar to the way of enjoying bonsai.

 

A joy of creation is totally different from the satisfaction you get from buying things even

if what you created doesn't look good. It's necessary to feel that you grow and get better today than yesterday, not by comparison to others, and that will bring you an infinite joy.




PARFUM SATORI  at Amsterdam  
YOU TUBE  
ttps://youtu.be/GVvoK9f1VDE 

日本語バージョンはこちら➤私の<ミニ>調香オルガン台

 http://parfum-satori.com/blog/2016/03/-my-perfume-organ-2.html

香りのテーマについて subject and fragrance name

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Q:日本の自然、文化、フランスの歴史、アメリカのものなど、香りのテーマや名前について調香師のあなたを導いているのは何ですか?


A:本は私の親友で、花は私の伴侶です。私は空想が好きです。
そこに生い立ちの環境があいまって、香りのテーマに導かれたと感じています。

 

小さい頃、よく親に連れられて海外を旅しました。
まだ柔らかい心に異国の情緒が刻まれ、大人になって香りを作るようになるまで、その記憶は長く熟成されてきました。

また、本を読むのもとても好きだったので、自分の中にたくさんの空想の世界を作り、それは旅の記憶と重なって絵物語となりました。

大人になり再びその地との出会いがあった時、時を経たその思いがすらすらと言葉になっていったのです。


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またアトリエの近くには、新宿御苑ナショナルガーデンがあります。
日本庭園、イギリス風、フランス風といった計画的な庭から、里山風の落葉樹の森など、東京の都心でありながら広大な自然に触れることができます。
私は四季の花を見るためにひんぱんにそこを訪れ、香りを堪能しています。
春はいたるところで次々と花が咲くのでパトロールをするのに忙しいくらいです。

私たちは花を愛でています。
それは、花の美しさだけに魅力があるのではなく、季節の巡り合いを愛しているのです。
冬を耐える梅の香りに希望を見るから、春の訪れに心が華やぐ桜だからこそ、感動するのだと思います。


テーマはこうした喜びにも導かれて浮かんでくるように感じます。


感動のないところに創造はありません。
人の心を動かすのは、そうして作られたものなのではないでしょうか?




日本的な香水とは?  Japanese style of perfumery

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Q:前の質問にもつながりますが、それでは西洋から見たオリエンタルではなく、日本的な香りとはどんなものですか?


A:日本的な香りと言うと、匂い袋や線香のような香調だけを思い浮かべがちですが、実際には、シンプルでトーンの軽い、花や季節感のある香りが好まれています。

中でもシトラス・ノートは、特に好まれる香りのひとつです。日本は柑橘類の種類が豊富で、和食にはユズ、カボス、スダチなどを微妙に使い分け、その香りの違いを細かく判断しています。

従ってシトラス・ノートのバリエーションというのは多すぎることがなく、常に好まれているタイプです。

また、湿度が高いこともあり、さらっと乾燥した香りを好み、たとえ西洋で言うオリエンタルな重厚感のある香りでも、べたつかなければ受け入れられるでしょう。

また、日本では香水をつける目的が、香りで自己主張をするというよりも、自身が心地よい香りでいたいという願望が多いように思えます。
 


(この記事は過去のプレス・インタビューから、回答を編集して掲載しました。)

極東から見たオリエンタル・タイプとは Orientaltype

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Q:あなたの感じる東洋の世界と、西洋で考えるオリエンタルの違い、そしてその香調の受け止め方はどのようなものですか?


A:その視点は西洋の国で捉えられているオリエンタル・東洋の世界とは若干違っているかもしれません。

ヨーロッパの人たちから見て、オリエントは神秘の国だったのでしょう。東の方といっても、中近東から東南アジアまで含めたエリアのイメージが混ざって、一体となったもののようです。

したがって、香水の世界で言うオリエンタル香調の骨格は、東南アジアのスパイス、ウッディや、中近東を思わせる樹脂のバルサミックな甘さ、バニラやアニス調のパウダリースイート。

さらにアニマル、レザーなどの重厚さを出す素材で、エキゾチックを表現したものではないでしょうか。

 

日本は長く鎖国状態にありましたから、ヨーロッパからは一層遠い未知の国であり、西洋で言うオリエンタルの香りには投影されにくかったと思われます。


私が感じるオリエンタルは、もう少し東寄りの極東アジア。同じアジアでも、地理や気候、宗教、文化が違いますのでイメージも異なります。

西洋の香水におけるオリエンタル、「東」の世界の香調は、日本から見れば、むしろ「西」寄りなのです。

 

当然、嗜好も異なりますので、オリエンタル香調との差を感じずにいられません。

四季のある、そして夏には独特の湿度のある気候だからこそ、ドライな香りを好むのです。食文化をみても、その違いは明らかなのではないでしょうか?



(この記事は過去のプレス・インタビューから、回答を編集して掲載しました。)

ジェンダーと香水 gender and perfumery

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Q:香水に性別はあるのでしょうか?

