Parfum Satori

パルファンサトリができるまでの最近のブログ記事

My Perfume Organ 私の<ミニ>調香オルガン台 ⑤

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When did I make this miniature perfume organ?  Maybe In 2007 ?

I spent a lot of time looking for the perfect material for these perfume bottles.

I bought 10ml acrylic cubes at a DIY store and also found silver bottle caps in the leather goods department there.

 

I glued a cap to the cube and made a miniature perfume bottle. I printed out perfume labels and cut them out.

 

Putting these bottles on the shelf, side by side, they perfectly fit!


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I painted another side table, and put 5ml tiny bottles on it.

I placed a miniature book that I bought in Paris and... Voila! The birth of a miniatelier.

 

I try to imagine myself sitting there. I think it's a little similar to the way of enjoying bonsai.

 

A joy of creation is totally different from the satisfaction you get from buying things even

if what you created doesn't look good. It's necessary to feel that you grow and get better today than yesterday, not by comparison to others, and that will bring you an infinite joy.




PARFUM SATORI  at Amsterdam  
YOU TUBE  
ttps://youtu.be/GVvoK9f1VDE 

日本語バージョンはこちら➤私の<ミニ>調香オルガン台

 http://parfum-satori.com/blog/2016/03/-my-perfume-organ-2.html

香りのテーマについて subject and fragrance name

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Q:日本の自然、文化、フランスの歴史、アメリカのものなど、香りのテーマや名前について調香師のあなたを導いているのは何ですか?


A:本は私の親友で、花は私の伴侶です。私は空想が好きです。
そこに生い立ちの環境があいまって、香りのテーマに導かれたと感じています。

 

小さい頃、よく親に連れられて海外を旅しました。
まだ柔らかい心に異国の情緒が刻まれ、大人になって香りを作るようになるまで、その記憶は長く熟成されてきました。

また、本を読むのもとても好きだったので、自分の中にたくさんの空想の世界を作り、それは旅の記憶と重なって絵物語となりました。

大人になり再びその地との出会いがあった時、時を経たその思いがすらすらと言葉になっていったのです。


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またアトリエの近くには、新宿御苑ナショナルガーデンがあります。
日本庭園、イギリス風、フランス風といった計画的な庭から、里山風の落葉樹の森など、東京の都心でありながら広大な自然に触れることができます。
私は四季の花を見るためにひんぱんにそこを訪れ、香りを堪能しています。
春はいたるところで次々と花が咲くのでパトロールをするのに忙しいくらいです。

私たちは花を愛でています。
それは、花の美しさだけに魅力があるのではなく、季節の巡り合いを愛しているのです。
冬を耐える梅の香りに希望を見るから、春の訪れに心が華やぐ桜だからこそ、感動するのだと思います。


テーマはこうした喜びにも導かれて浮かんでくるように感じます。


感動のないところに創造はありません。
人の心を動かすのは、そうして作られたものなのではないでしょうか?




日本的な香水とは?  Japanese style of perfumery

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Q:前の質問にもつながりますが、それでは西洋から見たオリエンタルではなく、日本的な香りとはどんなものですか?


A:日本的な香りと言うと、匂い袋や線香のような香調だけを思い浮かべがちですが、実際には、シンプルでトーンの軽い、花や季節感のある香りが好まれています。

中でもシトラス・ノートは、特に好まれる香りのひとつです。日本は柑橘類の種類が豊富で、和食にはユズ、カボス、スダチなどを微妙に使い分け、その香りの違いを細かく判断しています。

従ってシトラス・ノートのバリエーションというのは多すぎることがなく、常に好まれているタイプです。

また、湿度が高いこともあり、さらっと乾燥した香りを好み、たとえ西洋で言うオリエンタルな重厚感のある香りでも、べたつかなければ受け入れられるでしょう。

また、日本では香水をつける目的が、香りで自己主張をするというよりも、自身が心地よい香りでいたいという願望が多いように思えます。
 


(この記事は過去のプレス・インタビューから、回答を編集して掲載しました。)

極東から見たオリエンタル・タイプとは Orientaltype

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Q:あなたの感じる東洋の世界と、西洋で考えるオリエンタルの違い、そしてその香調の受け止め方はどのようなものですか?


A:その視点は西洋の国で捉えられているオリエンタル・東洋の世界とは若干違っているかもしれません。

ヨーロッパの人たちから見て、オリエントは神秘の国だったのでしょう。東の方といっても、中近東から東南アジアまで含めたエリアのイメージが混ざって、一体となったもののようです。

したがって、香水の世界で言うオリエンタル香調の骨格は、東南アジアのスパイス、ウッディや、中近東を思わせる樹脂のバルサミックな甘さ、バニラやアニス調のパウダリースイート。

さらにアニマル、レザーなどの重厚さを出す素材で、エキゾチックを表現したものではないでしょうか。

 

日本は長く鎖国状態にありましたから、ヨーロッパからは一層遠い未知の国であり、西洋で言うオリエンタルの香りには投影されにくかったと思われます。


私が感じるオリエンタルは、もう少し東寄りの極東アジア。同じアジアでも、地理や気候、宗教、文化が違いますのでイメージも異なります。

西洋の香水におけるオリエンタル、「東」の世界の香調は、日本から見れば、むしろ「西」寄りなのです。

 

当然、嗜好も異なりますので、オリエンタル香調との差を感じずにいられません。

四季のある、そして夏には独特の湿度のある気候だからこそ、ドライな香りを好むのです。食文化をみても、その違いは明らかなのではないでしょうか?



(この記事は過去のプレス・インタビューから、回答を編集して掲載しました。)

ジェンダーと香水 gender and perfumery

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Q:香水に性別はあるのでしょうか?

A:私は特に男性用、女性用と分ける必要はないと考えています。

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例えば私のコレクションの中で、「苔清水(こけしみず)」や「織部(おりべ)」などは情景を表した香りで、特に性別を意識しないで作ったものです。

また「睡蓮(すいれん)」といった花の名前の香水にしても、花そのものというよりは、水辺で一日の移ろいを過ごす風景を表していますので、これらの「情景描写の香り」はどちらのためということもありません。


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しかしまた、時には香りを作るときに、つける人物像を想定することはあります。

その象徴が男性だったり、女性だったりすることはありますが、結果的に買われる方の比率が男女同じくらいという香水も多いのです。

イリスオムとシルクイリスはその代表です。


先に生まれたのはシルクイリスです。
長い間、ミューズとして私の心にいた女性をイメージして作りました。

そのモデルは、高校生の時に見た白黒の映画雑誌に写っていた女優さんで、確かフランスの方だったと思います。

白いシルクのシャツに、パールのネックレスをつけただけのその人はシンプルな装いがとてもエレガント。
大人になったらこんな風になりたい...という気品がありました。


この香りは強く遠くまで届くというよりは、淡くいつまでも体を覆うように香ります。
白い肌が月の光で輝くようにというイメージで処方しました。

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一方、男性にはもっと力強い芯とくっきりとした輪郭をもたせた香りがふさわしいと思い、続いて作ったのがイリスオムです。

トップから長く続くシトラスと、鋼のように強いアンバーがコアになってわかりやすくなりました。


しかしこれらは男女両方に支持されています。
結局のところ、お客様は自分たちの好きな香りを買うということでしょうか。


ひと昔前の日本では、青は男の色、赤は女の色、といったような古典的な考えがあり、香水についてもはっきりと男性用、女性用と分けたほうが売りやすく、買うほうも選びやすい、という傾向があったようです。

しかし最近では、年配の男性でもフローラル系を好んだり、若い男性がグルマン系やフルーティな可愛い香りをつけたりなど、香水文化が浅い日本ではより自由かもしれませんね。


男女が共有できる香水を、初期のころはシェアフレグランス(とかユニセックス)と言いましたが、最近ではジェンダーフリーとかジェンダーレス(この用語については諸所意見があるようですが)の香水と呼ばれるようになりました。

香りが中性的というより、つける側の意識に、徐々に垣根がなくなってきたように感じます。

「道(どう)」と香水③Japanese Art of Fragrance_'KODO'

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私の香りの特徴は、一言でいえば「乾いている」ということです。甘いグルマン系の香水ならば、米や小豆を原料とするあっさりとした和菓子。バターやクリームのようなコクとは異なります。

たとえオリエンタル・タイプであっても、乾いた木とスパイス、植物系のアニマルとでもいうのでしょうか。私の作る香りは、重厚で艶のあるアニマリックではありません。


お茶の香りの「織部」には、畳の上でゴロゴロした時に香る「イグサ」の香り、また「夜の梅」には水墨画の香りが隠されています。おそらく日本で育った人なら懐かしく、海外から来た人にはいっぷう変わった香りに感じられるでしょう。


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沈香の香りも同様です。今はOUD(ウード)が流行っていますが、香道で焚く沈香の香りとOUDの香料の香りは全く異なります。

OUDは重くアニマリックでレザリー。心を掻き立てるようなセクシーな香りです。

一方沈香の香りは甘く暖かく乾いたスパイシーなウッディノートで、心を鎮める清浄な香りだと私は捉えています。このお香を思わせる香りは、私のお気に入りのいくつかの香水の中に見られます。したがって、私の香りに大きな影響を与えているのはやはり沈香の香りです。


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香道では、火のついた小さな炭を香炉の灰に埋め、その上に雲母(MIKA)の板を置いて沈香の切片を乗せるので、燃えることはありません。香木は間接的に温められることで、香気成分がマイルドに空中に放たれ、香炉の周りをふわふわと動き回るのです。

これはお線香やコーンのように、火をつけて煙が立つときのいがらっぽさを含む匂いとは違います。また、エタノールの力で拡散する香水とも全く異なる香りの立ち方です。


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まるで障子ごしの柔らかい光のように、間接的ともいえる匂い立ちを香水に表現してみたいと私は思いました。それゆえ、私の香りには「乾いている」と同時に、「あからさまではない」という特徴があるように思います。



自分の個性や特徴は、意図して出来るものではなく、後ろを振り返ってみた時、その足跡に歩き方のクセが現れていた、と言うようなものかもしれません。

特徴を表面に出すというよりも、余白のある、つまり「香水をつける方の居場所にあう」ことが「さとりらしさ」であったらいいなと思っています。



(この記事は過去のプレス・インタビューから、回答を編集して掲載しました。)

「道」と香水②華道 FlowerArrangement kado

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私は幼い頃から植物が好きで、学校から家までの帰り道、ポケット植物図鑑を片手に道草をするような子供でした。母が自宅で華道教室をしていましたので、生徒さんに混ざって見よう見まねでお花を活け始め、庭には季節の草花が植えてありましたので園芸にも関心を持つようになりました。

このように植物に囲まれて育ったので、自分の中での花に対する志向は、他に対するものと比べて、とても強いと感じています。特にその香りには早い段階から興味がありました。

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見た目が美しい花でさえも、香りがないとまるで紙でできた作り物のように思えてしまうことさえあります。一方で、一見地味でさえない花の中に、驚くような魅惑的な香りを漂わせているものを見つけます。

私は特に花の中心の蕊(しべ)に惹かれます。近づいてじいっと見つめていると、甘い蜜を含んだ蕊には、花の思いや夢が詰まっていて、まだ聞いたことのない調べを奏でているように思えます。

たくさんの金色の雄蕊がかしずく真ん中にはお姫様がいて...まあそんなふうに、いつも詩と空想の世界に遊びました。


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茶道や華道を学ぶにつれ、花の美しさを真に活かすためには、もっと視点を引いて全体の中の調和を見ることが必要だということを知りました。