A:私は特に男性用、女性用と分ける必要はないと考えています。

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例えば私のコレクションの中で、「苔清水(こけしみず)」や「織部(おりべ)」などは情景を表した香りで、特に性別を意識しないで作ったものです。

また「睡蓮(すいれん)」といった花の名前の香水にしても、花そのものというよりは、水辺で一日の移ろいを過ごす風景を表していますので、これらの「情景描写の香り」はどちらのためということもありません。


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しかしまた、時には香りを作るときに、つける人物像を想定することはあります。

その象徴が男性だったり、女性だったりすることはありますが、結果的に買われる方の比率が男女同じくらいという香水も多いのです。

イリスオムとシルクイリスはその代表です。


先に生まれたのはシルクイリスです。
長い間、ミューズとして私の心にいた女性をイメージして作りました。

そのモデルは、高校生の時に見た白黒の映画雑誌に写っていた女優さんで、確かフランスの方だったと思います。

白いシルクのシャツに、パールのネックレスをつけただけのその人はシンプルな装いがとてもエレガント。
大人になったらこんな風になりたい...という気品がありました。


この香りは強く遠くまで届くというよりは、淡くいつまでも体を覆うように香ります。
白い肌が月の光で輝くようにというイメージで処方しました。

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一方、男性にはもっと力強い芯とくっきりとした輪郭をもたせた香りがふさわしいと思い、続いて作ったのがイリスオムです。

トップから長く続くシトラスと、鋼のように強いアンバーがコアになってわかりやすくなりました。


しかしこれらは男女両方に支持されています。
結局のところ、お客様は自分たちの好きな香りを買うということでしょうか。


ひと昔前の日本では、青は男の色、赤は女の色、といったような古典的な考えがあり、香水についてもはっきりと男性用、女性用と分けたほうが売りやすく、買うほうも選びやすい、という傾向があったようです。

しかし最近では、年配の男性でもフローラル系を好んだり、若い男性がグルマン系やフルーティな可愛い香りをつけたりなど、香水文化が浅い日本ではより自由かもしれませんね。


男女が共有できる香水を、初期のころはシェアフレグランス(とかユニセックス)と言いましたが、最近ではジェンダーフリーとかジェンダーレス(この用語については諸所意見があるようですが)の香水と呼ばれるようになりました。

香りが中性的というより、つける側の意識に、徐々に垣根がなくなってきたように感じます。

「道(どう)」と香水③Japanese Art of Fragrance_'KODO'

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私の香りの特徴は、一言でいえば「乾いている」ということです。甘いグルマン系の香水ならば、米や小豆を原料とするあっさりとした和菓子。バターやクリームのようなコクとは異なります。

たとえオリエンタル・タイプであっても、乾いた木とスパイス、植物系のアニマルとでもいうのでしょうか。私の作る香りは、重厚で艶のあるアニマリックではありません。


お茶の香りの「織部」には、畳の上でゴロゴロした時に香る「イグサ」の香り、また「夜の梅」には水墨画の香りが隠されています。おそらく日本で育った人なら懐かしく、海外から来た人にはいっぷう変わった香りに感じられるでしょう。


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沈香の香りも同様です。今はOUD(ウード)が流行っていますが、香道で焚く沈香の香りとOUDの香料の香りは全く異なります。

OUDは重くアニマリックでレザリー。心を掻き立てるようなセクシーな香りです。

一方沈香の香りは甘く暖かく乾いたスパイシーなウッディノートで、心を鎮める清浄な香りだと私は捉えています。このお香を思わせる香りは、私のお気に入りのいくつかの香水の中に見られます。したがって、私の香りに大きな影響を与えているのはやはり沈香の香りです。


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香道では、火のついた小さな炭を香炉の灰に埋め、その上に雲母(MIKA)の板を置いて沈香の切片を乗せるので、燃えることはありません。香木は間接的に温められることで、香気成分がマイルドに空中に放たれ、香炉の周りをふわふわと動き回るのです。

これはお線香やコーンのように、火をつけて煙が立つときのいがらっぽさを含む匂いとは違います。また、エタノールの力で拡散する香水とも全く異なる香りの立ち方です。


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まるで障子ごしの柔らかい光のように、間接的ともいえる匂い立ちを香水に表現してみたいと私は思いました。それゆえ、私の香りには「乾いている」と同時に、「あからさまではない」という特徴があるように思います。



自分の個性や特徴は、意図して出来るものではなく、後ろを振り返ってみた時、その足跡に歩き方のクセが現れていた、と言うようなものかもしれません。

特徴を表面に出すというよりも、余白のある、つまり「香水をつける方の居場所にあう」ことが「さとりらしさ」であったらいいなと思っています。



(この記事は過去のプレス・インタビューから、回答を編集して掲載しました。)

「道」と香水②華道 FlowerArrangement kado

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私は幼い頃から植物が好きで、学校から家までの帰り道、ポケット植物図鑑を片手に道草をするような子供でした。母が自宅で華道教室をしていましたので、生徒さんに混ざって見よう見まねでお花を活け始め、庭には季節の草花が植えてありましたので園芸にも関心を持つようになりました。

このように植物に囲まれて育ったので、自分の中での花に対する志向は、他に対するものと比べて、とても強いと感じています。特にその香りには早い段階から興味がありました。

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見た目が美しい花でさえも、香りがないとまるで紙でできた作り物のように思えてしまうことさえあります。一方で、一見地味でさえない花の中に、驚くような魅惑的な香りを漂わせているものを見つけます。

私は特に花の中心の蕊(しべ)に惹かれます。近づいてじいっと見つめていると、甘い蜜を含んだ蕊には、花の思いや夢が詰まっていて、まだ聞いたことのない調べを奏でているように思えます。

たくさんの金色の雄蕊がかしずく真ん中にはお姫様がいて...まあそんなふうに、いつも詩と空想の世界に遊びました。


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茶道や華道を学ぶにつれ、花の美しさを真に活かすためには、もっと視点を引いて全体の中の調和を見ることが必要だということを知りました。

例えば床の間に活けられる花は、枝ぶりを考え、葉を添えて自然にあるような風情で活けられます。

母だけでなく、私の祖母もまた華道教授でした。庭からただ一枝を切って、無造作に活けただけのように見えるのに、それがいかにも部屋に釣り合って

「それは素晴らしかった」と母は言います。


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香りも同様に、花をメインテーマとしても、それを引き立てるトップノートや支えるラストノートたちが過不足なく組み合わされ、花と風景と情緒をそっくり表現します。