例えば床の間に活けられる花は、枝ぶりを考え、葉を添えて自然にあるような風情で活けられます。

母だけでなく、私の祖母もまた華道教授でした。庭からただ一枝を切って、無造作に活けただけのように見えるのに、それがいかにも部屋に釣り合って

「それは素晴らしかった」と母は言います。


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香りも同様に、花をメインテーマとしても、それを引き立てるトップノートや支えるラストノートたちが過不足なく組み合わされ、花と風景と情緒をそっくり表現します。


茶室の花のように、その場所に調和をもたらし、纏(まと)う人に溶け込み、人生の1シーンを彩るような香りであることが、重要だと私は考えています。


(この記事は過去のプレス・インタビューから、回答を編集して掲載しました。)

「道(どう)」と香水①Tao & my aesthetics of perfumery

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私は幼い頃から茶道、華道を学び、香道にも親しみました。また、日本の伝統文化にも触れて育ちました。

これらの経験が、私のクリエーションにどのように影響してきたか「道(どう)」についてちょっぴり考えてみました。教えられたことや、体験、今まで読んだ本の知識など、乏しいながらも思い出してみたいと思います。


日本は長い間、鎖国によって世界から孤立してきたことで、独特の精神文化を醸成することができました。そのことが茶道の発展にも寄与していると思います。

お茶はもともと貴重な薬として始まりましたが、やがて喉の渇きをいやす飲み物となりました。さらに精神修養を持ち込んだのが茶道で、それは人生の渇きを潤すものとしての精神的な意味を持つようになりました。

日本では、茶道、華道、香道、武道、書道、と多くの技芸に「道」がついています。「道」を短い文章で語る事はとても難しいのです。なぜならば「道」は実践することであって、言葉で知るものではないからです。

私が茶道を習ったときにも、特別に「道」について教えてもらったわけではありません。作法だけが重要なのではなく、師に手順を習い、その形を繰り返し努める中で、自然と心と技が整っていく、とでも言ったらいいのでしょうか。


しいていえば「道」というのは人との競争ではなく、過去の自分と比べた成長であり、そのために精進する生き方です。さらに言えば過去も未来もなく、今現在が大切で、しかしこれは「今さえよければいい」というような、刹那(せつな)主義とは違います。「結果が重要なのではなくその経過」に、「未完成であるがゆえの成長の可能性」とか、「完璧」にではなく、「完璧を追求する過程」に価値を見出すことが「道」ではないかと思います。


不完全、といえば、茶碗にとって最も必要なことは、装飾ではなく「空っぽである」ことです。茶を入れる空間がなくては役に立ちません。同様に、人が真にくつろげる場所を見つけられるのは余白です。

香りだけで完成するのではなく、そこにつける人の居場所がある。香りと人と場所と生き方と一体となって、完成を「目指す」というのが私の理想の香りです。


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千利休とその息子、少庵との有名な逸話があります。ある日、庭の掃除をしていた息子は利休になんどもやり直しを命じられます。息子がうんざりして「もう清めるところはない」と言ったところ、利休は「未熟者め!」と叱って木を揺さぶり、紅葉(こうよう)を景色に散らしてみせたといいます。


この話はお茶のお稽古の時か何かで聞いて、私の記憶に残っていたのでしょう。ある海外での展示会で、私は花を活けました。広い会場の一角には、日本の秋の雰囲気を出すために、もみじだけを大きな壺に飾り、床に赤や黄色の落ち葉を散らしました。

しかしほかの場所を活け終わって戻ってくると、ホテルマンが気を利かせて葉をきれいに掃き清めてしまっています。「ダメダメ!かたづけちゃ~!」と言いながら、再度落ち葉をまき散らしたのを思い出します。



香りを作ることは、自分の内面を掘り下げていく作業だと思うことはあります。したがって、これは外を意識して計画的に作られるというよりは、私自身がそのまま作品に投影されていくのではと考えます。

そのためにも自分自身を磨いていきたいし、その気持ちが、私の「道」なのではと思うこの頃です。

 

香水ブランドができるまで⑥紐かけと箱 box

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初期のころ、素敵なボトルは日本にはなくて、フランスのボトルを少しばかり手に入れて作ってみたりした。 

しかし、ねじ式ではなく、落とし込んだだけのストッパー型のキャップでは、輸送中に蓋が取れてこぼれてしまうかもしれない。

実際に製品を作ってみると、その先のさまざまな問題が見えてくるものである。

そこで、フランスの古い本に載っていた紐かけの写真を参考に、このボトルに合うように工夫してみた。





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香水瓶が手に入っても、当時はそれを入れるまともな箱がないから自分で作ることにした。
ブランデーの箱や色々な箱を解体して、仕組みを研究した。

思いついて、既成の宝石用のケースを利用し、ボトルに合わせて中敷きを作りセットする。
小さいころから工作は得意だったのが、思わぬところで役に立った。


箱を探すところから数週間、最初の1個を作るのに、設計して完成まで数日を要した。
ひとつできれば、次は数時間でできる。
やがて、5個、10個とまとめて作ったりして。

やがて箱屋さんに発注するまでになり、数年後には、1ロット1000個単位に至った。
思えば最初の一個目が試作品としてつながっている。


ずいぶん回り道したものだとは思うけど、なんにしても、完成図を思い描いて作っていくというのは面白いものだ。

与えられた環境でできる限りのことをする、ということしかできず、それは今でもやっぱりそうだ。


ひとりで始めるっていうことは、そんなものだと思う。









日記のため書き「パルファンサトリの香り紀行」 blog diary

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今年の3月に2000記事を超えていたのに気が付いた。

まだブランドの知名度が低く、ウェブに見に来てもらう方法がないかと思ってブログを始めたのは2009年の3月。

いち早く始めていた友人が、
「ブログっていうのはね、1日3回はアップしないといけないんだよ」
という。

「えええ、1日3回も!」
それは無理だと思った私は、せめて一日一回、毎日ブログを書こうと思ったのだ。


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私の通っていた小学校低学年では、絵日記を1年365日毎日書かなくてはならないという厳しいノルマがあった。

もともとプラクティスとかトレーニングとか日課とかが嫌いな私にとって、週に1回、7日分を提出しなければならない月曜日は、大きな試練の日であった。
日曜日に帳尻を合わせ、ため書きするとか、またはそのまま白紙で出して叱られるということもしばしば。

その時はまさか大人になってまで日記を書く羽目になるとは夢にも思っていなかったのだが。。。


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そんなことで始めたブログ、パルファンサトリの香り紀行。
3日坊主ならないよう、
『とりあえず30日は続けてみよう。』
そう思って1か月がたったとき、 
『じゃあ3か月ね』
とか思って、それからは次第に書くことが楽しくなってきた。

植物の香りや、人に聞いたり調べたこと、いろいろ思いついたことなど書きつけておけば、のちのち辞書の代わりにもなるし。

「香水のことや香料のことを調べようと検索すると、このブログが出てきました」などど生徒に言われれば面はゆく、アトリエに来られるお客様に「ブログ読んで癒されてます」などと聞くと励みになったりして。

そんなことでいつの間にか七年たってしまった。



どんなに忙しくても必ず書くようにしていたが、ブログを始めたころの忙しさというのは、今に比べればのんびりしたものである。

今はいくら頑張っても、どうしても書くためのほんの30分が取れないこともある。

そこで、たまにはため書きと相成ったりする。




後で聞いたところによると、彼女が言っていた「毎日3回書かなくちゃいけないブログ」というのは
「今どこにいる」とか、「何を食べた」といった、1行くらいのものでよいそうだ。

それによって、「ウェブサイトが更新され、検索で上位に上がってくる」というSEO対策のためのものだとか。

生真面目に写真とか長い文章を書くようなものではないということが後になって分かった。

となると、ため書きをアップしても本当は意味がないのである。嗚呼。


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最近では、通勤途中にインスタグラムhttps://www.instagram.com/parfumsatori/にアップしている。

世界中からリアルタイムに反応があるというのは、それはそれで面白いものである。



「無駄なのか意味がないのか、続けてみなければわからない。」
という性分だから仕方がない。

ただ、なにごとも楽しいと思っていなければ続けられないものである。




香水ブランドができるまで⑤香水瓶探し perfume bottle

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私は香水瓶を探していた。
なぜならば、日本には気に入ったボトルがなかったのだ。

16年前に、一人で仕事を始めて、香料をようやく手に入れたものの、香水は入れ物がなければ持ち運ぶことはできないし、ボトルが素敵でなければ手に取ってもらえない。

「香水瓶は、鏡台の上に置いた時から香り立たねばならない」といったのはフランソワ・コティ、
「ボトルは香水の住む家」といったのは有名なボトルデザイナーのピエールディナン。

フランスにはあんなにたくさんのボトルがあるのに、、、

海外ブランドの香水瓶はとてもきれい。
でも、そこまでオリジナルのものでなくても、もう少しベーシックなものがあるのではないか。

実際、わずかではあるが目にしたことはある。ようやく探し当てた素敵な既製品の瓶は、フランスの製造メーカーから最低6000本のオーダーで輸入しなければならないという。


当然大手化粧品会社は自分のブランドのオリジナル型を持っているし、小さい化粧品会社は香水を作ることはあまりないようす。
ほかに、国産ボトルの買えるところがないか、香料会社や、パフューマー、瓶の問屋さんなど関係のありそうなところに聞いても、さっぱりたどりつくことはできない。

のちに、逆に他社パフューマーに「さとりさんの香水瓶を分けて」と言われることすらあった。
香水を作る製造過程はかなり分業化されており、香料業界といえどもドンピシャの人でなければ知らないらしい。

そのころは、インターネットの検索なんかほとんど使われていなかったから、電話帳で調べて日本のボトル製造メーカーも訪ねてみた。

いわく、日本での需要は薬瓶とか食品用のボトルがほとんどで、既成の香水瓶は限られているとか。
そういえば、どこのメーカーに行っても同じボトルが置いてある。
オリジナルの香水瓶を作るためには金型から作る必要があり、となると最低ロットも多い。

フランスのきっちりしたボトルを作るオートメーションの機械では、1日の製造数は万単位。
日本でも千単位でないとコストに見合わない。

ある程度の大きな仕事があれば別だが、当時の私ではとうてい1年で消費するのには無理な数字だった。



そうはいっても仕事には喫緊(きっきん)に必要なので、とりあえずできるだけシンプルなボトルを探し、それを使いながら模索を続ける。
『瓶がシンプルならば、ラベルやちょっとした工夫で素敵になるはず・・・』

パソコンとプリンターの使い方を調べ、紙屋さんやハンズなどで素材を選び、今思えばこういうことが、少ない数でもなんとかやりくりする方法を覚えるのに役に立っている。
また、スクールで教えるのにも、そういった実践的なエッセンスが生きていると思う。

「あれがないからできない」とかいわないよう、問題解決法を学んでもらいたい。

まあ、一行で言ってしまえば、たった一行のことであるが、この行間(ぎょうかん)にある苦労を察していただければ幸いである。(苦労自慢が受けるのは昭和世代だけかもしれないが)


2年くらいそんなふうに探していただろうか、ある日、フランスに縁のある人と会った時、その話をしたら、「じゃあ、フランスへ行って探したらいいですよ」
なんて軽く言われ、
『そんな、雲をつかむような...。』
と絶句したものの、周りからの
「行ってみたら?」という声で、その後アシスタントをしてくれることになるR子ちゃんと行くことにする。