茶室の花のように、その場所に調和をもたらし、纏(まと)う人に溶け込み、人生の1シーンを彩るような香りであることが、重要だと私は考えています。


(この記事は過去のプレス・インタビューから、回答を編集して掲載しました。)

「道(どう)」と香水①Tao & my aesthetics of perfumery

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私は幼い頃から茶道、華道を学び、香道にも親しみました。また、日本の伝統文化にも触れて育ちました。

これらの経験が、私のクリエーションにどのように影響してきたか「道(どう)」についてちょっぴり考えてみました。教えられたことや、体験、今まで読んだ本の知識など、乏しいながらも思い出してみたいと思います。


日本は長い間、鎖国によって世界から孤立してきたことで、独特の精神文化を醸成することができました。そのことが茶道の発展にも寄与していると思います。

お茶はもともと貴重な薬として始まりましたが、やがて喉の渇きをいやす飲み物となりました。さらに精神修養を持ち込んだのが茶道で、それは人生の渇きを潤すものとしての精神的な意味を持つようになりました。

日本では、茶道、華道、香道、武道、書道、と多くの技芸に「道」がついています。「道」を短い文章で語る事はとても難しいのです。なぜならば「道」は実践することであって、言葉で知るものではないからです。

私が茶道を習ったときにも、特別に「道」について教えてもらったわけではありません。作法だけが重要なのではなく、師に手順を習い、その形を繰り返し努める中で、自然と心と技が整っていく、とでも言ったらいいのでしょうか。


しいていえば「道」というのは人との競争ではなく、過去の自分と比べた成長であり、そのために精進する生き方です。さらに言えば過去も未来もなく、今現在が大切で、しかしこれは「今さえよければいい」というような、刹那(せつな)主義とは違います。「結果が重要なのではなくその経過」に、「未完成であるがゆえの成長の可能性」とか、「完璧」にではなく、「完璧を追求する過程」に価値を見出すことが「道」ではないかと思います。


不完全、といえば、茶碗にとって最も必要なことは、装飾ではなく「空っぽである」ことです。茶を入れる空間がなくては役に立ちません。同様に、人が真にくつろげる場所を見つけられるのは余白です。

香りだけで完成するのではなく、そこにつける人の居場所がある。香りと人と場所と生き方と一体となって、完成を「目指す」というのが私の理想の香りです。


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千利休とその息子、少庵との有名な逸話があります。ある日、庭の掃除をしていた息子は利休になんどもやり直しを命じられます。息子がうんざりして「もう清めるところはない」と言ったところ、利休は「未熟者め!」と叱って木を揺さぶり、紅葉(こうよう)を景色に散らしてみせたといいます。


この話はお茶のお稽古の時か何かで聞いて、私の記憶に残っていたのでしょう。ある海外での展示会で、私は花を活けました。広い会場の一角には、日本の秋の雰囲気を出すために、もみじだけを大きな壺に飾り、床に赤や黄色の落ち葉を散らしました。

しかしほかの場所を活け終わって戻ってくると、ホテルマンが気を利かせて葉をきれいに掃き清めてしまっています。「ダメダメ!かたづけちゃ~!」と言いながら、再度落ち葉をまき散らしたのを思い出します。



香りを作ることは、自分の内面を掘り下げていく作業だと思うことはあります。したがって、これは外を意識して計画的に作られるというよりは、私自身がそのまま作品に投影されていくのではと考えます。

そのためにも自分自身を磨いていきたいし、その気持ちが、私の「道」なのではと思うこの頃です。

 

香水ブランドができるまで⑥紐かけと箱 box

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初期のころ、素敵なボトルは日本にはなくて、フランスのボトルを少しばかり手に入れて作ってみたりした。 

しかし、ねじ式ではなく、落とし込んだだけのストッパー型のキャップでは、輸送中に蓋が取れてこぼれてしまうかもしれない。

実際に製品を作ってみると、その先のさまざまな問題が見えてくるものである。

そこで、フランスの古い本に載っていた紐かけの写真を参考に、このボトルに合うように工夫してみた。





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香水瓶が手に入っても、当時はそれを入れるまともな箱がないから自分で作ることにした。
ブランデーの箱や色々な箱を解体して、仕組みを研究した。

思いついて、既成の宝石用のケースを利用し、ボトルに合わせて中敷きを作りセットする。
小さいころから工作は得意だったのが、思わぬところで役に立った。


箱を探すところから数週間、最初の1個を作るのに、設計して完成まで数日を要した。
ひとつできれば、次は数時間でできる。
やがて、5個、10個とまとめて作ったりして。

やがて箱屋さんに発注するまでになり、数年後には、1ロット1000個単位に至った。
思えば最初の一個目が試作品としてつながっている。


ずいぶん回り道したものだとは思うけど、なんにしても、完成図を思い描いて作っていくというのは面白いものだ。

与えられた環境でできる限りのことをする、ということしかできず、それは今でもやっぱりそうだ。


ひとりで始めるっていうことは、そんなものだと思う。









日記のため書き「パルファンサトリの香り紀行」 blog diary

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今年の3月に2000記事を超えていたのに気が付いた。

まだブランドの知名度が低く、ウェブに見に来てもらう方法がないかと思ってブログを始めたのは2009年の3月。

いち早く始めていた友人が、
「ブログっていうのはね、1日3回はアップしないといけないんだよ」
という。

「えええ、1日3回も!」
それは無理だと思った私は、せめて一日一回、毎日ブログを書こうと思ったのだ。


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私の通っていた小学校低学年では、絵日記を1年365日毎日書かなくてはならないという厳しいノルマがあった。