ちょうど、マルセイユに知人もいたので、ついでに香料を探しに行くことにした。

このくだりは2009年にアップしたブログ、昔の回想録として書いている。


2009年の記事➤マルセイユまで 
② http://parfum-satori.com/blog/2009/03/--1.html

③http://parfum-satori.com/blog/2009/03/--2.html
④http://parfum-satori.com/blog/2009/03/-4.html
⑤http://parfum-satori.com/blog/2009/03/post-79.html

つづく

パルファンサトリ 会社設立記念日 PARFUM SATORI Birthday

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今日、3月24日はパルファンサトリが株式会社になって7周年。

キルフェボンのケーキとお茶で、スタッフたちとお誕生パーティーをした。

フランスでは、7歳になると「分別(ふんべつ)の歳」とするらしい。

「7歳はもう子供ではないし、誰かに従わなければならない存在でもないが、社会規範に則って、自分で責任を取らなければならない」というらしい。

まだ7歳と、甘えてはいけないのだ。




2000年に、一人で香水の仕事を始めて16年になる。

始めてからずっと、「大海にたったひとり」の感であった。

四方八方、波ばかり。
進んでいるのか戻っているのかわからない中での私のモットーは
「たゆとえど沈まず(Fluctuat nec mergitur)
パリ市の紋章にある言葉だ。


そして2009年に自己資本比率100%で株式会社パルファンサトリを設立、今日で7年が過ぎた。
きわめて遅い歩みである。



会社を作ってからは、2009年秋のリーマンショック、2011年の大震災、消費税などなど、逆風と荒波にもみくちゃにされ続けて、どうやってここまで来れたのか?と思うと、やっぱり周りの人たちに恵まれ、かつ神様の加護もあったと思う。

船乗りが「板子一枚下は地獄」と、験(げん)を担いだり、海神さまを祀ったりするのがわかるわあ。。。



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最初一人でやっていた時は何もかも、自分がやらなければ、いつもまでたってもその仕事はそこに置いたままになっている。

そんな仕事したくないって、泣いたって、ふてくされたって、紙一枚のコピーだって動かない。



でも今は、スタッフの誰かにお願いすれば、自分が他の仕事をしているときに、その仕事が進んでいるというのが、本当にミラクル!

要領の悪い私がやるよりも、ずっと早くできてて、奇跡のように感じてしまうのだ。

「うわー、できてたの?ありがとう!」

あんまり喜ぶから、たまに
「ハードル低すぎる(笑)」
と返されることもあるけど。



昔に読んだ童話が思い出される。

貧しい靴職人が仕事に疲れきって眠ってしまうと、夜中のうちに、心優しい妖精たちが大勢で靴を縫い上げてくれて、朝起きたらそこにピカピカの靴がある!

というような、まさにその感謝の気持ちでいっぱいなのだ。



みんなはわからなかったと思うけど、この7年、プラス9年のことを思い浮かべると、ケーキを前にじんわり目元が潤んでしまうのであった。


社長の自覚をもって明日からまた頑張る!







香水ブランドができるまで④ フレグランスコンテストFragrancecontest

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そもそも、なんで世界調香師会議へ行ったかというと、その動機はまたさかのぼる。

だいぶ前になるが、とある日本の化粧品会社が2年に一度フレグランスコンペを開催していた。


その時のテーマは「日本女性の凛とした美しさを表現する」とかいうような内容だったと思う。

私はその年、コンテストには2回目の挑戦をした。

初めての出品のときは第2次審査まで進んだのだが、今度のテーマは
「絶対グランプリを取れる!」
との自信をもっての出品である。

そのコンペには、主催の化粧品会社と取引のある香料会社に所属していないとエントリーできないという条件だったので、くだんの、最初の取引をした香料会社の社長さんにお願いして、そこの会社のパフューマーたちと一緒に出品させてもらった。


それでなぜ、そこに出したかったか?というと、よく覚えていない。
なーんだと思われるかもしれないが、たぶん、私のようなキャリアのない人間がブランドを作るためには、賞が必要だと思ったのかもしれない。


私の出品作品のタイトルは「伽羅(きゃら)」。

そのイメージは
「座敷では、障子ごしの光のやわらかなほの明るさに、立居振舞がより美しく映えます。さらさらとした衣擦れを余韻として、立ち去った後の静寂に、その女性の面影を追う・・・そうした日本の美意識を作品にこめました。」

沈香木の香りを表現した、当時はまだあまりなかった「ウッディタイプ」の香水である。



絶対の自信作であったが、2次審査を通ったものの最終審査で落ち、ひどく落胆したのを覚えている。


その後、グランプリが発表され、展示場へ足を運んで香りを嗅いでみると、それは大手香料会社の、外国のパフューマーがとった「不思議の国のアリス」というタイトルの、オゾンマリンタイプであった。

なぜこれが、日本女性の凛とした香りなのか、私にはまったく理解できなかった。


自分の技術が未熟だったのだろうと言い聞かせてみた。

しかし、意地を張ってみれば、
「きっとまだ私の香りは早すぎて、日本では理解されなかったのだ」とのプライドもあった。

あの、サンローラン「オピウム」で有名な印籠型香水瓶のデザインだって、ピエールディナンが最初に持ち込んだ日本のブランドには採用してもらえなかったというから、身近にあるものというのは、案外評価が低かったりするものだ。

そうやって納得させたりして。


いったんは失望した私は、本場、フランスにあるという香水コンテストに出してみたいと燃えたのである。


大人の事情も分からない、世間知らずは、まったくもって懲りないというか、打たれ強いというか、持ち前の負けん気で、失意からの復活を果たしたのであった。若気の至りともいう。