もともとプラクティスとかトレーニングとか日課とかが嫌いな私にとって、週に1回、7日分を提出しなければならない月曜日は、大きな試練の日であった。
日曜日に帳尻を合わせ、ため書きするとか、またはそのまま白紙で出して叱られるということもしばしば。

その時はまさか大人になってまで日記を書く羽目になるとは夢にも思っていなかったのだが。。。


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そんなことで始めたブログ、パルファンサトリの香り紀行。
3日坊主ならないよう、
『とりあえず30日は続けてみよう。』
そう思って1か月がたったとき、 
『じゃあ3か月ね』
とか思って、それからは次第に書くことが楽しくなってきた。

植物の香りや、人に聞いたり調べたこと、いろいろ思いついたことなど書きつけておけば、のちのち辞書の代わりにもなるし。

「香水のことや香料のことを調べようと検索すると、このブログが出てきました」などど生徒に言われれば面はゆく、アトリエに来られるお客様に「ブログ読んで癒されてます」などと聞くと励みになったりして。

そんなことでいつの間にか七年たってしまった。



どんなに忙しくても必ず書くようにしていたが、ブログを始めたころの忙しさというのは、今に比べればのんびりしたものである。

今はいくら頑張っても、どうしても書くためのほんの30分が取れないこともある。

そこで、たまにはため書きと相成ったりする。




後で聞いたところによると、彼女が言っていた「毎日3回書かなくちゃいけないブログ」というのは
「今どこにいる」とか、「何を食べた」といった、1行くらいのものでよいそうだ。

それによって、「ウェブサイトが更新され、検索で上位に上がってくる」というSEO対策のためのものだとか。

生真面目に写真とか長い文章を書くようなものではないということが後になって分かった。

となると、ため書きをアップしても本当は意味がないのである。嗚呼。


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最近では、通勤途中にインスタグラムhttps://www.instagram.com/parfumsatori/にアップしている。

世界中からリアルタイムに反応があるというのは、それはそれで面白いものである。



「無駄なのか意味がないのか、続けてみなければわからない。」
という性分だから仕方がない。

ただ、なにごとも楽しいと思っていなければ続けられないものである。




香水ブランドができるまで⑤香水瓶探し perfume bottle

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私は香水瓶を探していた。
なぜならば、日本には気に入ったボトルがなかったのだ。

16年前に、一人で仕事を始めて、香料をようやく手に入れたものの、香水は入れ物がなければ持ち運ぶことはできないし、ボトルが素敵でなければ手に取ってもらえない。

「香水瓶は、鏡台の上に置いた時から香り立たねばならない」といったのはフランソワ・コティ、
「ボトルは香水の住む家」といったのは有名なボトルデザイナーのピエールディナン。

フランスにはあんなにたくさんのボトルがあるのに、、、

海外ブランドの香水瓶はとてもきれい。
でも、そこまでオリジナルのものでなくても、もう少しベーシックなものがあるのではないか。

実際、わずかではあるが目にしたことはある。ようやく探し当てた素敵な既製品の瓶は、フランスの製造メーカーから最低6000本のオーダーで輸入しなければならないという。


当然大手化粧品会社は自分のブランドのオリジナル型を持っているし、小さい化粧品会社は香水を作ることはあまりないようす。
ほかに、国産ボトルの買えるところがないか、香料会社や、パフューマー、瓶の問屋さんなど関係のありそうなところに聞いても、さっぱりたどりつくことはできない。

のちに、逆に他社パフューマーに「さとりさんの香水瓶を分けて」と言われることすらあった。
香水を作る製造過程はかなり分業化されており、香料業界といえどもドンピシャの人でなければ知らないらしい。

そのころは、インターネットの検索なんかほとんど使われていなかったから、電話帳で調べて日本のボトル製造メーカーも訪ねてみた。

いわく、日本での需要は薬瓶とか食品用のボトルがほとんどで、既成の香水瓶は限られているとか。
そういえば、どこのメーカーに行っても同じボトルが置いてある。
オリジナルの香水瓶を作るためには金型から作る必要があり、となると最低ロットも多い。

フランスのきっちりしたボトルを作るオートメーションの機械では、1日の製造数は万単位。
日本でも千単位でないとコストに見合わない。

ある程度の大きな仕事があれば別だが、当時の私ではとうてい1年で消費するのには無理な数字だった。



そうはいっても仕事には喫緊(きっきん)に必要なので、とりあえずできるだけシンプルなボトルを探し、それを使いながら模索を続ける。
『瓶がシンプルならば、ラベルやちょっとした工夫で素敵になるはず・・・』

パソコンとプリンターの使い方を調べ、紙屋さんやハンズなどで素材を選び、今思えばこういうことが、少ない数でもなんとかやりくりする方法を覚えるのに役に立っている。
また、スクールで教えるのにも、そういった実践的なエッセンスが生きていると思う。

「あれがないからできない」とかいわないよう、問題解決法を学んでもらいたい。

まあ、一行で言ってしまえば、たった一行のことであるが、この行間(ぎょうかん)にある苦労を察していただければ幸いである。(苦労自慢が受けるのは昭和世代だけかもしれないが)


2年くらいそんなふうに探していただろうか、ある日、フランスに縁のある人と会った時、その話をしたら、「じゃあ、フランスへ行って探したらいいですよ」
なんて軽く言われ、
『そんな、雲をつかむような...。』
と絶句したものの、周りからの
「行ってみたら?」という声で、その後アシスタントをしてくれることになるR子ちゃんと行くことにする。

ちょうど、マルセイユに知人もいたので、ついでに香料を探しに行くことにした。

このくだりは2009年にアップしたブログ、昔の回想録として書いている。


2009年の記事➤マルセイユまで 
② http://parfum-satori.com/blog/2009/03/--1.html

③http://parfum-satori.com/blog/2009/03/--2.html
④http://parfum-satori.com/blog/2009/03/-4.html
⑤http://parfum-satori.com/blog/2009/03/post-79.html

つづく

パルファンサトリ 会社設立記念日 PARFUM SATORI Birthday

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今日、3月24日はパルファンサトリが株式会社になって7周年。

キルフェボンのケーキとお茶で、スタッフたちとお誕生パーティーをした。

フランスでは、7歳になると「分別(ふんべつ)の歳」とするらしい。

「7歳はもう子供ではないし、誰かに従わなければならない存在でもないが、社会規範に則って、自分で責任を取らなければならない」というらしい。

まだ7歳と、甘えてはいけないのだ。




2000年に、一人で香水の仕事を始めて16年になる。

始めてからずっと、「大海にたったひとり」の感であった。

四方八方、波ばかり。
進んでいるのか戻っているのかわからない中での私のモットーは
「たゆとえど沈まず(Fluctuat nec mergitur)
パリ市の紋章にある言葉だ。


そして2009年に自己資本比率100%で株式会社パルファンサトリを設立、今日で7年が過ぎた。
きわめて遅い歩みである。



会社を作ってからは、2009年秋のリーマンショック、2011年の大震災、消費税などなど、逆風と荒波にもみくちゃにされ続けて、どうやってここまで来れたのか?と思うと、やっぱり周りの人たちに恵まれ、かつ神様の加護もあったと思う。

船乗りが「板子一枚下は地獄」と、験(げん)を担いだり、海神さまを祀ったりするのがわかるわあ。。。



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最初一人でやっていた時は何もかも、自分がやらなければ、いつもまでたってもその仕事はそこに置いたままになっている。

そんな仕事したくないって、泣いたって、ふてくされたって、紙一枚のコピーだって動かない。



でも今は、スタッフの誰かにお願いすれば、自分が他の仕事をしているときに、その仕事が進んでいるというのが、本当にミラクル!

要領の悪い私がやるよりも、ずっと早くできてて、奇跡のように感じてしまうのだ。

「うわー、できてたの?ありがとう!」

あんまり喜ぶから、たまに
「ハードル低すぎる(笑)」
と返されることもあるけど。



昔に読んだ童話が思い出される。

貧しい靴職人が仕事に疲れきって眠ってしまうと、夜中のうちに、心優しい妖精たちが大勢で靴を縫い上げてくれて、朝起きたらそこにピカピカの靴がある!

というような、まさにその感謝の気持ちでいっぱいなのだ。



みんなはわからなかったと思うけど、この7年、プラス9年のことを思い浮かべると、ケーキを前にじんわり目元が潤んでしまうのであった。


社長の自覚をもって明日からまた頑張る!







香水ブランドができるまで④ フレグランスコンテストFragrancecontest

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そもそも、なんで世界調香師会議へ行ったかというと、その動機はまたさかのぼる。

だいぶ前になるが、とある日本の化粧品会社が2年に一度フレグランスコンペを開催していた。


その時のテーマは「日本女性の凛とした美しさを表現する」とかいうような内容だったと思う。

私はその年、コンテストには2回目の挑戦をした。

初めての出品のときは第2次審査まで進んだのだが、今度のテーマは
「絶対グランプリを取れる!」
との自信をもっての出品である。

そのコンペには、主催の化粧品会社と取引のある香料会社に所属していないとエントリーできないという条件だったので、くだんの、最初の取引をした香料会社の社長さんにお願いして、そこの会社のパフューマーたちと一緒に出品させてもらった。


それでなぜ、そこに出したかったか?というと、よく覚えていない。
なーんだと思われるかもしれないが、たぶん、私のようなキャリアのない人間がブランドを作るためには、賞が必要だと思ったのかもしれない。


私の出品作品のタイトルは「伽羅(きゃら)」。

そのイメージは
「座敷では、障子ごしの光のやわらかなほの明るさに、立居振舞がより美しく映えます。さらさらとした衣擦れを余韻として、立ち去った後の静寂に、その女性の面影を追う・・・そうした日本の美意識を作品にこめました。」

沈香木の香りを表現した、当時はまだあまりなかった「ウッディタイプ」の香水である。



絶対の自信作であったが、2次審査を通ったものの最終審査で落ち、ひどく落胆したのを覚えている。


その後、グランプリが発表され、展示場へ足を運んで香りを嗅いでみると、それは大手香料会社の、外国のパフューマーがとった「不思議の国のアリス」というタイトルの、オゾンマリンタイプであった。

なぜこれが、日本女性の凛とした香りなのか、私にはまったく理解できなかった。


自分の技術が未熟だったのだろうと言い聞かせてみた。

しかし、意地を張ってみれば、
「きっとまだ私の香りは早すぎて、日本では理解されなかったのだ」とのプライドもあった。

あの、サンローラン「オピウム」で有名な印籠型香水瓶のデザインだって、ピエールディナンが最初に持ち込んだ日本のブランドには採用してもらえなかったというから、身近にあるものというのは、案外評価が低かったりするものだ。

そうやって納得させたりして。


いったんは失望した私は、本場、フランスにあるという香水コンテストに出してみたいと燃えたのである。


大人の事情も分からない、世間知らずは、まったくもって懲りないというか、打たれ強いというか、持ち前の負けん気で、失意からの復活を果たしたのであった。若気の至りともいう。