記憶が芋づる式にさかのぼっていくので、いったいどこへこの話が落ち着いていくのか・・・。

ちなみに、そのだいぶ後の2006年に、「さとり」という名前で発売した茶壷香水は、この「伽羅」の香りが原型になっている。




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▶ さらさらとした衣擦れを余韻として、立ち去った後の静寂に、その面影を追う・・・そうした日本の美意識をこの香りにこめました。 茶壷香水さとり



香水ブランドができるまで③世界調香師会議world perfumery congress 

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今回は最初の大きい仕事について書こうかなと思っていたり、香料の調達についてはまた少し別のときにと思ったり。

話があっちこっち行ってしまうのはご容赦いただくとして、

香水の仕事が今に続く大きなきっかけは、2004年のWPC、世界調香師会議(フランス・カンヌ)にある。
そのご縁でたくさんの香料関係の方と知り合いになることができた。



そこで出会ったのが香料外資の日本支社長のS氏。

また、日本の大手化学メーカーから外資香料会社へ入られたF氏。

天然香料を多く取り扱っている日本の香料会社の社長さん。

そして当時は大きなオランダの会社にいて、その後独立し、パルファンサトリのバックアップをしてくださっている、南仏グラースの香料会社の社長さん、などなど。

その折、大御所パフューマーとも知り合いになり、
そのときのご縁のあった皆様には、今でもご相談に載っていただいている。


たぶん、わざわざ遠く日本から単身やってきたというアドバンテージで、そんな方々ともお知り合いになれたのだと思う。

その場の単なる名刺交換でなく、その後もずっと親身になってくださり、今の会社があるのは、皆様のおかげと本当に感謝してる。


そのWPCに行くきっかけを作ってくれたのは、私の恩師のパフューマーM先生である。

でも、またその話をするためには、どっかへそれてしまうかもしれないけど・・・。

つづく




香水ブランドができるまで 香料の調達② fragrancelowmaterial

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ある明るい秋の日だったと思う。

少量で販売してくれるという、ありがたい奇特なその香料会社を訪れてみた。
都心から電車に乗って1時間ちょっとのところである。

駅から15分ほど、駅前のまっすぐ伸びた道路を歩いたところに、その会社はあった。
正面はガラス張りで、明け放したドアから、強い香りが漂っている。
玄関の横には段ボールが積んであったりして。


声をかけて中に入ると、思いのほか若いパフューマーが社長さんで、気さくな感じ。
中を案内してもらうと、広い倉庫の中を大きく二つに仕切って、半分はラボ兼事務所、半分が香料保管室件工場、みたい。

のんびりした雰囲気の中、お年を召したパフューマーと若い女性アシスタントパフューマーが働いている。




思い起こせば16年前・・・最初に香料を発注したのは9月だった。
予算の関係もあるので、初回注文は汎用品を中心に、100グラムづつ30種類の香料を買った。

翌月は20本、さらに翌月10本、また10本と、少しづつ香料を買い足していった。

このたび記事を書くために、当時の発注書を探して読みかえしてみた。

一度には買えないので優先順位を決めて、増やしたり削ったりした痕跡が感じられる。


「こんな香料を買うのに苦労していたのか」
「あー、だいたい月の予算がこれくらいだったんだなー」
と、あまりにいじましいというか、いじらしい買い方で、思わず涙した。。。

というのは大げさであるが、「苦労したんだねえ」とほめてやりたい気分である。
そんな風に売ってくれた香料会社さんにもとても感謝している。

なにしろ、香料なしでは、「陸に上がった河童」というか、(ちょっと違うかな?)手も足も出ないでしょ。



まあ、そんな風にして注文したり通ったりしているうちに、ありがたいことに、
「大沢さん、オルガンが一つ空いているから、自分で充填するなら小分け量は半額でいいよ」
と言われ、

「渡りに船」とばかりに、自前のボトルと電子メトラーを持ち込んで、充填し、ラベルを張り、
最後に社長さんに検品してもらって、伝票を置いて帰るようになった。

そのうち、10gでも20gでも好きな量だけ買えるようにもなった。

量が少なければ、保管場所も小さくて済むということだから、割高になってもそのほうが良いのである。


そこのオルガンは、コの字型の直角なもので、どちらかというとジャンカール先生のオルガンに近い。

メトラー2.jpg
そしてなぜ自前の電子メトラーまで持って行ったかというと、そのオルガンに備え付けられていたのは、アナログな天秤だったのである。(天秤についても、いつか書きたいことが満載だが、ここは後に譲るとして)


月に一回くらい通っていただろうか。
そこで、たまたま出会った方がきっかけで、初めての大きな仕事を得ることができたのである。


つづく


香水ブランドができるまで① 香料の調達 fragrancelowmaterial

090316手元天秤.jpg


前回、私の調香オルガン台のことを書いてから、早くも1週間が過ぎてしまった。何から書いていいのか、話がひろがっていくのでとても難しいけれど。

調香オルガン台を作ったとしても、その上に並べるボトルと、その中身の香料はどうやって調達するか。
それはそれは、本当に苦労した。


香りのオルガン台に香料が無かったら、鍵盤のないオルガンと同じ。
もしくは、絃(げん)のないピアノかも。


もちろん、こだわりうんぬんは別として、料理人なら、肉も野菜も市場へ行って買うことができる。
画家なら、画材屋さんへ行って絵具を買うこともできるだろう。


しかし香料は、一般にはどこにも売っていないのだ。


090922白黒香料ビン.jpg



香料の原液が買えるとしたら、せいぜい、雑貨コーナーにあるエッセンシャルオイル。
いまでこそ、数十種類そろえているアロマのお店もあるだろうけれど、当時はそれすら、まだそれほど多くなかった。