記憶が芋づる式にさかのぼっていくので、いったいどこへこの話が落ち着いていくのか・・・。

ちなみに、そのだいぶ後の2006年に、「さとり」という名前で発売した茶壷香水は、この「伽羅」の香りが原型になっている。




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▶ さらさらとした衣擦れを余韻として、立ち去った後の静寂に、その面影を追う・・・そうした日本の美意識をこの香りにこめました。 茶壷香水さとり



香水ブランドができるまで③世界調香師会議world perfumery congress 

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今回は最初の大きい仕事について書こうかなと思っていたり、香料の調達についてはまた少し別のときにと思ったり。

話があっちこっち行ってしまうのはご容赦いただくとして、

香水の仕事が今に続く大きなきっかけは、2004年のWPC、世界調香師会議(フランス・カンヌ)にある。
そのご縁でたくさんの香料関係の方と知り合いになることができた。



そこで出会ったのが香料外資の日本支社長のS氏。

また、日本の大手化学メーカーから外資香料会社へ入られたF氏。

天然香料を多く取り扱っている日本の香料会社の社長さん。

そして当時は大きなオランダの会社にいて、その後独立し、パルファンサトリのバックアップをしてくださっている、南仏グラースの香料会社の社長さん、などなど。

その折、大御所パフューマーとも知り合いになり、
そのときのご縁のあった皆様には、今でもご相談に載っていただいている。


たぶん、わざわざ遠く日本から単身やってきたというアドバンテージで、そんな方々ともお知り合いになれたのだと思う。

その場の単なる名刺交換でなく、その後もずっと親身になってくださり、今の会社があるのは、皆様のおかげと本当に感謝してる。


そのWPCに行くきっかけを作ってくれたのは、私の恩師のパフューマーM先生である。

でも、またその話をするためには、どっかへそれてしまうかもしれないけど・・・。

つづく




香水ブランドができるまで 香料の調達② fragrancelowmaterial

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ある明るい秋の日だったと思う。

少量で販売してくれるという、ありがたい奇特なその香料会社を訪れてみた。
都心から電車に乗って1時間ちょっとのところである。

駅から15分ほど、駅前のまっすぐ伸びた道路を歩いたところに、その会社はあった。
正面はガラス張りで、明け放したドアから、強い香りが漂っている。
玄関の横には段ボールが積んであったりして。


声をかけて中に入ると、思いのほか若いパフューマーが社長さんで、気さくな感じ。
中を案内してもらうと、広い倉庫の中を大きく二つに仕切って、半分はラボ兼事務所、半分が香料保管室件工場、みたい。

のんびりした雰囲気の中、お年を召したパフューマーと若い女性アシスタントパフューマーが働いている。




思い起こせば16年前・・・最初に香料を発注したのは9月だった。
予算の関係もあるので、初回注文は汎用品を中心に、100グラムづつ30種類の香料を買った。

翌月は20本、さらに翌月10本、また10本と、少しづつ香料を買い足していった。

このたび記事を書くために、当時の発注書を探して読みかえしてみた。

一度には買えないので優先順位を決めて、増やしたり削ったりした痕跡が感じられる。


「こんな香料を買うのに苦労していたのか」
「あー、だいたい月の予算がこれくらいだったんだなー」
と、あまりにいじましいというか、いじらしい買い方で、思わず涙した。。。

というのは大げさであるが、「苦労したんだねえ」とほめてやりたい気分である。
そんな風に売ってくれた香料会社さんにもとても感謝している。

なにしろ、香料なしでは、「陸に上がった河童」というか、(ちょっと違うかな?)手も足も出ないでしょ。



まあ、そんな風にして注文したり通ったりしているうちに、ありがたいことに、
「大沢さん、オルガンが一つ空いているから、自分で充填するなら小分け量は半額でいいよ」
と言われ、

「渡りに船」とばかりに、自前のボトルと電子メトラーを持ち込んで、充填し、ラベルを張り、
最後に社長さんに検品してもらって、伝票を置いて帰るようになった。

そのうち、10gでも20gでも好きな量だけ買えるようにもなった。

量が少なければ、保管場所も小さくて済むということだから、割高になってもそのほうが良いのである。


そこのオルガンは、コの字型の直角なもので、どちらかというとジャンカール先生のオルガンに近い。

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そしてなぜ自前の電子メトラーまで持って行ったかというと、そのオルガンに備え付けられていたのは、アナログな天秤だったのである。(天秤についても、いつか書きたいことが満載だが、ここは後に譲るとして)


月に一回くらい通っていただろうか。
そこで、たまたま出会った方がきっかけで、初めての大きな仕事を得ることができたのである。


つづく


香水ブランドができるまで① 香料の調達 fragrancelowmaterial

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前回、私の調香オルガン台のことを書いてから、早くも1週間が過ぎてしまった。何から書いていいのか、話がひろがっていくのでとても難しいけれど。

調香オルガン台を作ったとしても、その上に並べるボトルと、その中身の香料はどうやって調達するか。
それはそれは、本当に苦労した。


香りのオルガン台に香料が無かったら、鍵盤のないオルガンと同じ。
もしくは、絃(げん)のないピアノかも。


もちろん、こだわりうんぬんは別として、料理人なら、肉も野菜も市場へ行って買うことができる。
画家なら、画材屋さんへ行って絵具を買うこともできるだろう。


しかし香料は、一般にはどこにも売っていないのだ。


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香料の原液が買えるとしたら、せいぜい、雑貨コーナーにあるエッセンシャルオイル。
いまでこそ、数十種類そろえているアロマのお店もあるだろうけれど、当時はそれすら、まだそれほど多くなかった。


調香で使う香料は、天然香料は100種類ほど、単品香料だけで最低200種類は欲しいところだ。
香料会社なら同等品の産地違いやメーカー違いなど延べていくと、軽く1000や2000は持っている。
(今はどこも減らす方向に向かっているが)

で、単品香料は売ってくれないだけでなく、仮に購入できたとしても、最低1kgとか、一斗缶(18kg)とかで流通しているのがふつう。

それを300種類も揃えるとなったら、倉庫がいっぱいになってしまう。

そこで、ほんの少しでも売ってもらえるところはないかしら、と、分厚い電話帳を片手に(そのころはネットで調べるというような時代ではなかった)香料会社をピックアップして、端から電話をしてみた。


近いところから順番に、200社くらいかけたのではないかと思う。

当然なことだが、量が小さくて種類の多い注文は、香料を詰める時間や、ラベルを打ちだし貼ったり
伝票をおこしたりと、手間ばかりかかって割に合わない。
サンプルだったら出せるけど、売るのは面倒、というのが普通だ。

やっぱりというか、ほとんどが門前払いの中、2社くらいがファックスでリストと見積もりを出してくれた。
しかし、10gあれば十分な香料でも、最低ロットが1kgからであったし、種類は20種類くらいしかない。

つまり、50ml入りの香水瓶の中に、わずか0.001gしか入れないような香料でも、なければその香りにならない。

そんな香料を1kg買ったら、100万本も作れてしまう。
ざっくり説明すると、そういうことである。



もう少し電話をしてみると、ようやく1社、埼玉にある小さな香料会社が100gでも売ってくれるというので、早速会いに出かけてみた。

そこに行ったときのことはよく覚えている。


ラボと工場と倉庫が一緒になって、体育館のように広い。
調香師が二人もいて、もうひとりアシスタントパフューマーがいて、あとはコンパウンダーさんと経理事務の人という小さな香料会社である。


本当にひとつの話をするために、その前の説明をしなくてはならず、どんどん話がそれていくような感じ・・・。

つづく。

私の<ミニ>調香オルガン台 My Perfume Organ ④

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何か一つ、新しい事業をするということは大変だ。

こんな調香オルガン台一つ作るのだって、見つけることから始まり、送ってもらうときとか、組み立てたら「図面失敗!」で、板をまた切り直しなど、大小、細々とした問題が発生するもの。

なんでも構想を立てるところまでは楽しいけれど、すべてのことが、一度で思い通りになんか行かない。
ましてや仕事は多岐に渡って複数のことを同時にやらなくてはならないし。

そのたびに「ヒエー」とか、「ヤダー!」とかいいながら、それでも粘り強く続けることが大事だと思う。


前振りが長かったけれど、んな中で、この小さなミニオルガン台は、最初から最後まで楽しく作れたもの。


「この小さいオルガン台も、私が作ったのよ」というとやっぱりみんなびっくりする。

私はちいさなオルガン台を作り、世界中旅するときにそれをもって、景色と一緒に写真を撮ろうと思ったのだ。

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この小さなオルガン台は、二つのパーツから成り立っている。

パリのリュシュリュー・ドローにあるおもちゃ屋さんで見つけたドールハウスの店。
そこで、あれこれ探しているうちに、ミニチュアの本棚とデスクを組み合わせて、小さな調香オルガン台を作ろうと思いついた。

この上置き棚の部分は、背の高いタイプの本棚を中央から二つに切って、上の部分だけを使用。
そして、うまい具合にサイズ感の合うデスクがあったので、そこに乗せてボンドで貼った。

本棚の横の波打つ部分は、もともとの飾りを活かしたが、私のオルガン台のような、棚の曲線部分は、最初直線だったのをヤスリで削ってアーチ状にした。


買ったときは白木だったから、それをまたニスで塗ってオーク調の色にする。
これは小さいから、棚の隅の直角の部分が塗りにくい。

意外に手が込んでいて、つまみもついてちゃんと引き出しも開く。


やはり白木の椅子も買って、同じ色でついでに染めた。
これらは、日本に帰って来てからした作業だけど、、、

材料費はほんの十数ユーロだったと思うけど、パリから持って帰るときは、宝物のようにうやうやしく、壊れないように大き目の箱にしっかり入れて、スーツケースに詰めた。

フランスに行ってもブランド品を買うわけでなく、たぶんこのおもちゃが、そのときパリで買った一番大切なものだった。


このオルガン台が手作り品だというとみんな、「こんな小さなボトルもあるんですね」というから、「この瓶も私が作ったんですよ」とニヤリ。

つづく・・・。






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スクール関連ブログ記事

スクールトップ

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私の調香オルガン台 My Perfume Organ ③

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自作の調香オルガン台。
下の部分は、一枚の板からカットした。

その設計図をしばらく探していたのだが、ちょっと見当たらないので残念だ。
設計図と言っても、方眼紙をつなぎ合わせて、そこに手書きで実寸大の図面を引いたもの。

大きなアールが必要だったから、鉛筆に紐を結んでコンパスのようにして曲線をひいた。


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机から全部作るのはちょっと大変なので、オルガン台の本体はライティングビューローを利用することに。
小ぶりできれいなアンティークのビューローを探したのだが、日本にはなかなか適当なものがない。

ネットで調べに調べたところ、ボストンの家具屋さんに、イメージぴったりのものがあるのを発見した。
当時はまだ今ほどネット検索が盛んでなかったころだが、試行錯誤しながら見つけたときは嬉しかった。

15年前のこと、どうやって注文したのか詳しくはよく覚えていない。
ようやくお店から買うことができて、ボストンに住む知人の家に送って、そこからまた日本に送るよう運送会社を手配してもらった。