調香で使う香料は、天然香料は100種類ほど、単品香料だけで最低200種類は欲しいところだ。
香料会社なら同等品の産地違いやメーカー違いなど延べていくと、軽く1000や2000は持っている。
(今はどこも減らす方向に向かっているが)

で、単品香料は売ってくれないだけでなく、仮に購入できたとしても、最低1kgとか、一斗缶(18kg)とかで流通しているのがふつう。

それを300種類も揃えるとなったら、倉庫がいっぱいになってしまう。

そこで、ほんの少しでも売ってもらえるところはないかしら、と、分厚い電話帳を片手に(そのころはネットで調べるというような時代ではなかった)香料会社をピックアップして、端から電話をしてみた。


近いところから順番に、200社くらいかけたのではないかと思う。

当然なことだが、量が小さくて種類の多い注文は、香料を詰める時間や、ラベルを打ちだし貼ったり
伝票をおこしたりと、手間ばかりかかって割に合わない。
サンプルだったら出せるけど、売るのは面倒、というのが普通だ。

やっぱりというか、ほとんどが門前払いの中、2社くらいがファックスでリストと見積もりを出してくれた。
しかし、10gあれば十分な香料でも、最低ロットが1kgからであったし、種類は20種類くらいしかない。

つまり、50ml入りの香水瓶の中に、わずか0.001gしか入れないような香料でも、なければその香りにならない。

そんな香料を1kg買ったら、100万本も作れてしまう。
ざっくり説明すると、そういうことである。



もう少し電話をしてみると、ようやく1社、埼玉にある小さな香料会社が100gでも売ってくれるというので、早速会いに出かけてみた。

そこに行ったときのことはよく覚えている。


ラボと工場と倉庫が一緒になって、体育館のように広い。
調香師が二人もいて、もうひとりアシスタントパフューマーがいて、あとはコンパウンダーさんと経理事務の人という小さな香料会社である。


本当にひとつの話をするために、その前の説明をしなくてはならず、どんどん話がそれていくような感じ・・・。

つづく。

私の<ミニ>調香オルガン台 My Perfume Organ ④

160305ミニ調香オルガン台.jpg

何か一つ、新しい事業をするということは大変だ。

こんな調香オルガン台一つ作るのだって、見つけることから始まり、送ってもらうときとか、組み立てたら「図面失敗!」で、板をまた切り直しなど、大小、細々とした問題が発生するもの。

なんでも構想を立てるところまでは楽しいけれど、すべてのことが、一度で思い通りになんか行かない。
ましてや仕事は多岐に渡って複数のことを同時にやらなくてはならないし。

そのたびに「ヒエー」とか、「ヤダー!」とかいいながら、それでも粘り強く続けることが大事だと思う。


前振りが長かったけれど、んな中で、この小さなミニオルガン台は、最初から最後まで楽しく作れたもの。


「この小さいオルガン台も、私が作ったのよ」というとやっぱりみんなびっくりする。

私はちいさなオルガン台を作り、世界中旅するときにそれをもって、景色と一緒に写真を撮ろうと思ったのだ。

1601305ミニオルガン2.jpg

この小さなオルガン台は、二つのパーツから成り立っている。

パリのリュシュリュー・ドローにあるおもちゃ屋さんで見つけたドールハウスの店。
そこで、あれこれ探しているうちに、ミニチュアの本棚とデスクを組み合わせて、小さな調香オルガン台を作ろうと思いついた。

この上置き棚の部分は、背の高いタイプの本棚を中央から二つに切って、上の部分だけを使用。
そして、うまい具合にサイズ感の合うデスクがあったので、そこに乗せてボンドで貼った。

本棚の横の波打つ部分は、もともとの飾りを活かしたが、私のオルガン台のような、棚の曲線部分は、最初直線だったのをヤスリで削ってアーチ状にした。


買ったときは白木だったから、それをまたニスで塗ってオーク調の色にする。
これは小さいから、棚の隅の直角の部分が塗りにくい。

意外に手が込んでいて、つまみもついてちゃんと引き出しも開く。


やはり白木の椅子も買って、同じ色でついでに染めた。
これらは、日本に帰って来てからした作業だけど、、、

材料費はほんの十数ユーロだったと思うけど、パリから持って帰るときは、宝物のようにうやうやしく、壊れないように大き目の箱にしっかり入れて、スーツケースに詰めた。

フランスに行ってもブランド品を買うわけでなく、たぶんこのおもちゃが、そのときパリで買った一番大切なものだった。


このオルガン台が手作り品だというとみんな、「こんな小さなボトルもあるんですね」というから、「この瓶も私が作ったんですよ」とニヤリ。

つづく・・・。






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私の調香オルガン台 My Perfume Organ ③

20160301調香オルガン台2.jpg

自作の調香オルガン台。
下の部分は、一枚の板からカットした。

その設計図をしばらく探していたのだが、ちょっと見当たらないので残念だ。
設計図と言っても、方眼紙をつなぎ合わせて、そこに手書きで実寸大の図面を引いたもの。

大きなアールが必要だったから、鉛筆に紐を結んでコンパスのようにして曲線をひいた。


20160117私の調香ミニオルガン台4.jpg

机から全部作るのはちょっと大変なので、オルガン台の本体はライティングビューローを利用することに。
小ぶりできれいなアンティークのビューローを探したのだが、日本にはなかなか適当なものがない。

ネットで調べに調べたところ、ボストンの家具屋さんに、イメージぴったりのものがあるのを発見した。
当時はまだ今ほどネット検索が盛んでなかったころだが、試行錯誤しながら見つけたときは嬉しかった。

15年前のこと、どうやって注文したのか詳しくはよく覚えていない。
ようやくお店から買うことができて、ボストンに住む知人の家に送って、そこからまた日本に送るよう運送会社を手配してもらった。