しかし、最大手の運送会社に送料の見積もりを取ったところ、な、なんと32まんえん。
送るだけで?吃驚仰天(びつくりぎょうてん)。

そこでまた知り合いのつてを頼り、輸入会社のコンテナに一緒に入れて、ボストンから送ってもらうことができた。

送料はごくごくわずかですんだ。




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ビューローの内側の部分を採寸し、それに合わせて方眼用紙に線を引く。
近くのDIYの店で板を買い、天板のサイズに合わせて板を直線カット、さらに設計図面に合わせてアール部分の曲線カットもオーダー。

さすがDIYの店、自分の糸鋸ではこうはきれいに切れない。
比較的薄い板を使ったので繊細な感じに作ることができた。

棚を階段状にするために、後ろには支え板をつけて持ち上げている。

工作をよくやる人ならすぐわかると思うが、
このひな壇のような香料を並べる台の部分は、そういうわけで、組み立てた板と板をバラせば、また元の一枚の板に戻るのである。




あとはビューロー本体と、上に置いた棚に色を合わせて、深いローズウッド調の色にニスを塗る。
ビューロー本体の中に、棚の部分が格納できるか調整。

「おおーっ」という感じで、外と中がぴったりと合ったときの感激!


そして、香料をひとつづつ並べてみると、夢にまで見たという言葉があるが、本当にイメージ通りのエレガントなオルガン台になった。


自分の頭の中の構想から、素材を選び、発注して、図面を起こして、組み立てて・・・と、自作の調香オルガン台とはいえ、完成まではいろんな人の手を借りてるので、みんなの合作でもある、と思っている。







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私の調香オルガン台 My Perfume Organ ②

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初めは、調香オルガン台の上の棚だけがあった。
この上置き棚は、同じ形で5台くらい作ったものの最後の一台だ。


20年以上前、初期のバージョンは、白いペンキや、チークの明るい茶色を塗ったものもある。
縦横の比率もほぼ正方形でこれとはちょっと違う。

これはローズウッド調の深いブラウンでアンティーク風にしてみた。



子供のころから工作は好きだったし、DIYの店に行けば木材カットもしてもらえるので、シンプルな直線の本棚くらいは簡単。

もともとの木材のサイズをできるだけ利用するように図面を書いて、東急ハンズへ行き、厚さ10mm×幅60mm×長さ600mmの板を7本購入。

台座の板と背板を別にカットしてもらい、後は組み立てて釘を打つだけ。
やはり自分で鋸(のこぎり)で切るよりも、ここはお店にカットを頼んだ方が角がきっちりでるし、最後の仕上がりがきれいだ。

ボトルが落ちないように棚板の前部に薄い板を貼って立ち上げる。
飾り縁を周囲に張り付け、ペーパー(紙やすり)をかけて古布でニスを塗る。
手や爪がニスで茶色に染まった。

確かそんな感じだったはず。

棚だけだと素朴な造りだけど、金のキャップの香料をずらっと並べると、キラキラしてモノスゴクきれいに見えてしまうのだ。

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初めは机の上にコの字型に乗せただけだったけれど・・・。
狭いところでの作業だから、ひな壇のようにスペースが取れなかったのだ。

これはディスプレイ用ではなく、本当に使うために作った、棚を机に置いただけのオルガン。
若い~。

このころは目が良かったし、コンパウンダーさんもいなかったので自分で香料を調合していた。
というのはまた別の話で。
だんだん年を取ってくると昔語りがしたくなるものである。

下のアールのついたオルガン部分はあとから作った。





私の調香オルガン台 My Perfume Organ ①

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香料がまるで鍵盤のように並ぶ、これを調香オルガン台という。

私が作った、私のオルガン台。
2001年のことである。

アトリエに来た人は、みなこのオルガン自体が私の手作りだと聞くとびっくりする。
まるで、もともとこういうものが存在したかのように思っているらしい。

頭の中で調香オルガン台の姿を思い描いて、それをデッサンして、図面に起こして、カットされた木を組み立てて・・・。
そうやってできたものである。


20160117私の調香オルガン台2.jpg

原料の香料を、調合しやすいように並べたものをオルガン台と呼ぶ。
香りにはしばしば、音楽用語が使われることが多い。

これら調合作業に使われる台が「調香オルガン台」と呼ばれるのも、香料瓶がまるでオルガンの鍵盤(キー)のように並んでいるからだという。



1988年に、私が香りの仕事を始めた当時は、日本でまだハーブやアロマセラピーですら黎明期。

香水はデパートの棚に陳列されているボトルを買ってくるもの、一般には調香師の存在もほとんど知られていなかった。

ましてやその香水の中に100にもあまる成分が入っているとは、ごくわずかの人しか知らなかっただろう。



20160117私の調香オルガン台.jpg



当時(おそらく今でも)、香料会社においてあるオルガン台というと、白い(そのほうが明るくて見やすい)合成樹脂でできた階段状の、ほぼ直線でできたひな壇の上に、褐色の資料瓶(そのほうが遮光性がある)が並び、まるで理科の実験室のような(まさしくラボだから)、ものであった。

鑑賞用のものではなく、実用的なものであるから、それは仕方がない。
しかし、私はあるプレゼンテーションのために、もう少し雰囲気のある、そして鑑賞に堪えるオルガン台が必要となった。


私のイメージは、アールヌーボー。
エレガントな曲線で作られたアンティーク風のオルガン台である。

始めてみる人は驚き、香料関係の人は讃嘆する。
これは、15年間ずっと私のブランドの象徴として活躍してきた。



なぜ、自分で調香オルガン台を作ろうと思ったかは、とても長い話になるので後日にするとして、どうやって作ったかを、次回以降、思い出して書いてみたい。







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