しかし、最大手の運送会社に送料の見積もりを取ったところ、な、なんと32まんえん。
送るだけで?吃驚仰天(びつくりぎょうてん)。

そこでまた知り合いのつてを頼り、輸入会社のコンテナに一緒に入れて、ボストンから送ってもらうことができた。

送料はごくごくわずかですんだ。




20160301調香オルガン台1.jpg

ビューローの内側の部分を採寸し、それに合わせて方眼用紙に線を引く。
近くのDIYの店で板を買い、天板のサイズに合わせて板を直線カット、さらに設計図面に合わせてアール部分の曲線カットもオーダー。

さすがDIYの店、自分の糸鋸ではこうはきれいに切れない。
比較的薄い板を使ったので繊細な感じに作ることができた。

棚を階段状にするために、後ろには支え板をつけて持ち上げている。

工作をよくやる人ならすぐわかると思うが、
このひな壇のような香料を並べる台の部分は、そういうわけで、組み立てた板と板をバラせば、また元の一枚の板に戻るのである。




あとはビューロー本体と、上に置いた棚に色を合わせて、深いローズウッド調の色にニスを塗る。
ビューロー本体の中に、棚の部分が格納できるか調整。

「おおーっ」という感じで、外と中がぴったりと合ったときの感激!


そして、香料をひとつづつ並べてみると、夢にまで見たという言葉があるが、本当にイメージ通りのエレガントなオルガン台になった。


自分の頭の中の構想から、素材を選び、発注して、図面を起こして、組み立てて・・・と、自作の調香オルガン台とはいえ、完成まではいろんな人の手を借りてるので、みんなの合作でもある、と思っている。







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私の調香オルガン台 My Perfume Organ ②

090515ハニーサックルオルガン.jpg

初めは、調香オルガン台の上の棚だけがあった。
この上置き棚は、同じ形で5台くらい作ったものの最後の一台だ。


20年以上前、初期のバージョンは、白いペンキや、チークの明るい茶色を塗ったものもある。
縦横の比率もほぼ正方形でこれとはちょっと違う。

これはローズウッド調の深いブラウンでアンティーク風にしてみた。



子供のころから工作は好きだったし、DIYの店に行けば木材カットもしてもらえるので、シンプルな直線の本棚くらいは簡単。

もともとの木材のサイズをできるだけ利用するように図面を書いて、東急ハンズへ行き、厚さ10mm×幅60mm×長さ600mmの板を7本購入。

台座の板と背板を別にカットしてもらい、後は組み立てて釘を打つだけ。
やはり自分で鋸(のこぎり)で切るよりも、ここはお店にカットを頼んだ方が角がきっちりでるし、最後の仕上がりがきれいだ。

ボトルが落ちないように棚板の前部に薄い板を貼って立ち上げる。
飾り縁を周囲に張り付け、ペーパー(紙やすり)をかけて古布でニスを塗る。
手や爪がニスで茶色に染まった。

確かそんな感じだったはず。

棚だけだと素朴な造りだけど、金のキャップの香料をずらっと並べると、キラキラしてモノスゴクきれいに見えてしまうのだ。

20160228オルガン.jpg

初めは机の上にコの字型に乗せただけだったけれど・・・。
狭いところでの作業だから、ひな壇のようにスペースが取れなかったのだ。

これはディスプレイ用ではなく、本当に使うために作った、棚を机に置いただけのオルガン。
若い~。

このころは目が良かったし、コンパウンダーさんもいなかったので自分で香料を調合していた。
というのはまた別の話で。
だんだん年を取ってくると昔語りがしたくなるものである。

下のアールのついたオルガン部分はあとから作った。





私の調香オルガン台 My Perfume Organ ①

0903251階オルガン.jpg

香料がまるで鍵盤のように並ぶ、これを調香オルガン台という。

私が作った、私のオルガン台。
2001年のことである。

アトリエに来た人は、みなこのオルガン自体が私の手作りだと聞くとびっくりする。
まるで、もともとこういうものが存在したかのように思っているらしい。

頭の中で調香オルガン台の姿を思い描いて、それをデッサンして、図面に起こして、カットされた木を組み立てて・・・。
そうやってできたものである。


20160117私の調香オルガン台2.jpg

原料の香料を、調合しやすいように並べたものをオルガン台と呼ぶ。
香りにはしばしば、音楽用語が使われることが多い。

これら調合作業に使われる台が「調香オルガン台」と呼ばれるのも、香料瓶がまるでオルガンの鍵盤(キー)のように並んでいるからだという。



1988年に、私が香りの仕事を始めた当時は、日本でまだハーブやアロマセラピーですら黎明期。

香水はデパートの棚に陳列されているボトルを買ってくるもの、一般には調香師の存在もほとんど知られていなかった。

ましてやその香水の中に100にもあまる成分が入っているとは、ごくわずかの人しか知らなかっただろう。



20160117私の調香オルガン台.jpg



当時(おそらく今でも)、香料会社においてあるオルガン台というと、白い(そのほうが明るくて見やすい)合成樹脂でできた階段状の、ほぼ直線でできたひな壇の上に、褐色の資料瓶(そのほうが遮光性がある)が並び、まるで理科の実験室のような(まさしくラボだから)、ものであった。

鑑賞用のものではなく、実用的なものであるから、それは仕方がない。
しかし、私はあるプレゼンテーションのために、もう少し雰囲気のある、そして鑑賞に堪えるオルガン台が必要となった。


私のイメージは、アールヌーボー。
エレガントな曲線で作られたアンティーク風のオルガン台である。

始めてみる人は驚き、香料関係の人は讃嘆する。
これは、15年間ずっと私のブランドの象徴として活躍してきた。



なぜ、自分で調香オルガン台を作ろうと思ったかは、とても長い話になるので後日にするとして、どうやって作ったかを、次回以降、思い出して書いてみたい。







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